01-4


 気まずい沈黙も少しの間で、8時を過ぎると次々と生徒達が登校してくる。


「おはよー。早いじゃんキヨ、どうした」

「うままじだ。もういる」

「おおーおはよお哉汰君、久賀君」  

 時間的余裕を感じさせるリラックスっぷりを見せる清良の元にやってきたのは、瀬戸哉汰、久賀紘昭の野球部コンビだ。

 コミュニケーション能力の高さには自信も定評もある清良だが、今主につるんでいるのはこの二人。二人はこの教室では例外的ともいえる入学前からの友人関係で、小学校3年生の頃からの付き合いがあるらしい。

 最初は別のグループに入り込んでいた清良がそこを離れた際、何の躊躇いも力みもなく歓迎してくれた。それだけで清良にとっては一宿一飯程度の恩がある相手である。

「はりきってるなのかな~? 可愛いとこあるじゃんお前」

「はあ?」

「いよいよ前の席が埋まるからってワクワクソワソワしてるんだろ。よかったな、ずっと待ってたもんな」

「ちょっと、哉汰君?!」

 しかし恩はあっても聞き捨てならないことはならないし、頭を撫でられるのは単純に不愉快である。

 ソワソワはしたかもしれないがワクワク心待ちにしていたかといえばそれは完全に言いがかりで、あまりにも避けたい誤解だ。

「とにかくいいやつだといいけど……なんか聞いてないのか、キヨ」

 何故かテンションを上げて絡んでくる哉汰をおさえたのは紘昭だった。清良の髪をぐしゃぐしゃにする手をどうどうと止めつつ、真面目なトーンで訊ねてくる。

「何かって……何も。昨日の呼び出しもよろしくなって念押されただけだし」

 本当のことをいえば、多少の情報は手元にある。

 だがそれをひけらかすのはどうか、と清良は己にしっかりとブレーキをかけた。

 なにせここには人の目も耳も無数にある。適当に拾われた情報に尾ひれがつかないとは限らないからだ。

 それにどうせ後で本人が来る。帰国子女だのどうだのという情報からくるイメージという名の先入観は、おそらくないほうがいい。

「ああー! 無ぇ! 俺が飾ってやった花が無ぇ!」

「うわ、まじだ。誰だよ余計な子としたヤツ」

 あと10分もすれば、というところで。教室がにわかに騒がしくなった。

 声の主は例の問題児グループだ。ご丁寧に、自分達がやりました! と宣伝しながらのご登場である。

(……わかっちゃいたけどさ) 

 せめてもう少しコソコソしてくれればいいのに。この堂々たる宣言はその行いを悪いことだと思っていない証拠だ。それか、悪くても許されると思っている。どちらにせよタチが悪い。

「……おい、お前だろキヨ」

 グループの中心から、一人の男子生徒がこちらを見た。

 このグループの核、山崎だ。不良というわけではないが、その性質と性格の悪さからグループ外からはあまり関わりたくないなあと思われている人物である。

 その厄介さが明るみになる前は、明るいムードメーカーとしてクラスの中心にいた。


 ――そしてその隣には、清良が。


 今だって目に見えて対立しているわけでも避けあっているわけでもない。友人としての会話もある。

 それほど自然に清良が離れて、今の距離感が出来上がったのだ。

 ちなみに離れた理由は明白。

「そうだよ?」

 性格と性質の、不一致である。

 一歩も引かないといわんばかりにはっきりと、笑顔を貼り付けてまでいいきった清良に、山崎は一瞬眉を顰めた。

 だがすぐにスイッチを切り替えたのか、お供を引きつれ定位置である教室の奥へと向かう。

「……お前つまんなくなったなあ」

 すれ違い様、お供にそんなことを言われたが清良からすれば褒め言葉である。

 つまらない人間になったのはどちらか。それを問うような野暮な真似はしない。

「お前、意外と損するタイプだよな……立ち回り器用そうなのに」

 しみじみとかみ締めるようにそう言ったのは、紘昭の方。今のやりとりで大体の流れを察したらしく、妙にあたたかな眼差しを清良に向けている。

「わかる、意外といいやつ」

 それに、哉汰が頷いた。

「全然褒められてる気がしないんだけど!? なんで意外で、それでイイヤツになんの!」

 紛うことなき褒め言葉なのに、素直に喜べない絶妙な力加減だ。

 隣の席で、花井が少し笑う気配がする。そういえば先程花井に言われたのだ。意外だ、と。

「いやーだって、お前見た目とノリがチャラいじゃん」

「わかる、チャラい」

「チャラくない!」

 だが清良からすれば「チャラい」といわれるのは心外だった。

 真っ黒でもなければストレートでもない焦げ茶色の癖毛は天然のものだし、笑顔がデフォルトの顔立ちも生まれつき。ノリの軽さはフレンドリーと表現されるべき長所だろう。

「女子をちゃん付けて呼べるヤツをチャラいと言わずして何というんだ」

 確かに、仲の良い女子相手だとそういう呼び方をしているのは事実だけれど。

 清良は男子だって呼び捨てをせず「君」付けする。ノリや態度も、性別で変えてなどいないはずだ。 

「そーそー。んで、そういういかにも女子にモテそうなやつが貧乏くじガンガン引かされてるのみるとほっとするんだよ。世の中平等なんだなって実感できるっていうか?」

「ひっど!」

 抗議を続ける清良だが、二人も、周囲の生徒、なんなら自分だって笑っている。

 そんなことないよと言ってくれる生徒は一人していなかったが、清良を中心とする輪はいつだって笑顔だ。 

 この日常が、変わる。ギリギリで均衡を保っている教室内のパワーバランスだって、どうなるかわからない。

 それを楽しみだなんて到底思えず。清良はわらわらと自分を囲んでくるクラスメイト達の隙間から、目の前の『空白』をじっと見つめた。

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