お目にかけるは安しコト

紅猫

第1話

 大和三智やまと みちが通っている県立寿高校けんりつことぶきこうこうには、ある校則がある。

 寿高校創立以来いちども途切れることなく続いている伝統、と言うと聞こえはいいが、こと現代社会、ひいては今どきの学生たちにおいて、それは実にくだらないことだと断言できる。


「まったくもって不服だ。俺は校則改正を要求するね」

「人を愚痴の捌け口にするのはやめてくれないか」


 今より数分前、帰りのHRにて全新入生に配られたプリント二枚を大谷胡斗おおたに ことは机の上のリュックに教科書やら何やらを詰める三智の顔の前に差し出した。


「『この高校に通う全生徒はいずれかの部活又は同好会に所属していなければならない』なんて、こんなのは余所の高校から見たらブラック校則でしかない」


 配られた二枚のプリント。一枚は合格発表の日に合格者に配布された入学についての冊子の中の部活動についてさらに細かく記したものだった。もう一枚は新入生全員に必要な入部届。どちらもA4サイズで、入部届のほうには兼部もできるようにと真ん中に点線を引いた上下に二枚分の入部届が設けられていた。


「そう思わないか、三智」

「思ったところで何が変わるわけでもない」


 視界を塞いでいる二枚のプリントを片手で払って、三智はリュックのチャックを閉めた。

 胡斗はすでに黒色のリュックを背負っていて、三智がリュックを担いで教室を出ると同時に胡斗も後を付いてきた。


「三智、お前とは中学からの付き合いだ。どうせ高校でも部活に入る気は無いんだろう?」


 さも見透かしたような云われに腹が立つが、まあその通りなので反論のしようがない。三智は中学校では部活に所属しておらず、授業が終わるなり即帰宅。家では何をしているか謎に包まれていたことと落ち着いた雰囲気も相まってミステリアス男子として一部の女子生徒から絶大な人気を誇っていたことを本人は未だにわかっていない。


「まあそうだな」

「じゃあどうすんだ? 言っておくが、さすがにごり押しで帰宅部を選択するのは厳しいぞ」

「そしたらその時考える」

「ごり押しで行くつもりだったのかよ……。さすが、帰宅部名誉部員の名は伊達じゃないな」


 いつのまにか聞いたことのない不名誉な称号をもらっていた、と三智は階段を下りながら顔をしかめた。


「……適当に勉学に励むため、とか理由つければ文句も言われないだろ」

「ところがどっこい、一風変わった校則を持つ我が校には勉強系部活というのが存在しましてですね」

「なんだその新しいジャンルは」

「まあこれも部活に入りたくない生徒に対する措置だと思うけど、言わずと知れた『運動系』と『文化系』に加えた『勉強系』という部活を簡単に説明するとだね、」


 今まで半歩後ろを付いてきていた胡斗が駆け足で階段を下り終わり、三智と並んで歩き始めた。

 不意に止まったと思うと、胡斗は廊下の掲示板一面にずらりと貼られている各部活動・同好会勧誘シートを眺めていた。

 それから手に持っているプリントを丸めて細長くして、掲示板右寄りを指した。


「右半面にある一◯の団体が、いわゆる運動系部活」


 サッカー、バスケットボール、野球などなどメジャーなものから登山といった少しマイナーなものまで、各々の気持ちを込めた一◯枚の用紙が並んでいた。


「続いて左側、二◯の団体が文化系部活」


 胡斗は少し体を伸ばして左寄りを指す。

 なんと、文化部は運動部の二倍もあるのか。

 けれども、確かに文化系と定義するだけでは守備範囲が広すぎて、団体数も多くなるわけだ。単純に「運動部以外の部活」とすればこの量でも納得する。


「そして最後、勉強系部活だけど、これは六の団体から成っている」


 体を大きく伸ばして左を指したプリントがゆっくりと下へ移動する。三智も目で追うと、黒線で隔てられた小さな区画で止まった。


「右から順に、国語部、漢字部、数学部、理科部、地歴公民部、倫理部だ」

「国語と漢字は分かれてるんだな」

「らしいな。そのときの新入部員が勝手に作って承認されたからだろう」


 胡斗の発言に三智は疑問を浮かべた。


「部活って勝手に作れるのか?」

「そりゃもちろん、部員何名以上とか、活動方針とか、顧問の先生とかの条件がそろってればな」


 やはりそうなるのか。

 それにしても胡斗のやつ、なかなか情報を集めているじゃないか。そういえば、中学では胡斗も三智と同じく無所属な気がする。たまに顔を合わせていくつか言葉を交わす程度の仲だったので詳しくは解らないが。

 胡斗とよく話すようになったのは高校に上がってからだった。なんでも「同じ中学の奴らが寿高校ここにいない!」らしく、その時初めて胡斗は意外にも勉強ができるんだと知った。

 それから毎日話すようになり、梅雨にさしかかる前の五月下旬現在に至る。


「そこで、だ」


 胡斗の眼が鋭く光り、口の端がゆらりと上がった。


「三智、何かめぼしい部活はあったか?」

「と、特には……」


 その悪者顔があまりにも様になっていて、三智は引き気味に答えた。


「ふふふ、そうか」


 不敵な笑み、とはこんな表情のことを指すのだろうか。


「ならばっ!」


 いきなりの大声。胡斗は腕を前に突き出した。丸まったプリントはまっすぐ三智を捉えている。


「な、なんだよ」


 いまいち掴めない胡斗の情緒の不安定さは、三智のを増幅させた。

 意を決して、といった感じで胡斗は言う。


「ならば、俺と一緒に新しい部活を作らないか?」


 新しい部活。それすなわち、ともに共通する「部活なんて面倒くさい」の箱。

 案外ふつうな申し出で安心した。三智はほっとため息をついて、胡斗に文句ではないが、それでも注意喚起というか、感嘆を漏らした。


「そんなことか」

「そんなこととはなんだ、そんなこととは」

「……で、どんな部活なんだ? わかってると思うが、僕はまともに活動する気は無いぞ」

「問題ないさ」


 これから部活を作ろうとしている二分の一がやる気がなくても成立する部活とは一体。


「大して活動もせず、だけど内申はがっつり入る夢のような部活だ」

「おい、もったいぶらないで早く教えろ」

「そう急かすなって。ついてこいよ」


 歩き出した胡斗の後ろをついて行く。入学したてでまだ校舎の構造を理解していない三智と違って胡斗の歩みは驚くほどはっきりしている。部活のことといい、彼なりに考えているらしい。


「ここだ」

「ここって……」


 胡斗が足を止めたのは、昇降口から一番近い教室。一階最奥にあるその教室は、さすがの三智でもわかる。なにせ、中学ではさんざんクラスと行き来した場所だ。


「生徒会室か?」

「そう」

「……俺としては、今後も世話になる予定だから波風立たせたくないんだけど」

「なんで問題起こす前提なんだよ。安心しろ、用があるのは生徒会じゃない。少しは関わるかもだけどな」


 なら一体なんのために。


「俺たちが必要としてるのは、これ」


 胡斗は生徒会室前に置かれている長机の上の箱に手をやった。

 大きさはおおよそスーパーマーケットのかご半分ほどで、空色の色紙が巻かれている。


「おい、それって……」

「ああ。大して活動するする必要も無くて、それでいて内申点も加算される。夢のような部活のすべてが、この箱だ」


 記憶にうっすらと残っている、その箱は――、



「俺は今ここに、目安箱部設立を宣言する!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お目にかけるは安しコト 紅猫 @AkA_NekO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る