第18話 救出

 グレイウルフよりも大きな体。そして圧倒的な戦闘力。人間をよりもはるかに速く走れ、木にも登れて、川も泳げる。動物の中では最強部類にあたるであろう。


「キラーベアだにゃ……」

「ああ……紛れもない。キラーベアだ」


 凶暴な大型の熊である。特に人を食ってその味を覚えた個体は脅威となる。

 キラーベアとの距離、およそ200m。向こうもリュウジに気が付いて、一旦止まって警戒しているようだ。


「狼の次はクマか……。ウサギやリスの方だったらよかったのにな」


 リュウジはそう冗談を言った。


「ウサギでもキラーラビットだったらヤバいにゃ」

「お前は熊とウサギの戦闘力の違いをしらないようだな。だが、俺一人ならなんとかなりそうだ」

「そうだにゃ。幸いなのは狼と戦った場所が近いことだにゃ」

「ああ……」


 もし、リュウジが仲間と行動をしていたら、ここに来るまでに何人か死んでいただろう。そして今のこの状況。もはや、トラップも切り札も使い果たした。

 目の前には腹を空かせて。人間を喰らおうとする凶暴なモンスターである。

 リュウジは迷わず、180度ターンすると走り出した。キラーベアとの距離はあるが、足の速さからすれば、40秒ほどで追いつかれる。


「再び、決戦の地!」

「着いたにゃ」


 リュウジがたどり着いたのは、先ほどグレイウルフと戦った場所。まだ、ロボが麻痺から完全回復していないで、よろよろとしている。そして網にかかった2頭のグレイウルフ。虎ばさみにかかった2頭。


「さあ、モンスター同士の対決の始まりにゃ!」


 リュウジは右手に握りしめたバゼラードでグレイウルフが捕らえられた綱を切った。そして虎ばさみの解除ボタンを足で踏む。

 パチン、パチンと留め金が取れて解放されるグレイウルフ。

 そこへキラーベアが現れる。リュウジは急いで木に登る。そして枝に移ると、隣の木へと移る。


「さあ、戦うがいい」

「いい勝負と見たにゃ」

「結果を見たいところだが、勝者と戦う気はないんでね。寧音、それはお預けだ」


 地上では乱入したキラーベアと手負いのグレイウルフ5頭との戦闘が始まる。

 その結果を見ることなく、木から木へと移ったリュウジは、離れたところで地面に降りると、一目散に走った。この危険な場所から一刻も早く離れるためだ。


 アオイはリュウジとの約束どおり、馬車で迎えに向かっていた。迎えようの馬車と捜索用の冒険者を乗せた馬車である。

 リュウジが新たに見つけるであろう証拠に基づいた再調査と、もしかしたら、リュウジ自身を捜索することになるかもしれないとアオイが連れて来たのだ。

 森の入り口に近づくと、もうそこにはリュウジが岩に腰かけて待っていた。首にかけた変な木彫りの首飾りを指でもてあそんでいる。

 アオイはその姿を見て、安堵した。とりあえず、彼の捜索はしなくて良さそうだ。


「お待たせしたようですね。無事で何よりです……」


 馬車から降りたアオイは、そうリュウジに話しかけた。

 無事とは言ったが、リュウジの体はおそらく戦闘によるものだと思われるダメージがありありとある。

 クロスアーマーの所々が破れ、場所によっては血が滲んでいる個所もある。

 幸い、大けがはしていなさそうだ。アオイは水の入ったボトルを渡すと、リュウジは無言でそれを受け取り、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。


「あの、どうして服を脱ぐのですか?」


 水を飲み終えたリュウジは、突然服を脱ぎ始めた。あまりにも自然に脱ぎ始めるので、上半身が裸になり、下半身のパンツに手をかけるまでアオイは呆然と見ているしかなかった。


「問題ない。マダニに食いつかれていないかチェックをするためだ」

「マ、マダニですか?」


 山で藪の中を進むと様々な危険がある。その一つがマダニである。血を吸う前のマダニは非常に小さく、黒いゴマ粒のようである。

 それが皮膚に食らいつくと、1週間かけてじわりと血を吸って体を大きくする。最後は栗の身くらいまで膨れ上がるのだ。

 怖いのはこの吸血鬼は病原菌を媒介すること。血を吸いながらウィルスを体内へと送り込むこともある。

 病原菌が体内に侵入すれば、死に至る病気を発症することさえあった。


「自分で体のチェックはある程度できるが、死角もある。統括官、悪いがチェックしてくれ」


 リュウジはそういうと平然とお尻を向けた。けっして変態行為ではない。あくまでも身体チェック、医療行為だ。


「み、見てくれって……一体、どこを……」


 アオイは両手を広げて顔に当て、なるべく見ないようにしていたが、リュウジからこっぴどく叱られた。


「ケツに決まっているだろうが。マダニは軟らかい場所を探して体中を移動するのだ。尻や睾丸に寄生するのは常識だろう。セルフチェックでは見落とす可能性がある。チェックしてくれ」

