第8話 黄昏れのレイドバック

 腰のウエストポーチだけ奪った。もちろん、残り二人を物色して集めたおカネもそれに入れた。


 けっこうな額がある。数ヶ月は暮らせそうだ。どうせ盗みで得たカネだろう。


 ひとりだけ小綺麗な服を着ていたが、それを剥ぎ取るのはやめた。“足”がつきそうだからだ。オレって狡猾こうかつな人間だなと思った。


 このポーチもいまだけだ。お店で新しいのを買ったら捨てるつもりだ。


 それに、いい働き口が見つかったら、このおカネはどこかに寄付する。まっとうなおカネじゃないだろうし、なにやら気持ち悪い。殺して奪ったオレがいうのもナンだけど。それまでは、すこし使わせてもらおう。


 それにしても、あのスローモーションはなんだったのだろうか。ゲームみたいだった。ファンタジー世界だから、なんでもありなんだろうか。


 自分がゲームや映画の主人公になったようで気分がいい。やっつけたのは悪党だ。そう言い聞かせる。ただ、ここは“オレの世界”ではないからか、殺人を犯してもなにも思わない……という怖さは感じた。


 黄昏時たそがれどきになった。街も急に暗くなる。明るい通りがはっきり見えてくる。繁華街だ。


 もう、酒場でウエイトレスの仕事をする必要はないが、酒が飲みたいので行くことにした。チケットの半券のことも、なにか聞けるかもしれない。


 繁華街には街灯もあり、酒場がのきを連ねていてにぎやかだ。どれも似たような店ばかり。このへんは、ねーちゃんがいる飲み屋と同じだ。


 とりあえず、豪華っぽい酒場に入った。


 入ったとたん、店の女将おかみに怒鳴られた。


 「裏口から入りなって、いつも言ってるだろ!」


 キョトンとしていると、女将はマジマジ見てきた。


 「あれ……あんた、ウチのじゃないわね。ひょっとしてお客かい?」


 「そうだ」と言ったら、女将はわびを入れてきた。


 客たちのほとんどは男で、そのほとんどがオレの顔と太ももを交互にチラチラ見ていた。


 店内は吹き抜けで、ピアノの生演奏が流れていた。そのピアノのとなりに、二階へあがる手すり階段がある。上の廊下に数人の女がたむろしており、こちらを見下ろしていた。はだけた格好。あきらかに娼婦しょうふたちだ。


 なるほど。ここは娼婦の館も兼ねているんだな。女将はオレを娼婦と勘違いして怒鳴ったのだ。


 酔っぱらった男が近づくと、女将が追い払ってくれた。


 カウンター席にすわり、女将に「チップもふくめて」と多めのお金を渡し、ビールを頼んだ。


 きょうはいろんなことがありすぎた。新しい人生に乾杯だ。いっきに飲みほした。


 「ぷはー!」


 こんなにうまいビールは、生まれてはじめて飲む。まわりの男たちから拍手が起こった。すこしオレは照れた。 


 おかわりをすると、女将が話しかけてきた。


 「どこの村のコだい?」


 身なりだけで、村出身とバレてしまう。あすは服屋さんに直行だな。


 「東の奥から来てね。ちょっとした調査でこの街に立ち寄ったんだ」


 さっそく、オルファのように、クエストを請けている旅人を装った。そこで、チケットの半券を見せた。


 「手がかりはこれなんだ。これについてくわしいひとはいない?」


 女将は半券を持って、文字を読む。


 「う~ん……」


 女将は眉間にシワよせたあと、テーブル席のほうに声をかけた。


 「侯爵こうしゃくさん、あんたならこの意味わかるんじゃない?」


 ポーカーをしていた老人の男性がチラッとこっちを見た。身なりがきれいだった。貴族のお忍びっぽい。


 オレを見るなり、ポーカー仲間に断りを入れてこっちにきた。


 「スケベじじいだな」とオレは思った。


 スタスタこちらにあるいてくる老人の顔に、オレの目ん玉はビー玉のように大きくなった。


 「ニック……!?」


 あのビー玉外人の顔は忘れてはいない。

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