Act1: school
Act1: school
protagonist:
朝の高校の教室。誰もがそこではマスクをしている。その窓際の教室の席で、僕はスマホを持っていた。けれど見つめているのはスマホのディスプレイではない。前の席で、僕へと振り返ってきている幼馴染だ。マスクをしている彼女は手に持つペットボトルのコーラのふたを空けながら、鈴を転がすような声でこう言った。
先生「昔は、お金と富は支配者のものだった」
僕は周囲を見渡す。
クラスメイトたちは口々にこう言っているのだ。
学生「あのコイン、値上がってる!」
学生「あたし持ってる、売ろっと」
僕はため息をつき、冗談めかして幼馴染へ言った。
主人公「今は違うみたいだよ?」
漆黒の長髪の彼女の名前を、僕は告げる。
「
未冷先生はマスクをゆっくりとずらし、コーラに口をつけながら言った。
未冷先生「だから私たちは、ずっと白昼夢のなかにいる」
クラスメイトたちが、自分たちの話をされていると気づいて僕たちへ向いた。彼女たちは僕たちに笑ってくる。
学生「みれいせんせ、また
主人公「僕は主人公なんかじゃないよ」
そういう僕へ、先生はゆっくりと顔を近づけてくる。さまざまな努力によって磨き上げた、調和を象徴する顔立ちだ。
未冷先生「困っている人たちには、手をさしのべる。犯罪には、法による報いをもたらす。お金は、そのために使われるべきもの。君はそう言って、体現し続ける」
だから、と彼女は言った。
未冷先生「お金と富はみんなの願いと、つながってしまった」
彼女は僕の持つスマホに優しく人差し指で触れ、僕をじっと見つめて告げた。
未冷先生「保険、ローン、株、債券。そして暗号通貨や、学校として」
そして漂う、石鹸をベースにした、どこか甘く優しい香り。
彼女は微笑む。
未冷先生「君がいるからだよ。悪いやつを追い払ってくれる、不思議くん」
クラスメイトたちも、うんうん、と頷いてくる。なぜか男子たちも混じってる。そのなかのひとりが言った。
学生「おかげでほんとにこの学校は良くなったからな。クソルール生徒会長どもの横領をあんたが暴いて、全員退学。ついでに生徒会も再建」
学生「けど、なんでお前が生徒会にいないんだ。未冷先生が生徒会長になったのに」
周囲の人たちから言われてはずかしくなった僕はそのスマホに映るグラフを見た。
主人公「僕には、まだ……」
そのときよいしょ、という声が聞こえた。その方角に振り返ると、ラケットバックを背負って同級生の女子は高く結えたふたつの髪のふさをたなびかせ、どこかに向かっていく。僕はつぶやく。
主人公「授業始まるのに」
すると未冷先生はマスクを元に戻しながら言った。
未冷先生「そんなに同級生が大事なら、お金に関わらないほうがいいよ、教え子くん」
そのとき教師も教室へと入ってきて、チャイムが鳴る。
席を元に戻していく彼女をみやりながら、僕はつぶやく。
主人公「含蓄深いね。銀行のお嬢様は」
そしていつもの穏やかな授業が始まった。眠く、優しい声が響くなか、僕はあくびをする。
誰もがあくびをし、離散的に頭の力が抜け、わずかな人たちが眠りにおちていく。それは、前の席の未冷お嬢様も同じだった。
僕もまた、ゆっくりと目を閉じていく。
轟音が鳴り響いた。
僕はクラスメイトとともに目を開ける。教師がゆっくりと倒れていく。僕はつぶやく。
主人公「え?」
銃を構え、防弾チョッキをまとった高校生たちが三人、教室の中へと入ってくる。そのうちのひとりが怒鳴る。
元生徒会役員「全員手をあげろ!」
目覚めた僕らは両手をあげる。彼らを、僕たちは知っている。誰かが言った。
学生「生徒会長、退学したんじゃ」
武装した彼らのうちのひとりは答えることなく、真っ先に僕の目の前にやってきて、僕のノートを叩き落とす。そして抱えていたノートPCをそしての上に無造作に置いて言った。
元生徒会長「暗号通貨だ、送金しろ」
前の席にいる未冷先生が、驚いたように振り返ってくる。そしてクラスメイトたちも。
僕は武装した相手に静かに告げる。
主人公「君が協力者か。僕を撃たなくていいのか?」
だが相手は拳銃の撃鉄を起こし、僕へと向ける。
元生徒会長「いいからやれよ、命知らず」