「じょ、常識だと言われても……特に気になるようなのは見当たりません」

「そうか。それならいい」


 そう言うとリュウジは淡々と服を着始めた。アオイはその様子を唖然と見守るしかない。


「あ、あの……一つ聞いてよろしいでしょうか?」


 アオイは気を取り直し、服を着終えたリュウジに尋ねた。アオイはギルド内の内勤が仕事で、外に出て仕事をすることはないが、一応、冒険者としての訓練も一通り受けている。

 しかし、マダニについての危険性は習ったことはあるが、対処法については学んだことがなかったため、リュウジに聞いてみたのだ。


「もし、マダニ食われていたら、どう対処するのでしょうか?」


 リュウジは面倒くさそうな表情を一瞬したが、それでもアオイに知識を伝授した。


「……まず、慌てて引きはがさない。下手なことをすると、皮膚に食らいついている頭を残したままはがれたり、内臓が逆流して病原菌を体内へ送ってしまったりする危険性があるからだ。専用の道具で引きはがす。それができない場合は、医者にいくしかないだろう」

「……危険なんですね」


 アオイはフィールドでは、ダニのような小さな生き物でも細心の注意を払って警戒するのが一流のプロなのだと思った。

 アオイが連れて来た再探索用の冒険者たちが、地図を広げてミーティングをしている。それを見ながら、リュウジはアオイに報告する。


「死体は砦の入り口付近に埋まっている。その左には沢があって、別の死体があった」


 ミーティングの中心で指示している捜索隊のリーダーにも聞こえるような声である。

『別の死体』と言う言葉に、捜索隊の冒険者たちは話を止めた。ちなみに捜索隊はギルドから支給された仮面を顔に装着している。これはお互いの素性を知られないようにする意味がある。


「別の死体という確証は?」 


 そうアオイはそう質問をする。その落ち着いた調子にそれを予想していたリュウジは、彼女に確認をする。


「その反応だと、その死体に心当たりがあるようだな……」


 リュウジの問いにアオイは少しためらった。その死体と自分の情報につながりがあるかどうか自信がなかったのだ。それでも調査官であるリュウジには、伝えておいた方がよいと判断した。


「……はい。リュウジさんがやって来た日に捜索隊に出た冒険者が行方不明になったとの連絡があったのです」

「あの時か……」


 アオイと会った時に、急にギルドの支配人が緊急事態だといって席を立った時のことだ。

 救出隊で出撃したはずの男が、町に着いた時に消えてしまったというのだ。その男はある冒険者パーティの一員で、単独でその救出隊に志願したらしい。

 約束の時間に酒場に集まるはずなのに来ず、心配した仲間が問合わせをして判明したとのことであった。


「ギルドに帰って来た時には、いたはずなのです……」


 そうアオイは言ったが、リュウジには答えが分かっていた。


「それは数がいたというだけだろう?」

「は、はい。人数確認をして撤収しています。町に着くまで10人ちゃんとしました」

「だが、救出隊はみんな互いを知らない。それにフードなり、マスクを被っていれば顔まで分かるまい」

「……行方不明になったスカウトは、いつも顔をマスクで覆っていましたから、入れ替わっても気が付かなかったのは否定できません」


 にやりとリュウジは笑った。どうやら、この事件の謎は解けたようだ。


「捜索隊に言っておこう。1キロ先でグレイウルフとキラーベアが戦っている。どっちが勝つか分からないが、どちらかが死に絶え、どちらかが手負いでいる可能性がある。戦闘準備を怠らないように。あと、発動しなかった魔法トラップがその付近に設置してある。黄色いリボンが目印だ。効果は小爆発だ。危険なので回収をしておいてくれ」


 リュウジの言葉に捜索隊リーダーは頷いた。後で聞いたが、行方不明の冒険者の仲間らしい。

 リュウジはそこまで話すとアオイの馬車へと乗り込んだ。もう体が疲れ切ってへとへとである。そのまま、座り込むと深い眠りについたのであった。

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