第13話
妙ちきりんな雑貨に紛れた彼女の顔はややもすればそういうオブジェだろうかと思うのだったが、それを口にするのはあまりに失礼千万であるため冗談の種として誰彼に披露するような真似はしなかった。ちなみに彼女が売り物でないと気が付いたのは、「そろそろ行きましょうか」と退店を促す声を上げた時である。その際もまるで恐竜のように口を大きく空けて目を吊り上げていたものだから、やはりディノサウロイドの置物かと空目し、これもまた、言葉にすれば彼女の自尊心を傷付けてしまう大変な失言となるので胸の内に留め墓まで持って行く事とした。桑谷女史が僕の異変に気が付かず、さっさと店を後にしたのは幸運であった。
往来に繰り出し先陣を行く桑谷女史の背中を追っていくと、十分もしないうちに件のもんじゃ焼き屋へと到着。女史は意気揚々と暖簾を潜り、「もし」と、普段より甲高い声を出して来店を告げた。
「予約した桑谷葉月でございますか」
僕は彼女の名前が葉月というのをはじめて知ったのだが、名は体を表すとはよく言ったもので、人格に則した、いい名前であると思った。彼女は騒がしく苦手だが気風の良さは認めるところである。夏の暑さと、時折吹く、深緑の香りを含んだ風は、まさにイメージにピッタリだと感じた。
「はい、お待ちしておりました。どうぞお上がりください」
女中といっていいのか知らないが、客案内を取り仕切っているであろう老婆の声に招かれ僕達は小上がりに胡座を、女子は横座りとなり腰を落ち着け、倦怠的な空気が沈黙を生まれる。初夏前の街中を歩き少し汗ばんだ身体が冷えていくのが心地よく、声を出すのが億劫だった。
「さ、何食べようかしら」
だが、桑谷女史にとっては僕らのアンニュイは退屈極まりないようで、やたらと声を張り上げてメニューを方々見せる。男子のみならず女子も苦笑いを浮かべていたが、彼女は気に求めていない。
「愛君はどうする? 私はね、とろろチーズがおすすめ」
「じゃあ、それにしようかな」
能登幹はなんでもいいというような感じでおざなりに賛同している風だったが、女史は顔を輝かせて「じゃあそうしましょう」と前のめりとなり、勢い余って鉄板に掌を置く。
「危ないよ」
「平気よ。まだ火が付いていないんだもの」
二人はそんな、何の事はない会話を交わしたが、桑谷女史は嬉しそうに声を弾ませて鉄板から戻した手指をくるくると舞わしていた。
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