僕は周囲の視線に、未冷先生の視線に刺されながら、PCの操作を始める。
executer:
同時刻の学校の図書館。眠りの中で何かに気づいた同僚の声が聞こえた。
真依「起きて、
私はゆっくりと瞼をあげて、言った。
衛理「時間?」
そして手に抱えていて理解のできなかった本(詳解ビットコイン、と書かれていた)を机に置き、言った。
衛理「仕方ない」
抱えてきた巨大なラケットバックを開ける。そこから私の武装、サブマシンガンであるFN P90を取り出す。そしてマスクを付け替えようとしたとき、私は遠くにいる司書の人たちに気づく。彼らは怯えたように声を上げた。
スポーツマスクへと変えながら、私は告げる。
衛理「お気になさらず」
しかし司書のおじさんたちは怯え続けていた。
私はラケットバックから取り出したPOLICEと印字された黒いジャケットを羽織りながら言った。
衛理「この棟にはたぶん来ないよ」
そして同じように黒いジャケットを着た同僚たちと、図書館を出ながら言った。
衛理「だから、隠れていて」
protagonist:
武装したかつてのクラスメイトが、周囲に命令している。
元生徒会役員「手を机の上にのせろ!おい!」
PCに表示されたCLIのウィンドウでコマンドを打ち続ける僕に、銃を向けた元生徒会長が不機嫌そうに訊ねてくる。
元生徒会長「まだか」
僕は頷く。すると彼は胸ポケットに入れていた何かを取り出す。何かのスイッチのようだった。
元生徒会長「いいのか、学校がなくなっても」
周囲が息をのむのがわかった。僕は眉間に力が入る。手短に訊ねた。
主人公「なぜ」
怒りに顔を歪めたまま、元生徒会長は言った。
元生徒会長「成績も、生徒会も、あの予算も、俺が勝ち取ったものだ」
主人公「なんの話を……」
元生徒会長「お前が、ぜんぶ……」
沈黙し、僕はスイッチをみて言った。
主人公「僕を殺すなら、銃だけでよかったろ」
敵の口角がようやく上がりはじめる。敵の口が切り裂かれるように広がり、歯がみえた。
元生徒会長「その顔が見たかったからだよ」
かつては学級委員だったはずの他の敵ふたりも、僕の、僕たちの顔をみて笑い出す。
周囲は怯えたように視線を泳がせたり、怒りの眼差しを向けている。僕は敵から目を背け、奥歯をかみしめる。そのときふと、前の席の彼女に気づいた。未冷先生は爆弾のスイッチを持った敵を睨みつけていた。
すべてを奪われかけている動物のみせる、いまにも敵を殺そうとしているかのような視線。
そのとき、別の声が響いた。
衛理「おまたせ」
爆弾を持った敵が振り返ったと思えば、くぐもった発射音が響き、倒れていった。それと同時に、教室に複数人の黒い服装の人たちが入ってきたかと思えば、再びあの奇妙な何かに覆われたような発射音と共に他校の武装集団は銃を一度も撃つ隙を与えられないまま倒れていく。
周囲が騒然とするなか、僕はすかさず両手をあげた。
彼女の随伴者が、敵の手からスイッチを取る。
僕の目の前に、ラケットバックを背負い、マスクを変え、黒いPOLICEと書かれたジャケットを着た同級生が戻ってきていた。僕は二つ結びの彼女の名前を告げていた。
主人公「衛理?」
周囲が静まり返るなか、衛理は大きな銃、P90の銃口を僕に向けて、こう言った。
衛理「富に仕える……」
僕は気がついたけれど、信じられなかった。衛理は合図のようにP90の撃鉄を起こし、
衛理「富に、仕える……」
僕は合言葉を告げる。
主人公「従う神なし」
衛理は銃を下ろし、倒れた男の真横にラケットバックを無造作に置きながら言った。
衛理「作戦がバレた。このままじゃその暗号通貨を奪い返せない」
僕はPC上のCLIのウィンドウたちを見つめながら言った。
主人公「足がついたとは思えない」
衛理はラケットバックから何かを探しながら外へと向かって指をさす。
衛理「ならあれを見て決めて」
僕は立ち上がり、窓の外をみつめる。そこには、続々と警察の車両が集まってきて、しかも特殊部隊用の車両まで到着していた。僕はつぶやいた。
主人公「早すぎる」
突如として、学校の明かりが不自然な音と共に消えた。僕は気づき、言った。
主人公「電気が」
そしてPCへと振り返り、その情報を見つめながら言った。
主人公「これで学校の通信経路も切れた。バレてるね」
