13 date
protagonist:
休日朝方のお台場は、店が空いていないせいでほとんど人がいない。その中を僕と栗原さんはコーヒーを抱えて歩いている。
栗原「陽子はやっぱりお前が公安の
主人公「驚かないんですか」
栗原「お前らのやり方は、実は俺の模倣に近い。俺の教え子が気づかないわけないさ」
主人公「ずいぶん気に入ってるんですね、陽子のこと」
栗原「出来の良さで言えばトップだからな」
主人公「ですがあなたも誰かに教わったはず」
栗原「俺は公安の人間から教わった。二人揃ってもういないがな」
二人。そう僕がつぶやいていると栗原は、
栗原「陽子の目的はわからない。だが、奴は手段を致命的に間違えている。だから俺はお前のほうを評価するさ」
主人公「へ?」
栗原「例の会議。やばいメンツが揃っていたというから調べてもらったが、確かにその企業の連中からタレコミがいくつかすでに警察に届いてるそうだ」
主人公「具体的には」
栗原「すべての企業で不審なほどに暗号通貨の買いの指示が入っている」
僕はためいきをついた。
主人公「完全に裏が取れたってわけですね」
栗原さんは笑う。
栗原「ひどいもんさ。俺が調査がてら抱えてた1円未満のクソコインが数百倍、下手すると数千倍だからな。公安からも納税のために売れという指示が出てたんで、いい機会だと思って奴ら向けに売ってやった。金融商品取引法違反だが、買うのは奴らだけだと信じたいね」
主人公「我々にも売る指示が出てました。信じられない前金になりましたよ。これで連中の思い通りに進んだらお笑い草ですね」
栗原「安心しろ。公安時代の連中と記者連中にタレコミはしてある。連中も張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣に卒倒していたよ。LIBORの操作よりもよっぽどひでえってな」
主人公「けれど公安……というより金融庁や警察としては陽子を捕まえて手柄にしたいのでは?」
栗原「政府も公安も、陽子起点で起きる直接の連鎖的爆発と倒産は避けたいようだ。だが、勧善懲悪、犯罪企業の一斉捜査とかいう話は大好きなのさ。心踊るのは、一般人。彼らが、新しい政治家を決めるのだし」
主人公「大人の事情は知ると、死に近づいた気になります」
栗原「ああ、それで陽子もおかしくなっちまった」
僕は栗原さんをみやる。彼は遠くを見つめている。
栗原「俺が正しい道に戻してやらなきゃって、そう思ったんだけどな……犯罪に手をだしていた親族全て借金漬けにしたあいつは、束縛する親と全く同じこの世界の姿をますます憎悪しちまった。気づけば俺の方が保たなくて、逃げちまった」
主人公「先生をするのも、大変なんですね」
その時、遠くによく見覚えのある二人がベンチに座っていた。衛理が手を振ってくれる。
衛理「あ、いたいた。おーい」
栗原さんが言った。
栗原「あの子たちも、なんだかんだ銀行に関係するお嬢様たちなんだろ」
主人公「え、はい……」
栗原さんはため息をつき、
栗原「学生のお前はいっしょにいてやれよ。こんなろくでもない世界に生きてるんだからな」
そして栗原さんはどこかへ歩き去っていった。
彼女達のもとに辿り着いた時、真依先輩が訊ねてくる。
真依先輩「栗原さんとはなに話してたの」
僕はどうにか答える。
主人公「仲良くしなよ、だってさ」
衛理は笑う。
衛理「まあ少なくとも、あんたの服はどうにかしてあげるよ」
僕たちはサブウェイでサンドイッチを選び、支払いをApple Watchで実行する。そうしてサンドイッチのセットを受け取り、席につこうとしているとき、衛理は訊ねてきた。
衛理「あんた、現金じゃなくて普段から支払いは
主人公「この仕事してるし。かと言って
衛理「そんなに安定しててライトニングネットワークまで構成されているの、あの衛星通信通貨のやつしかないと思うけど」
主人公「まさにそのコインさ。君だってそうだろ?」
衛理「まあね。でも、あれは通貨の価格や供給量を開発者達……特に
僕はふと訊ねる。
主人公「
衛理は頷く。
衛理「扱いとしては、
僕は呆然としていた。
そのなかで真依先輩が訊ねてくる。
真依先輩「それで、その通貨の制御はすごく人為的なのに使っているの?円でもなく」
僕は気を取り直して頷く。
主人公「皮肉だけど国の持つ法定通貨と同じ仕組みだし、簡単に使えるからね」
僕は続けた。
主人公「いっぽうで暗号通貨には、かつて信認がなかった。誰も信じてなかったんだ。学校を襲った元生徒会長みたいな連中以外は。だからみんなに、暗号通貨は価値を繋ぐという
衛理や真依は呆然としている。そんななかで僕は続けてしまう。
主人公「通貨の価格の暴騰や暴落は、人類の不安の現れだ。誰かが交渉し、受け入れ、対策を打たなければ……夢で繋がれた金融の世界は、バブル崩壊の虚無から戻ってこれなくなる」
