第13話 デ・ジャヴのりんたろう

君の耳には、僕はなれない スピンオフストーリー 1



デ・ジャヴのりんたろう


間宮凛太郎 喫茶&レストラン「デ・ジャブ」のシェフ、マスター兼オーナー。

具合の悪くなった親父の代わりに、この店を引き継いだ。

高校を出て約10年、浅草の洋食屋で修業し、帰る前は両国の姉妹店を任され、切り盛りしていた。

いずれは帰るつもりだったので、「帰ってこないか?店、継いでくれないか?」親父の言葉に「わかった。」で帰って来た。

大きな身体、大きな顔、笑うと可愛いと言われるが普段は格闘技系の怖い顔。『チェ・ホンマン』を青白くした様な風貌。


初夏、喫茶&レストラン「デ・ジャブ」改装オープン。

先代からの引き継ぎのデミグラスソース。飲み放題のオニオンスープ。フライのミックスプレート。ローストビーフとローストポークのサラダ。

ランチ限定のペペロンチーノとボロネーゼは500円。ディナーのステーキ会食は5,000円。

初日から繁盛。落ち着いたのは半月後。梅雨明け、学校が夏休みに入る頃。本格的な夏が来た。


午後、店の前に打ち水をする。バケツに水を汲み柄杓で少しずつ歩道に撒く。

誤って女性の足に水をかけた。「あ、ごめんなさい!」足から目線を上げて行く。

スポーツサンダルに短い白のソックス。学校の体操服みたいな短パンと半袖ジャージ、袖口と襟元、短パンの裾が紺色の縁取り。

肩には透明なビニールに多色で幾何学模様のスイミングバッグ。

黒縁眼鏡、長い前髪で目は隠れて良く見えない。短めのポニーテール。違和感は何といっても真夏の白い大きなマスク。女の娘。

その女の娘は凛太郎を真っすぐ見ながら、顔の前で手を横に振り、軽く会釈して去ろうとした。

眼鏡の奥、上目使いの目は大きく、可愛く見えた。心が少し揺らいだ。

「あ、でも靴下が、、、」後ろ姿に声をかけたがそのままバス停へと向かった。「あ~、、、」

【水泳部か、、、】競泳水着姿を想像した。ハイレグか?スパッツか?胸のふくらみは、、、青少年のさが


夕方、店の中から駅からバス停に向かう人の流れを追っていると時々あの娘を見かける。この辺では見かけない制服。

「高校生か、、、どこかなぁ~?、、、ねぇ、あの制服、どこ?」アルバイトのホール係の子に訪ねた。

「え、、、どの娘?……マスクの娘?……何処だろう?、、、あ、県立聾学校っ。交流で行った事ある。」

「え、聾学校?○○市の?、、、通ってんの?、、、へぇ~」

「どうしたんですか?好みの娘ですか?」悪戯っぽくバイトの子が聞く。

「、、、うん、、、いや、、、真夏でもマスク、、、ちょっとね。」

【耳、聞こえないのか、、、メニュー見直すか、、、】想像が妄想に、階段の一段飛ばしの様に、行ったり来たり、、、。


初冬、落ち始めた街路樹の葉を掻き集める夕方。掃いていた落ち葉が、歩いていたローファーの靴にかかる。

「あ、ごめんなさい!」あわてて足から目線を上げて行く。

濃淡の紺色のチェックのプリーツスカート、紺色のブレザー、白いブラウスに紺色の紐タイ、茶色のベスト。

黒縁眼鏡、長い前髪で目は隠れて良く見えない。少し長くなったポニーテール。

その女の娘は凛太郎を真っすぐ見ながら、顔の前で手を横に振り軽く、会釈して去ろうとした。夏と同じ。

眼鏡の奥、上目使いの目は大きく、可愛いい。心が揺らいだ。

【お店に来てくれないかなぁ、、、知り合いになれるチャンスなんて、無いんだろうなぁ、、、】


春、4月の夕方。駅前のバス停。工業団地からの送迎バスからあの娘が降り立つ。その足で住宅団地行きのバス停に並ぶ。

毎日の光景になった。同じ時間、同じ方向、毎日少しずつ違う繰り返しローテーションの服、同じ髪型。大きなマスク。眼鏡はしていない。


5月半ば火曜日、あの娘が店に入ってきた。初めての来店。夕方、送迎バスから降りて店に真っすぐ来た。

「い、いらっしゃいませ!」「俺が行く」凛太郎はバイトの子を制してお盆に水を載せ奥のテーブルへと案内する。

テーブルのメニューを取り、飲み物のページを開きその娘の前に置く。

大きな写真が左側に並び、横にサイズ、値段が載る。トッピングを加えた場合の少し小さめの写真が直ぐ下に横並びになっている。サイズ、値段付きで。

その娘はカルピスソーダを指差した。メニューの下側にあるトッピングの写真を指差し、首を傾げてその娘を見た。 

その娘は首を横に振り、大きな写真を指差した。凛太郎、大きく頷きカウンターへと戻る。

【待ち合わせか?、、、デート?、、、う~ん、、、関係無い、関係無い、、、、関係無い】

カルピスソーダが運ばれ、マスクを外しストローで飲むその娘をみて

【うわっ!、、、美人じゃん、、、誰かに似てる、誰だっけ、、、名前が出てこない、、、】

暫くして作業服姿の茶髪の男性が入ってきた。なんとなく見覚えのある顔。【誰だっけ?、、、客?】

その男性は、店内を見渡すとあの娘が座るテーブルへと向かった。

【そうだよな、、、デートだよな、、、しゃーないよな、、、しかし縁りによってあんな奴かよ、、、】

テーブルでの二人は、メモ帳や携帯電話を使いながら女の娘の手話を男性が習っている様子。