衛理は僕へと黒いジャケットを手渡してくる。
衛理「予定の回線は?まだ無事?」
POLICEと印字された黒いジャケットを羽織りながら、僕は言う。
主人公「ああ、携帯回線だからね。念のため、サーバー室にある」
ラケットバックを再び背負う衛理へ、僕は訊ねる。
主人公「衛理。なぜ君が」
彼女は振り返り、僕へと睨みつける。
衛理「あんたほど変じゃないからだよ、ナードくん」
衛理はクラスメイトにここから動かないように告げながら、教室の外へと出ていく。
僕はノートPCを閉じながら、ぼやく。
主人公「そんなに変かな」
そして、クラスメイトの視線に刺されながらノートPCを抱えて外に向かう。
そのとき、声が響く。
未冷先生「まって」
振り返ると、未冷先生が立っていた。
未冷先生「こんなこと。なんの、ために……」
葛藤の果て、僕は告げた。
主人公「君だよ、先生」
そして僕はクラスメイトたちのもとを立ち去る。
僕は衛理たちに護衛されながら走り続ける。クリア、と銃撃をしていた衛理は言って、僕へと走れと促す。僕は走りながら、倒れたテロリストたちの服装を見つめる。誰も彼もが、他校の制服だった。武装もまちまち。そのなかで、見覚えのある人に気づいて立ち止まり、つぶやく。
主人公「そんな、みんな……」
そのとき、どこからか走るような足音が響いた。
警官「こっちだ!」
振り返ると、武装した警察官が焦るように言っていた。
警官「まだ何個もある!」
それに気づいた衛理は、僕の腕を引いて、彼らと別方向へと走り出す。僕は訊ねる。
主人公「なぜ協力しない!」
衛理は走りながら答える。
衛理「彼らはさっきのバカたちと同じ!何も知らされてない!」
階段を登り、僕は言った。
主人公「よし、もうすぐサーバー室だ」
そのとき、サーバー室の近くで武装した警官たちが警察に偽装した僕らに叫んだ。
警官「来るな!ここは危険だ!」
屈んでいる彼らの足元には、黒い棒状の何かが置かれている。その黒い棒状のものの上で、タイマーが刻まれている。衛理は言った。
衛理「まさか」
そして警官たちに訊ねる。
衛理「それ、爆弾?」
警官は頷く。
警官「そうだ、他の場所にも……」
そして彼は僕らの服装の違和感に気がついたのか、銃を向けてきた。
警官「動くな!インターン!」
そのとき、別の方向から銃声が響いた。
遠方で、銃を構えていた他校のテロリストたちが倒れていく。それらを倒したメガネをかけた同じ学校の制服の彼女は呼吸を整えるためにマスクをずらしてから、やがて言った。
真依先輩「従う神なし」
僕はつぶやく。
主人公「真依、先輩」
呆然とする警官たちをよそに、衛理が彼と僕たちに言った。
衛理「真依、みんな!こっち!」
僕たちがサーバー室に辿り着き、僕がサーバー室の鍵を取り出しているとき、衛理は味方に言った。
衛理「ねえ、さっきのスイッチをみせてあげて。彼らならわかるかも」
彼は頷き、持ってきたスイッチを警官たちに見せにいく。
僕たちは鍵の開いたサーバー室へと入り込む。
そこではサーバーたちの息づかいが残っていた。僕は言った。
主人公「やっぱり、ここはまだ無事か」
衛理が中を進んでいく時に訊ねてくる。
衛理「なんで?」
僕は目的のサーバーラックに辿り着き、鍵を開けながら言う。
主人公「ここには予備電源がある。でも各階の通信機器は違う」
サーバーラックの扉を開き、サーバー用マシンたちと対面しながら言った。
主人公「どうせ外には繋がらないし、衛星通信を使えばいいし」
僕はサーバーラック下に開けられた大量のケーブルの這うエアフローへと手を入れる。
主人公「なんなら、この国の、停電にも負けない携帯キャリア回線を使えばいいから」
そして、目的のスマートフォンを見つけ出す。
主人公「あった」
その携帯を敵から奪ってきたノートPCと繋ぎ、床に座り画面を開く。
主人公「よし、通信回復」
そしてCLIのコマンドを入力しながら、仕事の契約相手である真依先輩に言った。
主人公「先輩、コインミキシングで送金する」
真依先輩は僕を見下ろしながら言った。
真依先輩「足がつかないように?気にすぎじゃないの、後輩くん」
僕はコマンドを実行し、うまくいったのを確認しながら答える。
主人公「
