第67話 ネコ

 俺は念のためにオンディーヌに尋ねた。


「猫には名前はつけない方が良いんだよな」


 シェイドに名前を付けた結果、俺との間に契約がなされてしまった。

 仕組みはわからないが、そういうものらしい。

 だから、精霊の赤ちゃんである猫に名付けたら、契約がなされる可能性がある。

 そして、猫は赤ちゃんなので契約はしない方が良いのだ。


「ん? もう名前はある」

「いや、あのバカがつけたゴミクズという名前を、この子の名前として認めたくはないな」

「違う。この子の名前はネコ。グレンもそう呼んでた」

「名がないから、便宜上そう呼んでいただけだよ」


 猫は、言うまでも無く種族の名前である。


「知ってる。でもネコはもう自分の名前をネコだと認識している」

「……そうなのか?」

「そう」

「いや、でも、改めてちゃんとした名前を付けてやらないと」


 契約のことは慎重に考えなければならないが、名付けもしっかり考えてあげたい。

 そう考えたのだが、オンディーヌは首をゆっくりと振った。


「ネコは嬉しかったみたい」

「ネコと呼ばれたことが?」

「そう」


 呪われてゴミクズというひどい名を付けられて、支配されていたのだ。

 悪意の籠もっていない呼ばれ方をしたら嬉しいというのはわかる。

 だが、それでいいのだろうか。


「そもそも、あのバカの付けた名前から変えるためには儀式とか必要なんじゃないか?」


 精霊にとって名前はとても重要なものであると聞いている。

 改名するのも、そう簡単なはずはない。

 もし簡単に改名できるなら、契約自体が脆弱なものになってしまう。


「普通は変えられない。でも今回は呪いで無理矢理名付けていたから」

「解呪で名前も消えたと?」

「そう。名付け自体が呪いの構成要素」

「そうだったのか」


 俺が解呪した時点で、猫は名無しの精霊になった。

 その状態の精霊に、俺が猫と呼んだ。

 それにより、名付けが完了してしまったらしい。


「……悪いことをしたな」

「でも、ネコは本当に喜んでいた。さすがグレン」


 猫あらため、ネコは仰向けでヘソを天井に向けて眠っている。

 そんなネコはオンディーヌの細くて綺麗な指を咥えていた。

 夢の中でミルクでも飲んでいるのだろうか。

 精霊には親はいないはずだが、もしかしたら親の夢は見るのかもしれない。


「ジュジュの保護とグレンの付けた名前がある。呪いは大丈夫」

「そうか、契約しなくても、名付けだけでも効果はあるのか」

「うん。ある」


 気づかぬうちに名付けてしまっていたが、結果的に良かったのだろう。

 思い返してみると、シェイドもオンディーヌも当たり前のようにネコをネコと呼んでいた。

 あの時点で既に名付けは完了していたのだろう。

 そして、ネコが自分で自分の名前をシェイドとオンディーヌに教えていたのかもしれない。


「とりあえずの懸念は解消したよ」

「それならよかった」

「あとの問題は、現時点では俺にできることはなさそうだし」

「ん。そう。グレンは休むべき。今日も本当はごろごろしとくべきだった」

「結果的にはネコを助けられたし、良かったけどな。ヴィリやシルヴェストルたちは、ネコについて全く情報を掴んでなかったのか?」

「そう」

「まあ、シルヴェストルも全てを把握できるわけでもなし」


 大賢者ヴィリの目と耳と言われる風の精霊王シルヴェストル。

 情報収集が得意で、どこにでも遍在していると、ちまたでは言われている。

 だが、シルヴェストルは神では無いのだ。

 どこにでも遍在するなど不可能である。


「シルヴェルトルは、どこを調べるかの指示があれば、大体どこでも調べられる」


 だから悪巧みしてそうな奴の情報は、大体全て手に入れることができるのだ。

 それが、大賢者に隠れて謀議するのは不可能と呼ばれる所以ゆえんである。


「つまり、王都をしらみつぶしに探すとかは難しいんだな」

「不可能じゃないけど魔力と時間がかかる。内緒だけど」


 つまり、風の精霊王シルヴェストルであっても、王都全体のような広い範囲の情報を集めるのは大変なのだろう。


「呪いで姿を隠していれば、シルヴェストルでも探すのは難しい」

「シェイドの洞窟の中にも入れなかったな。まああれは別の理由があったが」


 あのときは呪いが感染するから、洞窟に入れなかったのだ。


「そ。呪いは魔法ではない。魔法を司る精霊とは相性は悪い」

「そうなると、ヴィリたちの黒幕捜しも時間がかかりそうか?」

「可能性は否めない。だから王にも手を貸してもらう」

「王に手伝って貰うのか。大事おおごとだな」


 確かに王ならば、あらゆる組織を動かせる。

 人海戦術もとれるかもしれない。


「そ。王の溺愛する第一王女をグレンが助けたから、貸し一つある。だから快く手伝ってくれるはず」

「あの子は第一王女だったのか。そんな恰好では無かったが……」


 先ほど戦闘に巻き込まれた子供は第一王女だったらしい。

 貴族の男の子の恰好だったので、女の子だとは思わなかった。

 髪も一般的な王女に比べて長くなかった。


「お忍びで遊んでいたのだし。変装」

「変装だったのか……そういえば、騎士も騎士っぽく無かったな」


 王女を護衛の騎士をつけていたとはいえ、王城の外に出すとは少し防犯意識が低い。

 そんな気もした。

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