14 ghost

scripter:


 私は、未冷は、衛理や真依と共に、日の落ちた浦安のホテルのスイートへと、自分の家へと帰ってきた。そして、私がベッドに腰がけたとき、衛理に訊ねた。

未冷先生「ここには、あの子の監視があるんじゃないの?」

 そこで衛理は首を振った。

衛理「仮にそうだったとしても、ここ以上に安全なところはない。あいつがここを抑えにきていないのを見るに、今はこれで正解なんだと思う。陽子たちは……その、残念だったけど……」

 私は自虐気味に笑った。

未冷先生「あのとき私、脚本家スクリプターって名乗ったけど、もうそんな力はないみたい」

 全員が、沈黙する。その時、お腹の鳴る音が聞こえた。自分からだった。私は二人から、顔を背ける。

未冷先生「ごめん、威厳も……なくなっちゃった……」

 その時、ノックする音が聞こえた。恥ずかしくて私が出てみると、コンシェルジュのお姉さん、明穂さんが、ワゴンを引いてやってきていた。彼女は微笑む。

明穂「お久しぶりです、未冷様。お疲れの様子でしたので、ビュッフェのものからいくつかチョイスしてきてしまいました。いかがいたしますか?」

 私は素直に頷き、そのまま配膳してもらうことにした。

 

 私たちは沈黙の中で料理を食べ終わり、各々でぼんやりとしていた。けれど、衛理は口を開いた。

衛理「未冷、脱出はどうするの?」

 私は首を振った。

未冷先生「わからない。あの状況をみると、私はたぶん出られないと思う。いつ、どこで敵の手が介在してくるのか、私にはもう……」

 真依はため息をつく。

真依先輩「だからあなたもあの子も、自分の物語の中を走らせるわけか」

 私は微笑む。

未冷先生「がっかりした?」

 真依は肩をすくめる。

真依先輩「ううん、あの後輩が先生って言ってる人も、ちゃんと人間なんだなって」

未冷先生「そうね。私は、脚本家スクリプターになんかなれなかった」

 私はそう言って、窓の先の、遠くの船や工場の光たちを見つめる。それらは鮮やかに、けれど圧縮され渓流ストリームのようになってしまった天の川だった。

未冷先生「私になら、かつて脚本家スクリプターと呼ばれていたおねえちゃんみたいにこの星を書き換えられるかもしれないって、本気で思ってた。そうしなきゃ、この金融社会は……そこに私のせいで巻き込まれてしまった私の教え子は、救われないって」

 そのとき衛理は訊ねてきた。

衛理「ねえ、あいつってここではどんな暮らしをしてたの?」

 驚いたように私は振り返る。衛理はウインクして、

衛理「なんか結構だらしなさそうな感じがあるから。先生だったんでしょ?」

 彼女の気遣いに、私は微笑む。

未冷先生「逆だった。私なんかより、ずっとしっかりしてた。彼の家でずっと寝泊まりしてたからかな」

衛理「えっ」

 驚く衛理に咳払いをしながら、

未冷先生「……朝起きる時間は、ほとんど決まって六時。毎日そこのテーブルで、コーヒーを豆を挽くところからつくってくれた。その音と、香りで私も目が覚める。そしていつも、コーヒーを置いてくれていた。自分は入れた側から、いつも何か本を読みながら飲みはじめていたけれど」