そしてノートPCを閉じながら、
主人公「どちらが
そしてノートPCをクライアントである真依先輩へ手渡す。
主人公「先輩、これが鍵だ」
真依先輩は訊ねてくる。
真依先輩「PCのパスワードは?」
僕はスマートフォンを初期化しつつSIMカードを取り外しながら笑って答える。
主人公「予定のものにすでに変えたさ。奴らの目の前でね」
真依先輩は動揺したように「えぇ……」と漏らす。
衛理は言った。
衛理「なんでそんな無謀なこと……」
そして僕はスマートフォンの電源が落ちたのを確認し、衛理へと手渡す。
主人公「君だって、銃で敵を倒している」
受け取った衛理は答える。
衛理「あんたは丸腰でしょ……」
僕は苦々しく答えた。
主人公「銃がなくたって、地獄に突き落とせるよ」
衛理と真依先輩は固まる。どうにか真依先輩は告げる。
真依先輩「だ、脱出を」
僕は答える。
主人公「駅直結の地下通路だね?先輩」
僕は親指でサーバー室の外を指す。
主人公「だがあの爆弾は?」
スマートフォンをジャケットのポケットにしまいながら、衛理はいう。
衛理「なんとかしなきゃね」
サーバー室へと警官と衛理から指示を受けた彼が入ってくる。衛理は訊ねる。
衛理「ねえ、これは起爆式?」
スイッチを抱えた彼は答える。
同僚「時限式でもあるらしい、そうだろ?」
爆弾を手に持った警官が答える。
警官「そ、そうだ。しかも学校中にある」
衛理は舌打ちしつつ、爆弾を指差す。
衛理「最悪。それはどうやってとったの?」
警官は答える。
警官「簡単にはがせはする」
よかった、という衛理に、警官は眉間にしわを寄せて言った。
警官「だが爆弾処理班が間に合わない」
全員が驚く中、衛理は言った。
衛理「退学させられた報復?でもなんで学校中に」
僕は答えた。
主人公「僕のせいだ」
全員が顔をあげる。僕は敵の歪んだ笑みを思い出す。
主人公「やつは、その顔が見たかったからと」
僕はそのとき、教室に置いてきた同級生たちを、未冷先生の微笑みを思い出す。
未冷先生『君がいるからだよ。悪いやつを追い払ってくれる、不思議くん』
主人公「僕の、せいなんだ」
この学校の犯罪も。
微笑む先生の願いを叶えられなかったのも、全部……
呼吸が浅くなり始めた時、誰かが、肩に手を置いた。それは衛理だった。唇を固く結び、彼女は言った。
衛理「ただの同じ学校の、学生たちでしょ?」
僕は俯く。
そして、震える手を伸ばす。警官へと爆弾を手渡すように手を差し伸べる。警官は僕に爆弾を手渡してくる。受け取った僕は爆弾を、それを持って震える両手をみつめながら、言った。
主人公「僕には、まだ……」
衛理は呆然としたかと思えば、ため息をつき、軽くなったようなラケットバックを差し出してくる。
衛理「これに全部いれて屋上へ。私もやる」
警官たちも頷いた。
警官「我々も協力する。いますぐ他にも連絡を入れる」
衛理は言った。
衛理「ありがとう」
そして真依先輩へと振り返る。
衛理「作戦は終了。PCを持って、ほかの全員を連れて退避して」
真依先輩は沈黙の果て、答える。
真依先輩「わかった」
真依先輩たちはと反対の方向へ、僕たちは走り出す。僕は廊下に貼り付けられた爆弾を剥がし、ラケットバックへ入れていく。集めた爆弾を見やる。ビープ音とともに
教室にいる人たちの何人かが僕をみるために教室から恐怖を抱えながらも様子を伺っていた。警官たちは彼らに言った。
警官「君たち、廊下から離れて!」
警官たちが僕のもとへ爆弾を持ってきてラケットバックに入れていくが、訊ねてくる。
警官「なぜ君が、そんな危ないことを」
僕は走りながら答える。
主人公「みなさんと同じですよ」
警官たちはぼやきながら、また爆弾を取るために走り続ける。
警官「くそっ、なんでそんな使命感を!」
割り当てられた場所を全て走って警官たちから爆弾を回収したのち、爆弾たちを抱えて警官ふたりと共に屋上へと階段を駆け足で登っていく。
撃鉄の音が響いた。警官たちとゆっくり振り返ると、そこにはさきほど衛理に撃たれたクラスメイトの敵がいた。彼は僕に銃を向けていた。
僕は訊ねる。
主人公「彼らは関係ないはずだ」
敵は答えた。
元生徒会長「いいや。ある」
