第21話 カンダタ親分

 誘拐されたリリカラン侯爵は、海を越えてこのシルコル島に来ていた。


 しかし、かなりまずい状況となった。誘拐がバレてしまった以上、こいつらは目撃者であるオレたちを始末するだろう。


 一つ星最高峰の称号を持つ女剣士ジーベラでさえ、一撃で床に沈めるくらいの手練てだれどもだ。しかも武器は取られたままだ。


 こうなれば、オレが“本気”を出してこいつらを片付けるしかない。


 リーダーは涼しい顔のまま言った。


 「バレては仕方ない。ご婦人方、あなたたちには死んでもらう。よし、ほかの者はニックを馬車に積み込め。ベルビリアンに向かう準備をしろ」


 いまこのリーダーは「ニック」と言った。リリカラン侯爵のことをニックと呼んだ。この名前を知っているのは、オレだけだと思っていた。


 例の下っ端一人を残し、ほかの男たちは裏口から出ていった。オレたちの始末など、一人で十分なのだろう。ジーベラは臨戦態勢をとる。下っ端は口をすこしニヤつかせ、剣を無造作に壁に立てかけた。


 「剣のあつかいを知らんのか」と同時にジーベラは下っ端に襲いかかる。下っ端はジーベラを軽々と避け、目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出した。


 ジーベラはパンチをかわした。だが、かわしたのは一発だけで、あとは腹に何発も食らい、その場で倒れ込む。


 やはり、こいつはなにかがちがう。


 オレも踏み出し、襲いかかった。


 スローモーションのフェーズが発動した。まずはこいつの首にダガーを突き刺してやる。


 腰の裏に携行してあるダガーを抜き、スローな下っ端の男の首に突く。


 その瞬間、下っ端に手首をつかまれた。


 「!」


 「!」


 オレも下っ端も、目が見開いた。


 バカな。スローモーションのはずなのに……! なぜこいつは動ける……!?


 「お前……!」


 下っ端はダガーを取り上げ、裏口に向かう。


 「お前、ちょっと待て。カンダタ親分を呼んでくる。ゲームはおあずけだ」


 カンダタとはリーダーの名前のようだ。どこかで聞いたような名前だ。


 うずくまるジーベラ、あっけにとられるオレ。下っ端は裏口のほうに向かう。外では馬車と男たちのかけあいの声などが聞こえていた。


 そのとき、背後の表の戸が開いた。


 下っ端、ジーベラ、オレは同時にうしろを振り向く。


 芸人スポンが立っていた。


 「あれ? ジーベラともあろう者がなんたる様だい?」


 下っ端は「仲間か?」と言わんばかりにオレとスポンを交互に見る。


 スポンは間髪入れずスローイングナイフを下っ端に向けて投げた。下っ端は軽く避けた。ナイフは裏口の戸にダーツのように刺さった。


 つぎの瞬間、下っ端は床に崩れた。なんと、額にもナイフが突き刺さっていた。どうやらスポンは2本投げ、一本は魔法で消していたようだ。


 「へへへ。お命頂戴だい。遅いから様子を見に来たんだ。ジーベラ、立てるか?」


 「ああ……」


 ジーベラはゆっくりと立ち上がり、立てかけられた剣を大事そうに鞘にもどした。


 「外のやつらに見つかるまえに、逃げたほうがよさそうだ」


 スポンはそう言って、裏口の戸にかんぬきを刺した。


 風のある丘にもどる途中、うしろのほうで騒ぐ声がしていた。戸が開かないとかの騒ぎだろう。そのうち表にまわり、中に入ると仲間が殺されていることを知るのだろう。


 野営地の荷物を片付け、そのままガミカがいるほうに向かった。追手をまくためだ。


 ようやく合流したガミカとゴジップに事情を話した。ジーベラが一撃でやられたことを知って驚いていた。なにより、リリカラン侯爵誘拐事件に巻き込まれるとは。


 ゴジップは敵の攻撃の特徴から、去年のビイービ大会の優勝者のようだと言った。


 一番くやしいのはジーベラだろう。手も足も出なかったのだから。武器は奪還したものの、彼女は剣士だ。剣を振るうこともできなかったのだ。


 ガミカとしては機嫌が悪い。隠密行動のための旅なのに、誘拐事件の犯人グループと鉢合わせをして、しかも一人殺してしまっている。おもいっきり目立つ行動をとってしまった。


 ガミカが適当な野営地を見つけ、ゴジップが野営の準備を始めた。ここは動植物愛好家たちの隠れスポットのようだ。犯人グループに動植物愛好家がいないかぎり、この場所が割れることはないだろう……と、ガミカは言った。


 その夜、ガミカとオレは二人きりで話をした。


 「ビアンカ、これじゃあ行程がめちゃくちゃじゃないか!」


 「こちらも好きで巻き込まれたわけじやわない。殺したのもスポンだ」


 「すばやい攻撃をするだって? まるでお前みたいじゃないか」


 そうか。オレのあのスローモーション・フェーズも、まわりから見ればすばやい攻撃になるのか。だとすると、やつら……カンダタとかいうグループは、みなオレのような人間……ということになる。


 「話を聞くと、やつらはプロらしいな。誘拐犯に命を狙われつつ、動植物の調査なんてできない」


 「リリカラン侯爵誘拐だ。あいつらの正体をつかむことも先決だろう。あんたら捜査局の得意分野じゃないか」


 「……」


 「ガミカ、仲間に知らせろよ」


 「く……。オレの計画が……。この島にしか生息しないといわれる七色花を、すべてコンプリートする予定だったのに……」


 知らねえよバカ。


 「ガミカ、犯人グループはベルビリアンに向かうと言っていた。ベルビリアンって?」


 「ベルビリアン!? ほんとうにそう言ったのか?」


 オレはうなずいた。


 「ベルビリアンは見捨てられた孤島だ。シルコル領内だが、かんたんには渡れない。年がら年中、嵐のような海域だ。それに、島の岸壁は崖のようにそりたち、上陸もきわめてむずかしい。そんな場所に侯爵を連れていってどうするのか……。ビアンカ、お前の任務は魔王暗殺だ。侯爵のことは捜査局を通じて情報局に伝えておく。犯人グループも情報局のやつらに任せる」


 「……」


 「ベルビリアンはビイービの北に位置する島だ。犯人グループも、おそらくけもの道ルートを進むと思われる。オレたちのルートと一緒だ」


 「街道で堂々とビイービに向かうしかない?」


 「う〜む……やつらは馬車だから、移動は早いはずだ。しかし、待ち伏せされる危険性もある」


 「街道しかないな。犯人グループは街道を絶対に通らないはずだ」

 

 結局、街道をくだってビリエの街に向かうことになった。そこにガミカが属する組織の支部があるという。そこから情報を本部に送る。


 カンダタとかいう誘拐グループの登場により、魔王暗殺のシナリオはすんなりいきそうにないようだ。

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