ふうん、と衛理は僕をまじまじと見つめる。
衛理「ナードくんってさ。もしかして大統領か何かなの?」
僕は驚く。そしてなんとかごまかす。
主人公「大統領も何も、コンピュータオタクがよく知る雑学さ、そうでしょ先輩?」
真依先輩は頷くものの、
真依先輩「高校生がそこまで語れるのは奇妙だけどね」
僕は息を呑む。言葉が出ないままのとき、真依先輩が興味を失ったように訊ねてくる。
真依先輩「それで、二回目のワクチンも打ち終わって二週間が経過した今日のあなたの目標は?」
僕はほっとして、答える。
主人公「服装という観点からの相手からの自立、かな。特にアウターを必要としている」
衛理が事情を察知したのか、あえておどけたように言う。
衛理「ええ?似合ってるよ?」
主人公「似てないけど誰のまねかはわかった。とにかくその人から自立したいんだ」
真依先輩が微笑んでくる。
真依先輩「じゃあがんばって探そうね、しまむらくん?」
主人公「お店すら見たことないよ……」
ダイバーシティお台場の中のありとあらゆるメンズファッションコーナーを巡っていく。衛理が僕へとアウターを持ってくる。
衛理「これ似合いそうじゃん」
主人公「これ色が派手すぎるよ。他の服と合わなくなっちゃう」
衛理は服を抱えながらふくれる。
衛理「そんなんだから男は地味だったり真っ黒になるんだよ?」
主人公「いろんな人を敵に回したね?」
衛理「いっそマネキン買いでいいじゃん」
僕はそのお店のマネキンを見つめる。
主人公「わかっちゃいるんだけど、なんかこう、合う感じがしないんだよな。どれもカジュアル寄りかしかなくて」
真依先輩は僕の服装をじっと見て、
真依先輩「今はわりとトップスがスーツ寄りだよね。ポロシャツのせいで。ボトムとシューズはたぶんスポーツ寄りなんだけど」
衛理が答える。
衛理「じゃあそこにスポーツっぽいのを合わせればいいんでしょ」
そして僕は衛理にスポーツショップにまで連れてこられた。彼女は言う。
衛理「こことかどう?」
主人公「僕はスポーツ選手じゃないよ?」
真依先輩が僕を引っ張っていく。
真依先輩「そういうことなら、この奥がちょうどいいと思う」
疑問に感じ、僕はふたりに訊ねる。
主人公「すごく詳しいね」
真依先輩が答える。
真依先輩「よくお世話になってるからね」
なるほどな、と僕は彼女達のスポーツできそうな服装を見ながらつぶやいた。奥までつれてこられて、衛理が言った。
衛理「あんたこの辺とか似合いそうじゃない?」
周りを見渡すと、さっきの球技や陸上競技っぽい服装とは異なっているようだった。
主人公「なんか急にキャンパーっぽい感じになったな」
真依先輩が教えてくれる。
真依先輩「こういうのは登山系だけど大まかに言えば、アスレジャーってジャンル。私たちが着ているものとかもそうだし、未冷があなたに買って与えてたジャンルもその系列だと思う」
主人公「なんでアスレジャーに?」
衛理が即答する。
衛理「動きやすいから」
主人公「この仕事じゃいっそう大事な要素だね」
衛理はいくつかアウターを指さす。
衛理「あんたは適度に動かないから、登山できそうなアウターとかがあれば結構締まるよ」
僕は首をかしげた。
主人公「僕はこれから山じゃなくて海岸を歩くよ」
その時、真依先輩が僕のところに服を持ってくる。
真依先輩「じゃあ、これとかどう?」
僕はそれを受け取り、まじまじと見つめる。
主人公「パーカーだけど、確かにあまり見ない形してるな……」
真依先輩「ナイロンパーカーの派生系。登山系としてならそこそこ有名どころだけど、あんたは気にいるんじゃないかな」
ロゴを見てつぶやく。
主人公「THE NORTH FACE?」
結局それとは若干違うナイロンパーカーを試着室で羽織り、彼女達に見せると、衛理は感嘆の声をあげる。そして彼女なりの渋い声で言った。
衛理「今日から君が、
主人公「お台場に相応しくない
真依先輩も頬笑んでいる。
真依先輩「大丈夫、未冷はきっと気に入ってくれる。今着てるポロシャツともぶつかってないでしょ?」
僕は頷いた。
主人公「流行って、こういうとき助かるんだなあ」
そこで真依先輩は微笑む。
真依先輩「たぶん未冷も、あなたが抵抗感のないようにユニクロのアスレジャー系を中心にしたんだと思う」
僕はその言葉を聞いて、どうにか頷く。
そして僕は、二人に見送られる。衛理が言った。
衛理「がんばってきなよ」
主人公「ありがとう、二人とも」
真依先輩も言葉をかけてくれる。
真依先輩「変に気取ったりしないように。未冷はそういうの、わかるタイプだから」
僕はひらひらと手を振って応じた。そしてひとりでつぶやいた。