呆然と彼をみつめたとき、警官のひとりが振り向きざまに銃を抜こうとしたとき、銃声が響く。僕は驚いてかがむが、その視線の先、銃声の先には、銃を構える幼馴染がいた。
主人公「未冷、先生?」
彼女は僕を見たかと思えば、すぐさま走り去っていく。そのとき、衞理が爆弾を抱えて合流する。
衛理「何してるの!早く入れて!」
衞理は僕から爆弾の入ったラケットバックをもぎとり、持ってきたすべてを突っ込んで、衛理はタイマーを見つめた。
衛理「くそっ、時間ない!」
衞理はラケットバックを抱えて屋上への扉を開けて走り出し、やがてその屋上の中心へと投げやった。そして、呆然とする僕を引っ張る。
衛理「行きましょう!」
僕も警官たちも、全員が階段から駆け降り、廊下を全力で走る。
そのとき、爆発音と共に衝撃が僕らのもとに届いた。僕はそれでバランスを崩す。うわ、という間抜けな声を上げながら、つるつるの廊下をすべっていく。そして頭を覆い隠す。
爆発が再び起きないことに気がついたとき、ふと肩を叩かれる。それは衛理だった。彼女は微笑んでいる。
衛理「おつかれさま」
そして、周囲の警官たちも手袋のまま、拍手をしていた。僕は自然と笑みが溢れていた。けれど衛理は、僕の耳へとこうささやいた。
衛理「逃げるよ、ナードくん」
僕は表情をゆっくりと引き締め、時間をかけて立ち上がり、そして衛理と共に走り出す。警官がそれに気づいて、僕らへと叫ぶ。
警官「あ、コラ!待ちなさい!」
なんとか警官たちをまいて地下通路へと辿り着いた。ずっと走っていたものだから、僕は膝に手をついていた。衞理も息が上がっていたけれど、嬉しそうに僕へと笑っていた。
その時、ガチャリ、という音が地下道に響いた。よく知った、鈴を転がすような声とともに。
未冷先生「君は多くを知りすぎた」
銃声が鳴り響き、僕は背中を突き飛ばされ、倒れる。
そして、誰かに馬乗りされる。その銃口が僕のこめかみへと突きつけられた。
その銃が先ほど敵を倒した銃と違うことに気づきながらも、呻きながら訊ねる。
主人公「君も、関係が……」
それは、幼馴染だった。
主人公「未冷、先生」
彼女はマスクをゆっくり下げてこう告げた。その柔らかそうな口の動きだけが、ゆっくりに見えた。
未冷先生「知ることは、死を意味する」
それが、僕と先生の出会いの、本当のはじまりだった。
お金と共にある、搾取なき世界。
その答えを実現するために、学校でも、日本でも、世界でも、僕のやってきたことに変わりはなかった。
組織犯罪。
世界金融危機。
法の理念を掻い潜る搾取。
僕は全てを殺し続けた。
看守を書いて、
お金を書いて、
脚本を書いて。
あの頃を思い出しながら、僕は摩天楼達を見下ろす。ストローのささった、コーラを片手に。
シンガポールの富の象徴、マリーナベイサンズの最上階。そこにつくられたバーのテラス。その手すりにもたれかかって見つめる景色は、天の川、などと形容するほどの感動はなかった。
地上の光で空の星は隠れ、視界のほとんどが暗黒に包まれているからだ。視界の全てを抱くはずだった高層建築物達の輝きは、いまやとても遠い。
僕はコーラに口をつける。そして再び、ガラス張りのカーテンウォールの先から照らされる光の
「希望を供養する卒塔婆の群れ、か……」
遠く離れた美しい建築物たちは、本来の人間の姿を覆い隠し、権威を演じる。その中身が、たとえ最後は空っぽと評価され、倒産し、解体される目前なのだとしても。
僕は全てを悟った。
僕には、この星を救うことはできない。
この絶望的な解答(script)は、君たちを現実と虚構の入り混じるこの奇妙な幻想へ誘う新たな問いだ。
君たちは旅に出る。
旅するのは、人の思い描いてきたふたつの富の幻想が束ねられた世界だ。通貨と呼ばれる誰もが権力を手にできるはずだった夢の世界、そして民主主義という人民の誰もが主権を持つという、夢の世界。それは言わば、人類による約束の地だ。
だが、その旅のたどり着く先は、いったいどこなのだろう?
いかなる名前をもってしても、僕はいまだその問いに答えることはできない。
だが、案内することはできる。
僕はこの星の
白昼夢の
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