14【追手】三

 鬼壱はベンチにもたれ掛けていた背を起こし、両肘を腿につけて前屈みになりながら、しなければならないことを考える。


 自分達の最優先事項。それに伴う犠牲、被害。


 ここにくるまでに、京都の御大や老人連中には話を通してきた。

 苦い顔をされるかと思ったが案外あっさり遠出の許可が出たのは、ことが妖刀絡みだからか、それとも他に事情があるからか。


 移動や潜入に特化した技能持ちの十九か、それが無理なら、せめて便利な遊撃手を連れて行ければと思ったが、それは御大から許可が下りなかった。

 京都も夏頃から落ち着かない状態が続いている。に使える駒全てを投入するわけにはいかない。今回はさわらと二人で片付けろと、そういうことなのだろう。


 出された条件は多くない。


「俺らがどこの使い手かは、極力隠す。聞かれりゃ、東京からきたとでも言っとけ。実際お前は東京から追ってきてるしな。嘘じゃあない。まずは、そいつがどこに逃げ込んだか探す。で、見付けたら十九かどうか確認する。可能性があるのは三振り。鬼将の可能性もあるしな。もし十九なら使い手ごと持って帰る。十九じゃないなら用はねぇ、それが確認できた時点で撤収する。地元の使い手は邪魔するようなら手加減しなくていい、適当にのして転がしときゃ、ここの奴等が回収するだろ。最悪殺っちまったとしても、東京の奴等に殺られたと勘違いでもしてくれりゃ、あのゴミ溜めみたいな場所の掃除に本気になるかもしんねぇしな。ま、東のことなんざ知ったこっちゃねぇ」


 すっかり冷たくなってしまったおしるこの缶をそのままさわらに手渡し、鬼壱はゆっくりと立ち上がって周囲を見渡す。


 深夜の住宅街は静まり返っていたが、耳をすませば、住宅の生活音から、地中を這う下水の音、木々のざわめき、電線の揺れる音まで、鬼壱の耳はじわじわと拾い始める。

 どうどうと吹き荒れる音の奔流に聴覚を預け、黙り込むのは数分のこと。


 しばらくしてから「よし」と顔を上げれば、いつの間にか真横に立っていたさわらが、おしるこの缶を両手で握り締め鬼壱を見上げている。


 鬼壱は決して背が高いほうではない。教室でも他の生徒に見事に紛れる、極平均的な百七十と少し。それでも、百五十程度のさわらとは頭一つ分身長差がある。真っ直ぐ向けられる猛禽類のような視線に横目で返しつつ、何か物言いたげだなと言葉を促すが、さわらは瞬きをするだけで何も言ってはこない。


 鬼壱は何度目になるかわからない深い溜息を吐き、ベンチに置いていた鞄と竹刀袋を肩に掛けながら思う。

 意見や文句があるなら言えばいい。

 押し黙られると一人であれやこれやと気を揉んでいるのが馬鹿らしくなる。

 自分は特に心配性なわけでもないが、こっちに丸投げでろくに考えようともしないさわらの指示待ち姿勢は、何度も続けられると苛々する。


「なんもねえなら、まあいいけどよ」


 とりあえず合流はできたわけだから今夜の寝床でも探すかと移動を始める鬼壱に、さわらは「いえ、実は」と抑揚のない声で返しながら、鬼壱の斜め後ろをついて歩く。


「先ほど、ここにくるまでに警察の方に呼び止められまして」

「けえさつ」

「はい。二人組の。巡回中だったようで。家に帰るのかと問われたので、いいえとお答えしたのですが、その後も色々尋ねられました。何と答えればいいのかわからず黙っていたんですが、その。竹刀袋を見せろと言われ……それでつい、咄嗟に」


 鬼壱は先を歩きながら「そういうことは早く言えよな」と思うと同時に、ああ、まだ続くんだろうな、「つい」とか「咄嗟に」とか言ってるもんなと遠い目をしてしまう。


 公園の入口に差し掛かったところで、斜め後ろを歩いていたさわらが数歩前に出て先に公園を出、真向いにある民家と民家の隙間を指差し「それで、あそこに」と言う。

 鬼壱は渋々ながらも視線を向け、今日一番の溜息を吐くのだ。


「軽く打ったつもりだったのですが、顎が砕けてしまったようで。やむを得ず、残ったほうも首を打ちました。とりあえず気絶させあそこに隠しておいたんですが、どうしたらいいですか」

「どうもこうもあるかよどうしたらっておま、おまえ、どう、おま……。……こっちが聞きてえよ……」


 さわらが指差した先には、民家の壁に無造作にもたれ掛けさせてある警察官が二人。

 完全に伸びているらしく、ピクリとも動かない。さわらは気絶させたと言っているが、果たして本当に気絶で済んでいるのかどうか。


 鬼壱は半笑いのままさわらの額にデコピンを食らわせた。

 結構な勢いで指を弾いたためビンッと激しい音がしたが、さわらは額を赤くしながらもうんともすんとも言わず、表情は無だ。反省しているのかどうかもわからない。逆に、額を打った鬼壱の中指のほうがじくじく痛む始末。


 仕方なく鬼壱が自身の背負う竹刀袋を下ろし、当たり障りなく処理を済ませる頃には時間は深夜一時を回っていた。


 都心から車で三時間程度。周囲を山に囲まれる中途半端な田舎ともなれば、飛び込みで泊まれる場所など限られてくる。

 二人が辛うじて営業していた駅前のインターネットカフェに滑り込んだのが、深夜二時。


 パソコンと椅子があるだけの狭い個室、そのいかにも安っぽい合成皮の椅子に背を沈ませ、明日からの動きを考えながら鬼壱はゆっくり目を閉じた。


 たかが妖刀一振り、明日にでも確認終わらせてとっとと帰宅だ。

 ネカフェに連泊なんて冗談じゃないー…。

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