主人公「今まで結構スパイやってきたんだ。先生の前でくらい、演じきってみせるさ」
スターバックスのソファに座っていた未冷先生の元へ、僕はコーヒーを持って現れる。
未冷先生「ふふ、素敵になったねえ」
ストレートな褒め言葉に、僕は戸惑う。
主人公「あ、ありがとう、先生……」
そして彼女は僕へと意地悪く訊ねてくる。
未冷先生「誰の入れ知恵かな?ん?」
主人公「僕が選んだんだよ、たぶん」
未冷先生「君のいいところは、ちゃんと入れ知恵だっていいながら誰かを褒められるところなんだけどな〜」
僕はため息をつき、
主人公「衛理と真依先輩のおかげだ」
未冷先生は満足げだ。
未冷先生「素直でよろしい」
彼女の服装もまた、アスレジャーの系列らしく緑のナイロンパーカーにレギンスに近いパンツ、そして少し大きめな白いランニングシューズという位で立ちで、スタイルが良くなければ成立しない格好だ。
主人公「先生も似合ってる」
未冷先生「そこまでストレートじゃなくても……お世辞?」
僕はようやく反撃する。
主人公「好きな方を選べばいいよ」
未冷先生「私の教え子、ほんとに口が達者になったなぁ」
そう言う彼女は、とても楽しそうだった。
僕たちは、ホテルで話してきたこと以上の話を、お台場を渡り歩きながらし続ける。今までの作戦。今までの思い出。今までの食事を。そして最後は、人造の砂浜のもとに辿り着いた。そして僕らは砂まみれのデッキに腰がけて、遠くのレインボーブリッジを、その先の幾千の摩天楼を見つめる。
先生は空を見上げて言った。
未冷先生「そういえば、君って空をよく見上げてるけど、何をみてるの?」
ああ、と僕は言って、
主人公「人工衛星だよ」
未冷先生「え、みえるの?」
そういって空をきょろきょろと見回す彼女に、僕は笑う。
主人公「見えないんだ。五百キロメートル先にあるらしいんだけど、光もしない」
未冷先生「光ったら困らない?」
主人公「昼でも夜でも星が光ってたら、誰かが見守ってくれている気がして、うれしくない?」
未冷先生「意外とロマンチックだね〜、誰に影響されたのかな?」
主人公「未冷先生にだったら、うれしい?」
彼女は笑う。
未冷先生「うん、嬉しい」
そんなことを話していて、一時間がたった頃。未冷先生は未来の話をはじめた。
未冷先生「いよいよ来週が作戦決行日だね」
主人公「ああ。金と権力に溺れた連中の
未冷先生「腐敗した物語をずらすことで、全てを解決させるってわけね。あなたも立派なスパイだ」
主人公「ねえ、未冷先生」
未冷先生「なに」
主人公「君はこの世界のこと、好きかな」
彼女は笑う。
未冷先生「なにそれ」
主人公「陽子は世界を、いや、暗号通貨に集まる人たちを、卑しい人間って言っていたから……」
未冷先生は沈黙し、表情が静かなものへ変わっていく。やがて彼女は言った。
未冷先生「嫌い」
僕は顔をあげる。彼女は笑う。
未冷先生「なんてね」
そんな彼女にほっと安堵した。その様子に彼女は訊ねてくる。
未冷先生「嫌いだと、問題なの、教え子くん?」
そして僕は首を振った。
主人公「そういうわけじゃないんだ。ただ、行動のしかたが変わる、そんな気がしたんだ」
未冷先生「あなたはどっちなの」
主人公「僕は嫌いだよ。この、問題ばかりで、誰からの理想からもほど遠い世界が」
彼女はおどけて言った。
未冷先生「なんだ、中二病?」
主人公「そうなのかも、でなければ、あの学校での作戦に参加しなかった」
遠くを見つめながら、僕は思い出す。自分の本当の過去を。
中学生の時。世界が暗号通貨に染まってしまったあと。無力さに打ちひしがれて、パソコンの前にいた。そのパソコンの周りには、すでに大量のコンピュータに関する本と、金融に関する本、特に暗号通貨の実装に関する書籍が並んでいた。
そうなれば、最後にやることはただひとつだけだった。
その時、ふと言葉が相手から出てこないことに気がついて、僕は振り向く。彼女は呆然としている。
主人公「ああ、暗号通貨というアイデアを先生にあげて、いろんなことが起きたからね」
彼女は静かに頷く。僕は続けた。
主人公「金融の世界は膨張した。夢が夢を生み出す、円環の廃墟のように。今じゃ国家すら介入が困難な、腐敗の温床となってしまった」
頷く彼女に、僕はいう。これはいずれにせよ、変わらないことだから。
主人公「だから、終わらせてみせるよ、先生。彼ら犯罪者からすべての財産を奪い取ったら、この奇妙な脚本に描かれた物語も終わる。
彼女はやがて笑った。
未冷先生「いつかあなたになら、見つけられるかもね」
どうにか頷く僕に、彼女は不思議なカードを手渡してきた。
主人公「これは?」
未冷先生「あなたの装備を整えるための切符」
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