第7話 はなちゃんと杏ちゃん

「はしもっさーん、お昼一緒せえへん?」

 ゆるふわ茶髪女子が話しかけてきた時、はなえは鞄からコンビニの買い物袋を出していた。はなえが頷くと、ゆるふわ茶髪女子は空いている隣の席に座った。


「あれ、はしもっさん、コンビニ?」

「うん」

 人の多い購買と食堂まで行くのが億劫でつい、コンビニに寄ってから登校してしまっている。はなえは、相手のことを聞こうとして止まった。そう言えば名前を知らない。先ほどのアンケートを一番目に出してくれた生徒であることは分かる。

 アンケートに書かれた名前を見ていればよかった、とパンを並べる。

「……うん」


「はせやん、購買行こー」

 席の後ろで『あべのの人』が誠人に話しかけている。


「ちょっと待って待ってー。あれ、なんや自分ら今日一緒?」

「うん」

「ふーん。ええやん」


「はせやーん」

「あいあーい。ほなな、はしもっさん。


 手を振って教室を出た誠人を見送ってから、はなえは、ゆるふわ茶髪女子を見る。

「カタオカさん?」

「ふ、あ? なに?」

 話しかけられて、お弁当を揺らす彼女に、はなえは少し不安そうに首を傾げる。

「ああ、ごめんごめん。片岡なんて可愛ないから、杏ちゃんって呼んで」

「杏ちゃん」

「うんうん。片岡杏奈かたおか あんないうの、うち」

「杏ちゃんって可愛い名前だね」

「ありがとう~。よう、からかわれるから、昔は嫌いやってんけど。あ、はしもっさんって下の名前なんやったっけ」

「はなえ、だよ」

「ほな、はちゃんって呼んでもええ?」

「うん」

 はなえと杏奈は微笑み合う。独特なイントネーションの『はなちゃん』がなんだか嬉しかった。


「なんやなんや、自分ら。仲良しやん」

「あれ、長谷川くん」

「財布忘れてもうてん」

 そう言って誠人が自分の席に掛けられていた鞄を机の上に置いて中をゴソゴソする。

「財布を忘れて~愉快な長谷川くん~」

「なにそれ」

 国民的アニメの主題歌の替え歌での、駆け足すぎる『はせがわくん』に、はなえは思わず吹き出す。


「おっ。はしもっさんに初めてウケた。ツッコミもええ感じやで」

「ツッコミじゃないし」

「ほな、裸足で駆けてくわー」


 再び手を振って教室を出ていく誠人を見送ると、横から「シンデレラボーイか」と杏奈が小さく呟いているのが聞こえる。


「杏ちゃんって」

「え? なに!?」

「ううん。お弁当美味しそうだね」

「あーうん! せやねん。うちのお母さん、冷凍食品詰めるの上手やねん」

「え、そうなんだね」

「あ、いや……せやねん」


 杏ちゃんって恥ずかしがり屋さんなのかなあ、とパンの袋を開けながら思った、はなえであった。

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