第16話

 夏が訪れカッターシャツのボタンを一つ開ける事が許され頃、開放的な気分となった僕らは遊楽を貪っていた。

 もんじゃ焼きやでの交流を境に、僕と能登幹は桑谷女史一派『風の歌を聴く会』に取り込まれていた。このニヒリズムに溢れたネーミングは、僕はもちろん桑谷女史やその他の面々が名付けたわけではない。クラスのお嬢様グループが皮肉と侮蔑を込めてそう呼んだのである。さらに酷い者は、「春樹まがいのおたんちんさん達」などともはや訳のわからない蔑称を貼り付けていたのだが、春樹にしては賑やかすぎるのではないかと他人事ながらに思った。

 この下町育ちと山手族の対立構想は後者の一方的な陰口が主となっていたが桑谷女史以下その取り巻き達は知らぬ存ぜぬと意に介さない態度を取っていた。曰く、「お嬢様流のコミュニケーションでしょう」との事であったが、物わかりがいいのか思慮深いのか単なる阿呆なのか、もしくは虚勢か強がりか、僕には分からなかった。


 が、それはあくまで二者間の間に何もなければの話。ここに能登幹が絡むと一転、血で血を洗うような骨肉の姦し合戦へと発展するのである。




「能登幹さん。次の休日、美術館へ行くのだけれど、お相手してくれません?」


 山手族の首領、堤銀華が、命令のように高圧的な物言いで能登幹の腕を引っ張る。まるで貴族の略奪のようで大変画になる光景だったが、能登幹の方は締まらない顔をしていたため、もしデザインするのであれば幾らかの修正が必要だろう。


「銀華さん駄目よ。愛君は、私達と遊びに行くんだから」


 それに待ったをかける桑谷女史もまた絵の中の人物に似つかわしかった。もっとも彼女の場合、絵画よりも彫刻の方がぴったりな力強さがあるのたが、例の如く口にはしない。


「あら葉月さん。ご機嫌よう。貴女は黙ってらっしゃい。全ては能登幹さんが決める事なんだから。もっとも、彼が野蛮な貴女方とご交遊あそばれるなんて、ちっとも思わないのですけれど」


「あ、銀華さんったらまるで悪党みたいな事言うんだ」


「葉月さん、随分な非礼じゃない。謝っていただけないかしら」


「あぁごめんなさい。悪党みたいじゃなく、悪党と言った方がよかったかしらね」


「……」


「……」


 互いの視線が互いを刺す。この様相、血飛沫こそ上がらないものの紛れもない決闘であり、退けない戦いだった。



「能登幹さん。私とお過ごしになられますよね?」


「愛君。まさか約束破らないよね?」


「……」


 そして能登幹に飛び火する

 奴はいつものように僕を見て助けを求めて目配せを送ってくるのだが、僕にどうしろというのだ。雌雄を決する場に三下が割って入るなど野暮の一言。野次馬に徹するのが最善である。



「なぁ愛洲君。君、どっちになびくと思う?」


「そうだなぁ」


 始まった下衆なトトカルチョ。付き合いもあるため義理で桑谷女史にジュースを賭けたが、結果は引き分け。決着がつく前に鐘がなりお開きとなった。帰ってきた能登幹は僕を捕まえて「君は酷い奴だ」と恨言を言っていたが、聞こえないふりをして授業の準備に取り掛かる。それにしとも、よくモテる事だ。

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