第34話 崩壊の足音

 迫りくる圧倒的質量を前に、マリアは全く手が出せないでいた。ただひたすら回避のみに専念するしかなかった。それこそが、マリアがこの場面を乗り切る術だった。

 一撃一撃全てが致命傷となる攻撃を紙一重で躱しつづけるが、流れるように繰り出される連撃は徐々にマリアを追い詰めていく。この時、二人は全くの均衡状態だった。どちらかの集中力が先に切れるかの消耗戦。いつまで続くか分からないこの戦いにヨハネはしびれを切らした。十字架による連撃のタイミングが少し遅くなる。長くヨハネのスピードに晒されていたマリアはリズムを崩されてしまい避けることが出来ず、とっさに銃を十字に構えてしまう。十字架は下から上に振り上げられ、マリアのガードを剥がし、ショットガンはマリアの手から弾かれた。マリアの手は衝撃によりしびれ動かない。ほんの一瞬、全くの無防備になる。

 「終わりだ!!」

 ヨハネが放つ渾身の突きは空気を切り裂き――――――マリアの胸を、打ち砕いた。その衝撃の余波はマリアのはるか後方の岸壁にまで届いていた。

 「こんな、ものか…スレイヤー…。とんだ肩透かしだ。グッ……」

 胸から血が吹き出すマリアの傍で膝を着くヨハネの身体は、既にボロ雑巾だった。

 「はぁ…、エニグマを、回収しなければ……。」

 呻きながら自分の体に鞭を打ち、立ち上がる。 足を引きずりながら屍を越える。

 「待てよ。」

 地面から聞こえた声に反射で十字架を振り下ろす。その鉄槌は、マリアの片手に阻まれた。

 「諦めの悪い…!さっさと死ねよ!」

 もう片方の十字架がマリアの手に突き落とされる。膝立ちで受けるマリアはそのまま地面にめり込んだ。

 「私の欠点を、教えてやる。」

 マリアの膝が、徐々に伸び始める。成長する樹木のように、静かに十字架を押し返していく。

 「自分の為に、約束を破れないことだ!!」

 重い地鳴りが空気を揺らしたその時、ヨハネの十字架は宙を舞った。マリアはゆっくり獲物を拾い上げ、ヨハネに向き直る。

 「ようやく本性を表わしたな…。スレイヤー。」

 2丁のショットガンが、2振りの大剣へと姿を変えた。

 「エニグマちゃんは私が守る。だからお前も

─────全力で奪いに来い。」

 2人は空気を揺らし、激突する。マリアの髪は、震える空気と飛び散る火花の中で流れ星のように煌めいていた。


 星のように浮かぶ十字架が放つ雷光をマリアは大剣とステップで器用にかわしていく。二人の間合いはお互いに必殺の領域に入る。ヨハネは十字架を薙ぎ迎撃する。マリアは跳躍、上から大剣を叩き込むがもう片方の十字架に弾かれ上へ弾き飛ばされてしまう。そのあまりある勢いに体ごと押されすぐに体制を立て直せない。マリアが瞬くときにはすでに十字架を模した鉄塊は眼前に迫っていた。叩き落され地面に激突。

 (なんだ、今のは!)

