第66話
「分かった。まず、それを頼んでくれ。のんびり食事をしている暇はないぞ。お前がいなかった分、こっちは遅れているんだ」
持っていた盆を取り上げられそうになり、慌てて抱え込む。
「お前、そこまで食い意地張ってるのか」
呆れた声にレインニールは眉を寄せる。
「温かい食事は久しぶりなの。パンだって柔らかいのは食べられなかったし」
サシャたちと向かった先は被害の大きな場所だった。
そのため、聖域を発つ際に自分たちで食事や寝る場所等、用意して向かうことになった。
携帯食とはいえ、温かいスープなどは作ることはできたが、パンは日持ちのする硬い物であったし、デザートなども当然なかった。
わずかに持っていた嗜好品も避難している子どもたちに渡してしまい、同じような具材の食事で幾日も過ごした。
ゆっくりと落ち着いて、スープ以外に温かいものがある食事は幾日ぶりか正確な数字は分からない。
任務を終えたサシャに連行されるような形で聖域に戻ったが、後片付けに手間取り、無断行動についてアレクシを始め幹部たちに一通り説教を受けた。ようやく風呂だけ入って学舎に帰って食事にありつけるところだったのだ。
被害が出て、礎が代わる代わる訪れ、進捗状況によって補給物資を変え、復興を手助けする。
数多くの報告が上がるがまとめ上げる担当者も兼務する他の業務に手を取られ、進んでいなかった。
そこで、本部と聖域から追加で人を出したのだ。
被害が出た当初から経緯を見ていたレインニールは、聖域が介入し始めたあたりからその周辺を調査に訪れていた。サシャが来ることを知り、こっそり調査団に加わったがすぐに素性が割れ、その後はサシャを補佐する役人の末席で働いていた。周囲が学舎に戻るように何度も諭したが、首を振りサシャも諦めて傍にいることを許した。
サシャに甘えてしまっていることはレインニールは申し訳なく思っている。
しかし、矢も楯もたまらずというのはこういうことだと言わんばかりに飛び出してしまった。
アダンは何か考え込むレインニールを心配そうに覗き込む。
「エラーブルはお前と縁があるのか?」
学舎にはあらゆる地方から子どもたちが集まる。
アダン自身は街のほうの出だが、中には辺境からくる子もわずかながらにいる。
レインニールは静かに首を振る。
「違うわ。ただ、生まれ故郷と似ているだけ」
鮮明に思い出すとは言えない。村から離れた時の記憶は母との決別の場面が今も強く残る。
青々と茂る畑や山々を見ていたはずなのに、浮かぶのは泥が流れ込み作物がなぎ倒された光景だ。
同じような事象がエラーブル地方にも起きていた。
その事に気が付いたとき、学舎を飛び出してしまった。自分のような子どもを増やしてはいけないという思いもあった。
「レインニールは辺境のほうだったな」
「ラヴァン村。もう地図上から消えているわ」
あの後、村は無くなっていた。
住んでいた家族、親戚、村人たちの行方は分からない。
追いかけるべきかと思ったが、母の顔がチラついてできなかった。
同行してくれたサシャの目の前で閉まった扉の音が今も耳に響いている。
拒絶は一度で十分だった。
村の名前を聞いたアダンもさすがに記憶にないらしく、暫く口許で呟いていた。
「知らなくて当然よ」
同じような村、地方がいくつもあることに学舎に来てから知った。
特に最近、件数が増えている。
焦燥感は拭えない。自分が出来ることはないか?自分が持っている力を活かす場所があるのではないか?
そうやってレインニールはさ迷う。
「分かった。一先ず、腹に温かい物を入れろ。その間にメンバーに声を掛けてくる」
アダンの許可を貰ったので、ほっとして席に座る。
温かいと言っても話しているうちに随分、冷めてしまった。
少し、しょんぼりしながらも、久しぶりの学舎の雰囲気に心が和む。
出ていったはずのアダンが戻ってくると、盆の上にリンゴが丸ごと1個置かれる。
「果物がない。リンゴは栄養があるというから食べろ」
「うん?あ、ありがとう」
礼を言うと満足そうな顔をして食堂から出ていった。
盆の上にこぶし大の赤いリンゴがやけに目立つ。
ナイフがないので齧り付けというのだろうか?と思うとレインニールに笑みがこぼれた。
~~~~~~
アダン君はレインニールとほぼ同じ歳。リウ(最近、いませんが)はレインニール達より歳が下なので、まだ出会っていません。
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