第30話 大賢者と水の精霊王

 ◇◇◇◇◇


 グレンたちが竜舎に向かった後、グレンの小屋にはヴィリとオンディーヌが残った。

 グレンたちが去ったのを確認して、オンディーヌは不機嫌そうに言う。


「なに? 忙しいんだけど」

「念のために、注意事項を確認したくて」

「早くして」


 ヴィリは、ダンジョンの位置や魔物がオンディーヌに反応しない距離などを確認する。


「わかってる。昨日聞いた。それだけ?」


 本当にそれだけのために呼び止めたのか。

 オンディーヌは少し怒りかけている。


「それだけじゃないさ。一つ聞いておきたくて」

「なに?」

「グレンとジュジュって……、もう契約が済まされてないかな?」

「されてる」


 そんなことも聞かないとわからないのか。

 そんな表情でオンディーヌはヴィリを見た。


「やっぱりそうだよね。でもグレンは精霊との契約術式も何も知らないはずだけど、ひょっとしてオンディーヌが教えた?」

「教えてないし、私は何もしていない。そもそもグレンはすごいから術式は必要ない」

「それは、すごいね」

「精霊と契約するには、魂でつながることができれば、それでいい」

「確かに術式は、それができない僕みたいな人間のためのものだけど……」

「才能がないなりにがんばれ」

「ありがと。善処するよ」


 オンディーヌに才能が無いと言われても、ヴィリは全く腹を立てていなかった。

 グレンはヴィリのことを有史以来の天才だと信じているらしい。

 だが、ヴィリからすれば、グレンの方が天才だ。

 ヴィリは、自分のことを不足している才能を、膨大な努力で補うタイプだと考えていた。


「でも、いいのかい? オンディーヌはグレンが好きでしょう?」

「好き。でもいいのかいってなにが?」

「ほら、ジュジュがグレンと魂を通わせて、嫉妬とかしないのかなって」


 オンディーヌはヴィリとグレンに嫉妬していたぐらいなのだ。

 水の精霊の嫉妬深さは有名である。


 人間と結ばれた水の精霊が、不倫した夫を殺したというような伝承は沢山ある。

 また、添い遂げたという伝承も、沢山あるのだ。

 そして、水の精霊と人間の恋愛の伝承には事実が多く含まれるとヴィリは考えていた。


 精霊と人間の恋愛にまつわる伝承、つまり精霊と人間が、互いに魂を通わせる物語だ。

 それらの伝承からヒントを得て、ヴィリは精霊契約術式を編み出すに至ったのだから。


「ジュジュはグレンが保護して、私が魔力を与えて助けた」

「そうだね。それが?」

「つまり、ジュジュはグレンと私の子供と言っても過言ではない」

「……過言だと思うよ」


 ヴィリの否定の言葉をオンディーヌは全く気にしていなかった。


「もしかして、オンディーヌはグレンと契約し直したいとか思っている?」

「ヴィリとの契約は仕事。プライベートは別」

「そうか。公私の区別を付けられて偉いな」

「うん、えらい」


 オンディーヌはどこか自慢げだ。

 機嫌が良さそうなので、ヴィリはこの際、いろいろ聞いておくことにした。


「ところで、……オンディーヌはグレンとの子供が欲しいの?」

「…………?」


 オンディーヌはきょとんとして首をかしげた。


「いや、人間は、異性を好きになると子供を欲しがる奴が多いんだ。精霊は知らないけどさ」

「なるほど?」

「そういう気持ちがないなら、それはそれでいいと思うよ」

「うん。私は精霊。私の思いは人の恋とは違う。別に粘膜接触求めていない」

「あー、そう」


 伝承では人との間に子供を作った水の精霊は少なくない。

 だが、オンディーヌは子作り行為を粘膜接触と切り捨てた。


「まあ、水の精霊の中でも恋愛観は様々だろうし」

「私の思いは、恋愛とかいう低俗な感情ではない」

「それは失礼」


 別に恋愛は低俗ではないとヴィリは思った。

 だが、精霊の価値観だ。否定してもせんないことだ。


「ただグレンと一緒にいたら、心が温かくなる。それだけ」

「そうかい」

「もういい? グレンが待ってる」

「ああ、呼び止めて悪かったね。グレンを頼むよ。強くなっているはずだけど、ブランクも長いし」

「言われるまでもない」


 そして、オンディーヌはグレンたちの待つ竜舎へと走って行った。

 オンディーヌの姿が見えなくなると、


「一緒にいたら心が温かくなる、か。人はそれを恋と呼ぶんだけどね。どう思う? シルヴェストル」


 ヴィリは近くにいるはずの風の精霊王シルヴェストルに語りかける。

 返事はなく、ただ柔らかい風が吹いた。


 ◇◇◇◇◇

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