第25話 グレンの知らない魔法の秘密

 先ほどからオンディーヌは俺にくっついている。

 そうして、俺に抱っこされているジュジュと遊んであげているのだ。

 ジュジュはご満悦な様子で、特殊鋼の欠片をオンディーヌに渡したり受け取ったりしている。


 受け渡しすることのどのあたりが楽しいのかわからないが

「ぎゅっぎゅ!」

 と鳴いてはしゃいでいる。


 楽しそうでなによりである。

 こんど俺も特殊鋼の受け渡しをして遊んであげようと思った。


 そんな風にジュジュと遊びながら、オンディーヌが言う。

「グレンは魔力回路、いやそもそも魔法を何もわかってない。でもそれでいい」

「そうか。確かに俺は魔法はよくわからんが……」


 それはそれとして、問題は魔力回路について理解できていないことと魔法を斬ることについての関係だ。


「で、魔力回路について理解したら、ヴィリが放つ魔法すら斬れるようになる。ということか?」

「違うかな。そもそも、グレンは理解できないでしょう?」

「い、いや、それはわからないぞ? もしかしたら理解できるかもしれないし」


 勉強してこなかっただけで、勉強すれば理解できるかも知れないではないか。

 これまでは勉強する必要が無かったから勉強したことが無かっただけだ。

 いや、必要が無かったというより、勉強する意味が無かったと言った方が正しいだろう。

 魔導師になれるかどうかは才能によるところが大きいのだ。

 そして俺にはその才能が無かった。

 それだけのことだ。


「そうかい? じゃあ、専門用語は使わないようにして説明するね」

「ああ、頼む」

「魔力が物理的な作用を生み出すとき、その大きさは、その作用される物質と魔法を使う術者の魔力によって変わるんだ。それで魔法の威力の大きさは、物質の素材が固有の定数になって、重さと大きさは変数、それに術者の魔力の方は二乗して、それぞれを掛け合わせたら求められると思われていたんだけど、実は――」

「ちょ、ちょっと待って」

「ん? 専門用語は使っていないと思うけど」

「確かに一つ一つの用語は一般的な言葉だけどさ」


 何を言っているのか、はっきり言ってわからない。


「ヴィリは意地悪。グレン、こんな奴は放っておくべき。私が教える」


 ふんすふんすと、オンディーヌは鼻息を荒くしている。

 そして、それを見たジュジュもふんふんと鼻を鳴らしていた。

 きっとオンディーヌの真似をしているのだろう。


「すまなかった、ヴィリ。勉強してこなかったから、説明されてもわからん」

「こっちこそ、ごめん。意地悪しようと思ったわけでは無くてさ。僕としてはわかりやすく説明したつもりではあったんだけど……楽しくなっちゃって」


 ヴィリはそういうところが昔からあった。

 専門分野について語り出すと止まらなくなるのだ。

 ヴィリなりにわかりやすくしようと配慮しているし、聞かれない限り語らないようにはしている。

 今回は俺が教えろと言ったので嬉しくなってテンションが高くなってしまったのだろう。

 だから、意地悪をしようとしたのだとは俺は思わない。


「ヴィリは教える才能が無い。私が教える」

「じゃあ、頼むよ」


 苦笑してヴィリがそう言うと、オンディーヌは胸を張る。


「原理から教えても理解できるわけがない。作用から教えるべき」

「そうなのか。作用も俺にはわからなそうだが」

「大丈夫。私には教える才能がある」


 自信満々のオンディーヌは俺と、そしてジュジュに言い聞かせるように語り始める。


「グレンは魔導師ってなんだと思う?」

「魔法を使える人間のことだろ」


 精霊も魔法を使えるが魔導師とは呼ばれない。


「大体はそう。でも正確には違う。自分の身体の外で魔法を使えるのが魔導師」

「つまり、自分の身体の中でも色々やれる魔法があるってことか?」

「そのとおり。そこに気づくとはグレンは天才」

「ありがとう、オンディーヌ」


 たいしたことは言ってないのに褒められてしまった。

 オンディーヌは、とりあえず褒めて伸ばす方針らしい。


「体内に作用させる魔法って、治癒魔法ぐらいしか思いつかないが、治癒魔法は魔法じゃ無いんだよな」

「そう。呪いも治癒魔法も神の奇跡。魔法じゃない。私が言っているのは別の魔法」

「例えば?」

「身体能力を強化する」

「そんなことが可能なのか?」

「魔導師はみな身体強化をしてる。そうじゃなきゃ、あれほど強力な魔法は撃てない」


 そう言われたら確かにそうかも知れない。

 ヴィリの魔法は音速を超えるという。

 ヴィリほどじゃ無くとも、魔導師の放つ魔法はとても速い。目にもとまらぬ速さだ。


 魔法の中には質量を持つ物もあるのだ。

 音速に近い魔法を生身の手から放てば、手の方が吹き飛びかねない気もする。


「だけど、みな下手。使いこなせているのはヴィリぐらい」

「僕が若いのもそのおかげかな」

「ヴィリは全く老けてないもんな」


 未だに、ヴィリは十代に見える。それも魔法のおかげだとヴィリ自身が言っていた。

 そして、他の魔導師で老化を止めている者を見たことがない。


「ここからが肝心なんだけど、グレンも魔法を使えるよ」


 そう言ってヴィリは微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る