第10話 マーティン〜魔法のからくり〜

 少年――マニはあちこちに置かれたろうそくに火を灯し、空間全体を明るく照らした。焚き火の周りに布を敷き、リオたちを座らせる。

「汚くて悪いね。だけどここが僕ん家なんだ」

「ここに住んでるの?屋根もないのに、不便じゃない?」

 リオが無邪気に尋ねた。

「リオ」

 すかさずレイリはその失礼な発言をたしなめる。

 マニは特に気に留めた素振りもせず、いいさ、と笑った。

「屋根なんていらないさ。このあたりには雲は来ないんだ」

「雲が来ない!?」

 今度はシイナが驚きの声をあげる。

 雲とは、灯棒や炎床に並ぶ魔法道具の一つ。水魔術師の魔力を集めて雨を降らせる道具だ。水資源は人々の生活に最も欠かせないもの。そのため雲は他の道具と比べても段違いの広範囲に配置されている。近くに海や川があるわけでもないのに雲が配置されていないということは、すなわち、人が住むべき場所でないことを意味する。

「そう。幸い炎床の熱は伝わってくるし街も近いから、意外となんとかなるもんだよ」

 貧しさ以上の理由があることを察したレイリは、瞳に警戒の色を浮かべながら慎重に尋ねた。

「どうしてここに住んでいるんですか?」

 その緊張感とは対照的に、マニはこれまた飄々とした態度で肩をすくめる。

「非協力的な人間には、家も光も水もいらない。ただそれだけの話さ」

「非協力的な人間……?」

 ナツが呟く。

 マニは困惑するナツににこりと微笑みかけた。

「僕、魔力の徴収を拒んでるんだ」


 協力して魔力を提供し合い、魔法道具を稼働させる。その働きによって、人々は生きられる。

 それは世界の常識である。

 しかし魔力は人間のもう一つの命だ。だからこそそれが脅かされることがないように、教会が魔力徴収を割り振ってバランスを取っている。その働きを無断で怠ることは、地域全体の存亡にも関わりうる一大事だ。

「拒んでる!?そんなことが許されるわけない!」

 ナツが今にもつかみかかりそうな勢いで身を乗り出した。

「あんた、それがどういうことかわかってるの!?あんた一人のせいで他の人がどれだけ――」

「おいおい、落ち着いてくれよ」

 絶叫するナツをマニがなだめる。

「ナツ、どうしちゃったの?」

 リオも心配そうに言った。

 ナツははっと我に返り、ばつが悪そうにごめん、と呟く。

 マニはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

「言い方が悪かったよ。なにも完全に拒んでるわけじゃない。正当な分は参加してるさ」

「正当?」

 首をかしげるリオ。

 正当な分もなにも、魔力の徴収は世界の秩序を守るために協会が行っていることだ。事実、そのおかげでリオたちは生きられているのであり、その正当性に疑う余地などない。

「この国では、不当な徴収が行われているの……?」

 腑に落ちない顔の三人の横で、ナツが強張った声で言った。

 マニは真面目な顔で頷く。

「この国の年間の魔力の徴収量は、他国の平均の約三倍にのぼる」

「さ、三倍!?」

 四人の驚きの声が揃う。

 マニは慌ててしーっ、と指を立てた。

「大声出さないでくれ。また追いかけられたいか?」

 リオたちははっとして口を押さえる。

 誰かが来る様子はない。幸い大通りまでは聞こえなかったようだ。

「どうしてそんなことになっているの?」

 レイリが声をおとして尋ねる。

 マニはすぐに答えた。

「工場のためさ」

「工場……」

「知ってるだろ?マーティンは、高い技術力に裏打ちされた世界一の工業国」

 大袈裟に胸を張って言う。

 遠くダーデッドにまで届いている有名な話だ。

「だけどその実態は、国民の魔力を搾取する悪徳国家なのさ」

 淡々と語られたその言葉に、四人ははっと息をのむ。

「製品の輸出で儲かっているのは政府の奴らだけ。国民は過酷な魔力徴収に疲弊しきっている」

 マニは忌々しそうに顔をゆがめた。力のない目で四人を見る。

「街で見ただろ。この国の奴らはみんな、魔力徴収に耐えて生き延びるために余計な感情を捨て去ったのさ」

「だからあの人たちは……!」

 先ほどの大通りでの出来事を思い出し、シイナが口もとを覆う。

 こちらの話を聞こうとしなかった警備員や、リオたちを助けてくれなかった通行人。感情を捨て去り、余計なことをしないようにしているのならばどれも納得な行動だ。

 マニは静かに頷く。

「そう。この国じゃ誰もが政府のための歯車だ」

 そんなのはごめんだろ、と、マニはぎこちなく笑った。

 人口が多く、一人あたりの負担が少ないように計画されているダーデッドでは聞いたことがない話だ。リオは目の前の少年の言葉をにわかには信じられず固まってしまった。シイナが怯えたように手をぎゅっと握り、レイリも静かに眉をひそめる。ナツは怒ったような目でマニをじっと見つめていた。

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