大立ち回り

「死ね神、お前もう帰れ」


 真っ黒なビジネススーツ。

 真っ白なブラウス。

 真っ直ぐに死ね神を睨みつけて。


 そこに抄が立っていた。


「ショウ? どうしてここに?」

「心配だから見に来た。俺がここに居る理由はそれだけだよ、タク」

「でも、お前――」


 思い起こされるのは部屋での抄の姿。

 死ね神と対峙することに怯え、小さく震えていた体。


 しかし、今の抄に恐怖を感じている様子は微塵もなかった。


「タク、少し落ち着けって」

「え?」

「死後にかける願いとか、遺言とか、そんなの今すぐ決める必要ない。言ったろ? そういうのは老後に取っておけって。今日はもう帰って、コーヒーでも飲もうぜ。どうせ明日も明後日も、タクは生きてるんだからさ」


 抄に手を引かれ、死ね神から引き離される。

 その手つきは優しいが力強く、抵抗の選択肢が浮かぶ暇もなく小さな体に抱き寄せられた。


「先に死にたいと言うのなら、その願いを叶えよう」


 ボクを見ていたはずの白い仮面が、抄へと向き直っていた。


「ま、待て死ね神! ショウは関係ない!」

「関係ないってことはないだろ。寂しいこと言うなよな」

「お前、そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 本当に殺されるぞ!?」

「殺せるもんならな」


 抄は死ね神と向き合わず、視線だけを白い仮面へと向けた。


「高伊勢抄、遺言を言え」

「聞こえなかったのか? 俺はさっき帰れって言ったんだぜ、死ね神。邪魔だから早く消えろ」


 硬い床にボーリングの球を落としたような音。

 死ね神の持つ鎌の刃には赤い模様が増えていて、ボクの足の上に何かが落ちた。


「ショウ!」

「安心しろ、タク。生きてるから」


 確かに抄は生きている。

 頭は胴体とくっついているし、その首には傷一つない。


 しかし、そのブラウスは赤い色で彩られている。

 足元には血溜まりができている。

 ボクの足には、抄の頭がぶつかった感覚が残っている。


 抄がさっき死んだのは間違いない。


 首を落とされて、死に切る前に死ね神に蘇生させられた。

 死ね神が初めて家に現れたときと同じように。


「で、でも、お前……さっき首が」

「繋がってるだろ? 俺は死なないよ。少なくとも、今こいつにだけは殺されない。お前だってそうだ。俺が殺させないって」

「まだ黙れぬか……こうも煩いのでは仕方あるまい。次に余計なことを口にすれば、遺言を待たずに殺す」

「やってみろ」

「ちょ、ちょっと待て、死ね神! ショウを殺すな!」


 瞬きをした次の瞬間にはまたその首が落ちていそうで、気付けばボクは遮るように叫んでいた。


「指図するか。貴様が、私に」

「命令じゃない。これは……お願いだ。頼むから、ショウを殺すのだけは止めてくれ」

「願い……ならば、貴様の命と引き換えか?」

「それでも構わない」

「おいタク!」


 抄が死ぬことだけはあってはならない。

 そもそもが巻き込まれただけなのだから。

 抄がここで死ぬのだとしたら、それはボクが殺したも同然だ。


 それだけは駄目だ。

 ボクはバケモノの力を借りて、尚且つ命を捨てなければ誰も救えないような人間だ。

 そんなボクでも、親友を殺すなんてことはあっちゃいけない。

 そんなの、死んでも死に切れない。


「……いいだろう。ここは引いてやる」


 死ね神の手から大鎌が落ちると、それは音もなくコンクリートの床に沈んでいった。


「ひ、引くって……?」

「期限は変わらぬ。明日、遺言を聞き遂げた後にお前を殺す」


 理由はわからないが、死ね神は見逃してくれるようだ。


「あ、ありがとう……」


 本当はお礼を言うべきではなかったのかもしれない。

 それでも、抄を殺さないでくれたことが嬉しくて、口走ってしまっていた。


「足掻くのを止め、死を受け入れ、覚悟を決めろ伊那西拓。私がお前の前に現れた時点で、何もかもが遅すぎるのだ」

「そ、それってどういう意味だ?」

「答える必要はない」


 それは何度目の同じ回答だろうか。

 気が付けば死ね神は消えていた。

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