第20話 風の吹く丘

 イフロア遺跡は、二千年くらいまえに栄えていた都市だという。世界には滅びた街はたくさんある。この街は石造りの建物が多く、それゆえに街の原型を留めている。


 遺跡といっても、村のような広さだった。いまでは宿屋が数件あり、お土産屋もある。しかも、遺跡である土台を利用しての建築である。完全に観光地化されていた。


 遺跡付近の自然はすでに人間の手が入っているので、ガミカの意向でもうちょっと奥のほうへ進んだ。


 この観光地へは、街道を通るのがふつうだ。なので、ここの観光客は例の森の中の死体は知らない。 


 遺跡を通り過ぎ、けもの道を進もうとしたときにある男が「道中に馬車を見なかったか」とたずねてきた。


 ジーベラは死体となった御者と馬車の特徴を話した。荷台の中も空だったことも伝えた。すると男は肩を落としていた。


 このけもの道は、スエルピから近道ではあるが、その名のとおり危険な場合もある。それゆえ街道が整備されたらしい。それでもむかしながらのルートとして、一部の旅人に使われている。


 無論、オレたち……正確にはオレとガミカは街道を避けなければならない。道行く者たちにできるだけ顔を見られないようにするためだ。


 この島の目的地ビイービまで、街道は通らずにけもの道を通る。完璧に動植物調査の旅人として振る舞わなければならない。


 だが、振る舞いを意識する必要はなく、ガミカは本物の動植物調査員なので、自然にしていればよかった。


 遺跡を抜けると、気持ちいい風が吹く丘に到着した。ここも野営地場のようで、いくつものたき火の跡があった。


 本日はここで落ち着く。ガミカはゴジップとともに動植物の散策に出かけた。だれもオレたちを魔王暗殺隊とは思わないだろう。完璧に一般人による調査員に“擬態”している。なんせ、仲間もだましているのだ。


 夜までかなりの時間があった。芸人スポンは昼寝を始めた。オレは丘から景色をながめていた。


 すると、目前に広がる森の中に、小屋があるのが見えた。ポツンと一軒家だ。


 「あんなところに小屋が」


 となりの女剣士に聞こえるように言った。


 「納屋なやかもしれない。遺跡にある宿屋とかの建物を造るために建てられたのかも」


 オレは小屋を凝視していた。すると何人かの者が、馬車から人間らしきものを担いで小屋に運ぶのが見えた。


 「病人かな?」


 さいわい、ガミカが薬草を手に入れ、みんなに持たせていた。


 ひとの手がいるかもしれないので、その小屋に行ってみることにした。


 丘から見ると小さな納屋だったが、実際は大きな納屋だった。ジーベラが戸をノックした。


 戸が少し開き、男がにらむようにこちらを見た。


 「さっき、ひとが担ぎ込まれるのを見た……」


 そうジーベラが言った瞬間、男は肘でジーベラの腹部にダメージを与える。目にも止まらぬ速さだった。さらにジーベラの剣を奪った。


 さすがの女剣士もよろめいた。


 「おい待て! わたしたちは敵じゃない! 病人かなにかいるのかと思って」


 そう言ったオレにも攻撃をしてきた。


 その瞬間、あたりがスローモーションになった。ひさしぶりの“フェーズ”だ。これならこの男を始末できる。


 しかし、ジーベラも見ている状態で、この男を片付けるのは躊躇ちゅうちょする。なんせオレは、動植物調査が趣味のダンナに付き合わされた、かよわき奥さんの設定だ。


 しかし、このままではやられる。


 「待て」


 納屋の中からべつの男の声がした。


 「婦人か? 女性に害を加えるな」


 中から男が数人出てきた。中に入るようにうながされた。


 しかしながら、女剣士ジーベラを一撃でよろめかす男……それでもこいつは下っ端のようだ。


 コイツらは何者だろうか。


 「ほう……病人がいると思ってこの納屋に来たのか?」


 リーダーらしき男が言った。


 「そうだ。心配になってきたのだ。薬草も携えてな」


 ジーベラはそう言うと、攻撃を食らわしてきた下っ端をにらんだ。


 「まあ、病人ではない。ちょっと具合が悪くなった者がいてな。薬草はいらない。わざわざすまんな。剣士殿も危害を加えてすまない。剣は外で返して差し上げろ」


 リーダーは丁寧に言った。下っ端はジーベラの剣を持ったまま外に向かった。


 オレたちが納屋を出ようとしたとき、奥の部屋から大声がした。


 「助けてくれ! わしはこいつらに誘拐されとるんじゃ!」


 その声の主は、ニック……リリカラン侯爵だった。

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