【出会い始めか、、、、、、あっ、あいつ、、、将太だ。荒川将太だ。】

同じ高校で、一年の時同じクラスになった事がある。美化委員会活動で一緒になった事がある程度で、親しく話をした事が無い。

【そうか、、、そうですか、、、ま、がんばってください、、、】「スゥ~、、、ハァ~、、、」凛太郎、落ち着こうと深呼吸のつもりが大きなため息となった。


その後、二週間毎に二人は来た。手話の講習、将太の頭を掻く仕草、女の娘の困った様な可愛い笑顔。

凛太郎、恋迄には行きつかない淡い気持ちを、灰の中へ隠す埋火の様に心の奥へ仕舞う。

ホール係のアルバイト、島谷美幸はそんなりんたろうを見ていて【……たまにはこっち向けよ!この馬鹿っ!】


夏が過ぎ、9月。二人が来なくなった。夕方の駅前にはあの女の娘の姿はある。送迎バスから住宅団地行きのバスに乗り換える。

【一人でも良いから来ればいいのに、、、】カウンター越しに見るりんたろう。

【何時になったら、気が付くんだ!この馬鹿っ!】レジを打ちながら、ふんっと鼻を鳴らす美幸


まだまだ暑いが、秋の気配が忍び寄る頃、夕方、あの娘を見た。

送迎バスから降り、バスに乗らずに神社の方へ歩いている。店の裏からは神社が見える。

「食材を取ってくる」店の裏の冷蔵庫へ向かうりんたろう。

駐車場の大きな樹の下に佇む女の娘。暫くして車が女の娘の傍で停まる。女の娘が乗り込む。車を運転している男は将太じゃない。

【……何?、、、、、、別れた?、、、】複雑な気持ち。灰の中の埋火がポッと燃え始めた様な。

2,3日後、駅前を横切る道路の反対側に黒のビッグサイズミニバン。遠目には茶髪で作業服の将太に見える。

【……やっぱり?、、、、、、喧嘩でもして別れた?、、、】複雑な気持ち。一度は諦めた気持ちが恋に昇格しそうな気持。

神社に歩いて行く女の娘を見つけた時、店の裏に出て神社の駐車場を見る。

車に乗り込む女の娘。車が走り去った後、黒のビッグサイズミニバンがゆっくりと駐車場から出て行った。

【将太とは別れたのか、、、車の男が新しい彼氏か?、、、、、、どっちみち出る幕は無し。、、、ってか。】

恋に昇格しそうな気持ちを、灰の中へ隠す埋火の様にまた、心の奥へ仕舞う

美幸はそんな凛太郎を見て【お前はお前の仕事をしろっ!この馬鹿っ!】


11月のある日、閉店後の清掃が終わった美幸が厨房の凛太郎の所へ来た。

「おいっ!りんたろうっ!……いい加減に目を覚ませっ!客の食べ残し、おかしいだろっ!こんなに一杯っ!、、、前はこんなんじゃ無かったのに、、、」

「……」

「味が落ちてる。美味しくない。気持ちが入ってない、、、誰だって分かるよ、、、この馬鹿っ!」美幸の眼には一杯の泪。

「……お前、、、」凛太郎、言い返せない。

廃棄する食べ残しや、使わずに余ってしまう食材が増えてきている事は判っていた。

見て見ぬ振りをしていた。レストランを辞めて、軽食&喫茶にしようかとも考えていた。

「お前の仕事は何だ?、、、シェフじゃないのか?、、、浅草で修業した一流料理人じゃないのか?」頬を伝う泪を拭おうともせず、美幸が正対する。

「……そうだ。そうだった。」凛太郎、俯いたまま呟く。


翌日、お店の入り口に張り紙が有った。

『 明後日火曜日から日曜日まで 半額 お詫びセール をします。

 店主 体調不良でした。ごめんなさい。の気持ちです

    喫茶&レストラン「デ・ジャブ」  間宮 』


客は来た。一杯来た。ランチタイムから休みなしで閉店まで料理を提供した。

凛太郎、全集中で料理した。食べ残しは殆ど無かった。美幸は皿を片付けながら嬉し涙が零れた。

最終日、日曜日の夜10時。

「シェフ、お疲れ様でした。皆さん、笑顔で帰られました。また来るからって。」美幸、満面の笑み。

「うん、良かった、、、良かった。お客さん、見捨てないでくれた、、、有難い。」照れ臭そうに笑う凛太郎。

「カラオケ、行きませんか?明日休みだし。ねっ、行きましょっ!」怖かった美幸が優しく笑っている。

「……よっしゃ、いこう!直ぐ片付けるから、待っててくれ」「ハイっ!」

カラオケボックス、何曲か唄った後、美幸が突然、凛太郎にキスをした。

「っな、、、何?」凛太郎、狼狽。

「りんたろうさん。足元が見れない鈍感さん。……早く、気付けよ。この馬鹿。」お酒がまだ飲めない19歳の美幸、顔が真っ赤。

「……今、気付いた、、、口の悪い、ホントは優しい美幸さん、、、」

「……次、、、、連れてってよ。」

「ハイ、、、喜んで。」


冬、12月。神社へ向かうあの娘を見かけなくなった。送迎バスから住宅団地行きのバスへ乗り換えている。

【……】何も思わないようになった、凛太郎。

年明け、あの娘の姿は見れなくなった。送迎バスからも降りてこなくなった。

【……会社、辞めたのかな?、、、】

春、駅前を走る軽自動車にあの娘を見た。濃い化粧、派手な服。

【無茶するなよ、、、】凛太郎の心の中の埋火は今、灰から出て、美幸の為に燃えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る