第33話 序曲
ヨハネは背後に手を回し、何かを掴み、ゆっくりと腕をずらしていく。その腕とともに姿を見せたのは巨大な墓標のような十字架だった。ヨハネの約180㎝の身長とほとんど同じ高さを持っている。そして、限りなく重そうな黒く、厚い塊はヨハネに軽々と持ち上げられた。
「わが主に仇なす『ユダ』を、抹殺する……」
迸る天使の力。そしてその中に確かにある最高神のオーラにマリアは圧倒された。
「これは、骨が折れそうだね……!」
ヨハネが地面を抉り、マリアに接近する。十字架が振り下ろされる時、マリアは完全に受け止めるつもりだった。だが直感でマリアは悟った。迫り来る命の危機を。両手を前に出しショットガンで受け止め横に受け流す。マリアが逸らした力と自身の力が合わさり勢いを止められず、地面に十字架を突き刺してしまう。隙だらけの腹にすかさずマリアは回し蹴り。ヨハネの体は十字架諸共大砲のように吹き飛んでいった。マリアはそれ以上の速度で追いつき追撃する。ヨハネに銃口を突きつけ、引き金を弾く。ヨハネには、不敵な笑みが浮かんでいた。背後に浮かぶ、人の首ほどの十字架。それは実態を持たずこうこうと太陽のように光り輝いていた。その光がより一層強くなった瞬間、熱線がマリアの額目掛け発せられた。頭をかたむけ頬に傷をつけながら回避。なんとか引き金を弾くも拡散する鉛のほとんどが外れかすり傷にしかならなかった。お互い体制を崩しゴロゴロと転がるがすぐさま体制を整え、向き直す。
「貴様のその銃、ただの人間の兵器ではないな。誰が創った。」
ヨハネの腹に少しだけ空いた細かい穴。それは蒸気を出しながら苦しそうに再生を試みていた。
「人間って不思議な生き物でね。は 信じ続ければ、何でも叶えてしまうんだ。それが例え、神殺しの武器を作ることでもね。」
「……ふっ、人間ごときが偉そうに。願い如きが力与えたというのか。」
ヨハネは嘲笑した。だがその笑みの奥にあるふつふつとした憤りを隠すことは出来なかった。
「ならば、その願いとやらとともに散るがいい。」
「それをさせないことが、私の役目だ。」
マリアの姿がふっと消える。ヨハネはその行動の意味を瞬時に理解した。背後に向け十字架を薙ぐ。マリアはその薙ぎ払いを低姿勢で回避。足払いは見事にヨハネの足をすくい体を浮かせ、脚を掴みぶん投げた。熱線がヨハネを守るようにマリアに向かうが地面に穴をあけるのみ。マリアはヨハネに少し遅れ、爆音とともにその場から消える。ヨハネの身体は遥か彼方にある岸壁に激突。間もなく追いついたマリアがめり込んでいるヨハネに銃を向け発射するが銃弾は壁を貫いていた。ヨハネは瞬時に壁から抜け出しマリアの懐に迫っていた。照準が間に合わない。迫りくる十字架を脚と腕でガードするが、なおもその威力を殺すことは出来なかった。骨が砕ける音とともにパチンコ玉のように吹き飛ばされる。浮かぶ十字架が再び光り、光線が腕をクロスさせガードするマリアの両肩を打ち抜いた。苦しそうなうめき声がマリアの口から洩れる。ヨハネはマリアに向けその手に持つ十字架を投げた。竜巻のごとく回転するそれは、確実にマリアを殺す一撃だった。迫りくる破壊の権化。しかしそれを見つめるマリアの視線は、冷静そのものだった。十字架が直撃する寸前、マリアは右手の銃を上に放り投げた。砕けたはずの拳が、強く握られる。そしてその拳を、暴れ狂う十字架に叩きつけた。迸る衝撃波。十字架は、投げられた時よりもすさまじい速度で持ち主に帰っていった。
「化け物が……」
ヨハネは光線を打ち出し十字架の勢いを殺そうとするが無傷で受け止めるには到底間に合わなかった。両手を前に出し衝撃に備える。そして、着弾。ヨハネの腕は限界を超えながらも受け止めることが出来た。構えなおすも、目の前にマリアの姿はなかった。この時ヨハネは、視覚に頼ることをやめた。微かに感じる気配。それは確かに背後にあった。再び十字架を薙ぐ。
当たった。何かにあたる音が聞こえる。だがその音と感触ははるかに軽いものだった。あたりに飛び散る岩石の破片。粉々に砕け散ったそれはヨハネの視界を微かに覆い、刹那の隙を作りだした。
「神の力を借りても、自身の力は越えられないようだね。」
マリアの銃口は、ヨハネの背中を突いていた。
「……ッ!」
十字架が光る。だが、トリガーは既に引かれていた。鉛玉がヨハネの背面を粉々に打ち貫く。光り輝く鮮血と肉を撒き散らし、ヨハネは地面に伏した。
「お前ら天使は、こんなんじゃ死なないだろうね。でもこれに懲りたらもう私たちに関わらないでね。ゼウスにもよろしく。」
スレイヤーがこちらを見下ろしている。感じることが出来ない感覚を頼り立とうとするが、それは叶わなかった。
(私は、負けるのか…)
敗北という言葉が頭を反芻する。あの日、あの人への誓が今破られようとしている。耐えられなかった。受け入れられなかった。もう二度と、こんな思いはしたくなかったのに。
「……ァ…ぇ……ぁ」
「ん?何だって?」
十字架は手元にある。祈りは、通じるはず。失望はさせない。こんな私に微笑んでくれたのは、あの人だけなのだから。
『どうしようもない時は、私に願うといい。必ずお前の助けとなろう。』
遥か彼方で確かに見守ってくれているあの人へ、手を伸ばす。
スレイヤーが何か口走っているが、今の私には関係ない。
「主よ……貴方のために……わが身を、捧げます。」
鼓動が、少しづつ、強くなっていく。まき散らされた血液が体の中に戻ってゆく。感覚が、世界を知覚する。そして立ち上がろうと足を踏み出したその時────空から降り注いだ一筋の光槍が、彼の綺麗に再生した胸を貫いた。それを見たマリアの拳は、怒りのまま握られていた。
「ゼウス…本気で私を殺す気か!!」
光槍は徐々に縮みヨハネの体に吸収されてゆく。完全に光がヨハネの中へ消えてくなった時、辺りには星の様に無数の光玉が浮かんでいた。
(これだ。この力さえあれば、あいつを殺せる。感謝します。主よ。)
立ち上がったヨハネは、背後にあるもうひとつの影を掴む。その影が光の下に誘われる時、────その形はおよそ十字架とは言えない
正に歪んだ祈りが込められた十字架の鉄塊が、彼の片手に握られていた。
「我らの慈悲を、あなたに捧げよう。」
少しの振動も感じない。まるでこの世から消されたかのようにヨハネの姿が見えなくなった。
一呼吸する前に、ヨハネの十字架はマリアの腹を突いていた。超高速で吹き飛ぶ最中マリアは今までとは比べ物にならない衝撃を感じていた。その感覚に思考が追いつく前に、彼女の周りを輝く十字架が囲んでいた。それは一斉にマリア目掛け光線を発射。光に包まれるその瞬間、マリアは地面を思い切り蹴り回避するが頬、腕、脚を掠めてしまう。
体制を建て直しヨハネを見据える。マリアの目の奥にあるかつての余裕は、とうの昔に消え去っていた。
「ちょっと……まずいかも……」
頬には、一筋の血液が冷や汗とともに伝っていた。
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