 味わったことのない、気味の悪い感触がヨハネの神経を通り抜けた。まるで殴られたかったかのような、わざとらしい感触だった。

 土煙の奥に嫌な気配を感じ、耐えきれず煙の中に突っ込んだ。煙が晴れる。そこに現れたものは

――――――――人間数倍の大きさを持つ巨大な砲台だった。

 「な、なんだこれは!」

 「見ての通りだ。」

 その言葉は背後から聞こえた。言葉を払い除ける間もなく砲台の中へ蹴り込まれる。

 「なんだこれは!ふざけてるのか!!どこから持ってきた!!」

 「別にふざけてなんかいないよ。さぁ!帰った帰った!こっちはもうヘトヘトなんだよ!!」

 「貴様ぁああぁあああ!!!」

 耳をつんざく怒号は無意味に響き渡り、ヨハネは天井を貫き遥か空の彼方へと打ち出された。くりぬかれたように大きく空いた穴から差す太陽の光はマリアを眩く照らしていた。 

 「殺す必要も無いしね。」

 硝煙を上げる大砲は折りたたまれていき、元のショットガンの形に変形した。


 瓦礫があちこち散乱しているが、崩壊するほどでは無い。エニグマを見つける時間はそうかからなかった。

 「よく耐えたね。いい子だ。」

 エニグマは安堵した表情でマリアの抱擁を受け入れた。

 「ねぇ、これからどうするの?」

 「私の家に行こう。ちょっと狭いけど子供一人くらいは何とかなるよ。」

 「い、いいの?」

 明らかにエニグマは動揺していた。

 「何も考えずに人を救うほど愚かじゃないよ。君は、1人になりすぎた。」

 宝石のような瞳を輝かせ、エニグマはマリアを見つめる。

 「君は、家族を知るべきだ。それを私が教えてあげる。」

 安心と嬉しさ、彼女はひどく満たされていた。マリアの体に顔を埋める。マリアの抱擁は応えるようにより一層きつくなった。


 「まさかお前が負けるとは。」

 王宮にて、ゼウスは愚かな存在を見下ろしていた。あちこち骨は折れ、手足はあらぬ方向に曲がっている。

 「も、もう…」

 「よい。もう充分働いてくれた。傷を癒せ。次も期待しているぞ。」

 ふわふわと浮かび、どこかへ運ばれていくヨハネを見送り、再び玉座に戻る。

 「マリア……。直接話すしかないか。」


 「おっきい…。」

 村では見た事がない大きな建物にエニグマは圧倒されていた。

 「そうか。あそこにマンションなんてないもんね。さぁ、早く入ろ。お腹すいたでしょ。」

 マリアにとって目に映るもの全てのものが新鮮そのものだった。いつの間にか扉の前に着いていた。誘われるままに扉の中に入ってしまう。

 「座って待ってて。ご飯用意するから。」

 扉の中にも、エニグマの驚きは止まらなかった。小さな箱の中で喋る人、部屋を温める小さい火、1度座ると立ち上がる気を削ぐ椅子。水が流れる音がする方から、なにか食欲を煽る匂いが鼻腔をくすぐる。

 「お待たせー。お、くつろいでるねー。」

 なにか器に入ったものが運ばれてきた。黄色のミミズのようなものが茶色い汁の中に入っている。

 「なに、これ?」

 「ラーメンって言うんだよ。」

 「ふーん。」

 ラーメンとやらに手を伸ばす。その汁に触れた瞬間。

 「あつっ!」

 「あははっなにやってんのー。あっそうか。お箸の使い方がわからないのか……。ちょっと待ってて」

 マリアは立ち上がり、レンゲと小さいお椀を持ってきた。その中にラーメンを入れレンゲですくい取り、麺を1口サイズにまとめ、何回か息をふきかけたあとエニグマの口元に持っていく。

 「はい、口開けて。」

 言われるがまま口を開ける。先程の体験もあり少し怖いが、勇気を振り絞り口に含む。少し熱を感じるが耐えられないほどでもない。

 「ッ!」

 しょっぱい。今までこんなものは食べたことがない。

 「み、水…」

 急いで口に残る塩味を流す。だが不思議ともう食べたくないという気持ちは起こらなかった。

 「口に合ったようだね。ほら、どうぞ。」

 次々と口に運ばれ、徐々に塩味に慣れていく。ついにはなにも口に流し込まずに食べらるようになり、気づけば完食していた。

 「初めて、おなかいっぱいになったかも…」

 「ふふ、それはよかった。」

 意識が濁っていく。逆らいようのない眠気がエニグマを襲う。

 幕が閉じるように瞼が閉じていく。

 「いいよ、おやすみ。」

 返事を返すまもなく、エニグマは深い眠りに引き込まれた。優しく見つめるマリアは安堵と共にこれからの自分の仕事を考えていた。

 「さて、これから忙しくなるね。…アイツのとこに行かないと……」

 知らなければならない。なぜ彼がエニグマを狙うのか、ヨハネを見た時のエニグマの反応はなんだったのか、彼らの目的は。

 『その必要はないよ。』

 まばゆく、よく知っている光が窓を突き抜ける。

 「お疲れ様。マリア。」

 マリアは信じたかった。仕方がなかった、やらされていたと、後ろにいる誰かのせいにしたかった。今目の前にたたずむ純朴な少年は無実だと思いたかった。

 「話をしよう。君となら分かり合えるはずだ。」

 差し出される掌と穏やかな笑顔に迷わず応える。手が結ばれる直前、マリアに宿るスレイヤーの魂は、ゼウスを拒絶した。

 「……っ。」

 ゼウスの目は失望に染っていた。

 「分かった……。ここでは周りの人間に被害が出る。場所を移そう。」

 手が差し伸べられる。この手を取れば、もうゼウスと分かり合うことは出来ないだろう。スレイヤーは、躊躇なくその手を取った。

 光が、2人を包んだ。


 眩い光が収まった時、冷たい風が吹き抜ける。周りを見渡せば、一面に広がる白い大地。

 「南極だよ。ここなら、いくら暴れても誰も死なない。」

 ゼウスの手には、大きな斧が握られている。

 「君以外はね。」

 マリアの手は、未だに空だ。

 「やめよう。私達が、戦う理由なんて…

 「黙れ!」

 ゼウスは声を荒らげ、初めてマリアに見せる表情を見せる。

 「君が言ったんじゃないか…!王になれって!!!」

 ゼウスは腰を落とし、構える。

 「終わらせようマリア!!君が、最後の障害だ!!!」


 


 

 

 

 

 

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