第11話 そこそこ

「ほな、行こか」


 放課後、はなえは誠人にそう声を掛けられて、断るタイミングを完全に逸してしまったとあきらめ気味に頷いた。そんな二人に杏奈が近づいてくる。


「なあなあ、はなちゃん。二人でどっか行くん?」

「野球部の見学。片岡も来るか?」

「え……」


 杏奈が目を逸らす。


「まあ、長谷川と一緒なんて、はなちゃんが心配やし……行ってもええけど」

「ほな行こうや」


 はなえも、うんうんと頷く。犠牲者――もとい、仲間は多いに越したことはない。杏奈はゆるふわ茶髪を揺らしながら答える。


「ま、ええけど?」


 ・・・


 被り物部長の部活紹介の甲斐あってか、その日の野球部の見学は盛況だった。集まった新入生は男女合わせて1クラス分――選手希望の生徒たちはすでにジャージに着替えて前列に並んでいる。マネージャー希望だけでも男子含めて10人近くいそうだ。

「野球部、人気あるんだね」

「ほんまやな」

 想定外の大人数に気圧されたのか、はなえの小声につられるように杏奈は頷く。


「こんちはっす! 今日は集まってくれてありがとう! さっそくですが自己紹介お願いします。自分は、野球部部長、3年の渡瀬です!」

 部長は部活紹介の時と違い、茶けた短髪に日に焼けた肌が球児らしい。一人ひとりの自己紹介が始まり、誠人がひと際大きい声で挨拶をする。

「1年3組、長谷川誠人です! 中学の時はショートで1番打ってました!」

「へえ」

 誠人の言葉に部長はじめ後ろに控えた部員たちの目の色が変わる。

、足速いんや?」

「そこそこっす!」


 少し緊張気味の誠人の受け答えに、はなえも、隣の杏奈も呼吸が少し浅くなる。


「ほな、俺とちょっと走らへん?」

「……うっす!」


 渡瀬部長の言葉に、誠人は腕を後ろに組んだまま返事をする。そのほかにも何人か新入生が立候補し、グラウンドの横に並ぶ。3年の女子マネージャーがタイムウォッチを手に「いくでー」と声を掛ける。


「よーい、ハイッ!」


 部員の掛け声とパンッと大きな拍手とともに誠人たちが一斉に走る。三塁側からホームベースへと全力疾走してくる誠人たちを、他の新入生たちはバックネット裏から見守る。


 はっ、はっ……と短く息を吐く声とスパイクやスニーカーが土を蹴る音が近づいて来て、女子マネージャーの前を通り過ぎていく。


 ガシャン!!


 勢いを殺さずにバックネットのフェンスにぶつかる音がし、女子マネージャーの声に部員たちが沸く。

「わー! 長谷川くん、部長と同タイムや! すごー!」


 フェンスにもたれかかりながら、渡瀬部長が誠人に声を掛ける。


、速なったなあ。おっそろしいなあ、自分」

「はあ、はぁ……くっそーもう抜ける思てたんですけどね」

「中学ん時と変わらず生意気やなー」


 二人の会話を聞いて、杏奈が呟く。

「あ、あの人、中学ん時の野球部の先輩や」

「へえ……」


 はなえは心臓を押さえながら、フェンス越しの光景をじっと見つめていた。

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