 真依は首を傾げる。

真依先輩「本?どんな?」

 私はホテルの棚を指さす。

未冷先生「そこをひらけば、わかるよ」

 衛理と真依は、そのクローゼットを開く。そこには彼の服がかけられ、その下に大量の本が限界まで刺さっていて、さらに上に積み上げられていた。真依がつぶやく。

真依先輩「これ、全部読んでたの……」

 私は答える。

未冷先生「いつもタイトルが違かったし、時々前の本を読んでたりしてたから、きっと途中までしか読んでないのとかいっぱいだと思うよ」

 衛理はため息をつく。

衛理「ファッション?にしては技術書ばっかりだし……」

 大量の本の中から、衛理は何か本を引き抜いた。私は訊ねる。

未冷先生「その本は?」

衛理「学校にテロリストが襲撃してきた事件のとき、図書館で開いていた本」

 真依が何か思い出したように頷き、

真依先輩「オライリーの暗号通貨の本ね」

 衛理はその中をぺらぺらとめくりながら、その意味不明さかなにかにため息をつき、つぶやいた。

衛理「あいつ、なんで未冷に惚れただけでここまでできるんだろうね」

 いざ正面から言われると、困惑した。

未冷先生「ほ、惚れたって……」

 衛理は振り返ってくる。さも当然のように。

衛理「思春期の男の子が、先生なんてしたってがんばるのなんか、そんなもんなんじゃないの?ねえ、真依?」

 真依は肩をすくめる。

真依先輩「さあ。私、あなたの後輩だし」

 衛理は笑う。

衛理「ここで後輩ヅラ?」

 真依は微笑む。

真依先輩「年月がものを言うのかなって。男じゃないし、恋をしたことも、ないから」

 衛理は頷く。

衛理「あたしもだよ。それで、未冷は?」

 私はいざ言われると、答えるしかなかった。

未冷先生「私は男の子じゃないけど、先生に憧れてたから……ちょっとだけ」

 衛理は微笑んだ。

衛理「性別は関係ないのかもね」

 そうはしごをはずされると、本心をつかれたようで恥ずかしかった。そうして言葉を失っていると、衛理と真依はさらにからかうためか本を物色しはじめる。ふと真依が気づく。

真依先輩「あれ、こっちは技術書じゃない……」

 衛理も頷く。

衛理「デザイン関係が多い。あいつ、システムのインターフェースもつくっていたからかな」

 その時、衛理は全く異なる二冊の本を見つけ、その片割れを抜き抜いた。それを真依が見て、告げた。

真依先輩「オバマの本?なんであの子がこんなのを……」

 その大統領回顧録と書かれた本のタイトルをみながら、衛理は言葉を告げた。

衛理「全ての嘘を狩り尽くしたその果てに、約束の地にたどり着く……」

 私は訊ねていた。

未冷先生「そうあの子が言ったの?」

 衛理は頷く。

衛理「まるで、未冷のところに辿り着こうとしてるみたいだった」

 私は首を振る。どうにか、私は言った。

未冷先生「そこまでして、あの子は……」

 私が俯くなか、真依は言った。

真依先輩「嘘は後輩とそのシステムで、すべて狩り尽くされた。なら、いまのこの世界が、居場所のない私たちに与えられた、約束の地なのかな」

 私たちは、沈黙に包まれた。私は再び、外に広がる海を見つめる。そして、ぼんやりとつぶやく。

未冷先生「わたしの望んだ世界は、実現した。だけどそこに、君はいない」

主人公「そうさ」

 懐かしい声を聞いて、私たちは振り返る。そこには、彼がiPhoneを抱えて部屋に訪れていた。私たちは銃を構える。

未冷先生「今すぐ跪いて」

 彼は答える。

主人公「ここで僕を撃てば、世界は幻想から目覚める」

 私はわけがわからず訊ねた。

未冷先生「どういうこと」

主人公「今や犯罪組織も政府も共同体コミューンも、僕の制御下にある。ここで僕を撃てば、この状況を保ち続けるための方法を失い、この国には一斉にテロの爆発が起きる。人は約束の地から遠ざかるだろう」

 私は銃弾ではなく皮肉をぶつける。

未冷先生「ジェームズ・ボンドを作り飽きたから、ジョーカーになったわけ?」

 彼は悲しげに笑う。

主人公「そう先生が思うほど、僕は器用じゃないよ」

 私は罪悪感を感じて、銃を下ろす。衛理や真依もそれに続いて、銃を下す。それを確認して、私は訊ねる。

未冷先生「あなたは何を望んでいるの」

主人公「脚本家スクリプターの、国外脱出だ」

未冷先生「なぜ。君が学校で送金を演じて、学校を爆破したんでしょ」

 そこに衛理も続く。

衛理「そう。未冷を虚構の迷路に導き、彼女を捕まえるって言ってたけど、国外逃亡じゃだめなんじゃないの」

 彼は答える。

主人公「捕まえるっていうのは、なにも警察の機構である必要はない。ここに先生たちを案内できれば、それでよかったんだ。準備なしで国外逃亡というわけにはいかないでしょ」

 私は訊ねる。

未冷先生「じゃあどうして脱出を?」

主人公「僕の作り出したシステムとそのユーザーである行政、そして、あの情報を見た諸外国の潜伏しているスパイたちは、脚本家スクリプターを探し続ける。その暗号コードは、解いてはならない」

 私はその言葉に、ため息をつく。

未冷先生「世界に謎を残し続けるためには、その証拠自体がどこにあってもならないってことね」

主人公「ああ、これが先生の望む、真の搾取と争いの消えた世界の絶対条件だ」

 私は拳を握りしめる。そして、言った。

未冷先生「お金は、まだあるみたいだけど」

 彼は微笑む。

主人公「世界は急に変われない。だから、幻想で満たさなければ」

 私は頷いた。

未冷先生「わかった。いつ出発するの?」

主人公「明朝、手配した飛行機で。そのためにすべての準備を揃えている。金なら無限にあるからね」

 私は、おもむろに頷いた。そして彼のもとにたどりつき、そして彼の手をとった。

未冷先生「私はもう一度、先生になる。だから、約束して。これからは二度と、勝手に消えたりしないで」

 彼は訊ねる。

主人公「でなければ?」

未冷先生「この国に残る」

 彼は頷いた。

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