第57話

「だから言っただろう!」

 地のアレクシの放つその言葉はもう何度目だろうかと、水の礎サシャは思いを巡らせる。

 責められているのは自分なのだが、どこか他人事のサシャにアレクシの怒りはおさまることはない。


「レインニールを見つけた時にさっさと聖域に帰せばよかったものを」

 ぶつぶつと語尾が濁ったのは自分もその場にいた後ろめたさがあるからだ。


 地方へアレクシとサシャは出向くことになった。

 たまたま他の礎は不在にしており、レインニールは一人残ることになった。一人と言っても世話をするメイドたちはいるので問題はない。

 だが、レインニールは二人の荷に紛れ任務に付いてきた。


 見つけてすぐ、聖域へ戻そうとしたがレインニールがサシャから離れなかったため、仕方なく同行を許した。

 任務はすぐに完了できた。

 礎二人の力で何とかなったのだが、拠点としていた街からレインニールが消えていた。

 宿屋で親しくなった近所の子どもたちと山へ探検に行き迷子になったのだ。


 普段から子どもたちが遊んでいる洞窟は、大人たちも周知していたので発見までそう時間はかからなかった。しかし、レインニールだけ倒れている状態で見つかった。

 他の子どもたちは元気にしていたが、レインニールだけ意識がなかった。


 子どもたちの話によると、後ろから付いてきていたが、いつの間にかいなくなったらしい。

 探していて帰るのが遅くなり、騒ぎとなったのだった。


 至急、街に戻り医者に診せたが異常はないとのことだった。

 礎二人はレインニール自身に何か起きていると考え、聖域まで急ぎ戻った。


 現在、呼吸も安定しており、心配はいらないとのことだった。

 聖女王も時機に目覚めると皆に告げ、今回の事は不問にすると判断した。


 部屋の中では眠っているレインニールに陛下と補佐官が付いている。

 横で口やかましく言い合ってしまい、礎たちは廊下に出されたのだった。


「陛下も大丈夫だと言ってるし、良かった良かった。な?」

「サシャ!そんな簡単なことではない。もしレインニールに何か起きていたらどうするつもりだったんだ」

「子どもというのは自分の身の丈を考えず、行動してしまうものだろう?今回の事でレインニールも学んだだろうし、俺たちは見守るしかない。俺たちも身の覚えがあることだし」

「お前はレインニールの親代わりのように接しているにもかかわらず、そのような物言いしかできないのか!」


 傍で聞いていた火の礎ジェラールはため息を落とす。

 風の礎ラウルにふと視線をやると彼は口元を手で隠しているが、目が笑っている。

「不謹慎ですよ」


 一応、ラウルは最年長なので丁寧な言葉で注意するが気持ちは充分理解できる。

 どう考えても二人のやり取りは子育てで揉める夫婦の会話にしか聞こえない。

 どちらがどちらであるかはこの際、問わない。

 ただ言えることは、二人ともレインニールを大切に思っている。成長を見守っているということだ。


「お二人とも、その辺りで」

 ジェラールは呆れつつ仲裁に入る。

 ラウルが動かない以上、自分が行くしかないと判断したためだ。


「止めるな、ジェラール!大体、サシャはレインニールに対して甘すぎるところがある」

「お前が厳しい分、丁度いいだろう?」

「私は厳しくしているつもりはない!当たり前の事を当たり前に伝えているだけだ」

 心外だとアレクシは鼻息荒く、主張する。


 取っ組み合いが始まらないだけマシなのだろうか、とジェラールは遠くを見る。

 夫婦喧嘩の定番なやり取りを聞いて、ラウルは腰を折りながら吹きだす。

「お前ら、最高」

 ひーひー言いながら目尻を拭う。


 他の三人はその様子をそれぞれ複雑な顔をして眺める。

「礎同士の会話が、教育熱心な親かよ。あー可笑しい。今まで聞いたこともねぇ」

「ラウル様…」

 毒気が抜かれたのか、アレクシは力なく呟く。

 何を指摘されたか気付き、顔が赤くなる。


「分かった分かった、アレクシはレインニールが心配で堪らないんだな」

 元気付けるようにぽんぽんと落ち込んだ肩を叩く。

「俺たち、なんて言って補佐官殿に部屋を追い出されたか、分かっているのか?」


 今と同じようなことを眠っているレインニールの隣でしたからだ。

「レインニールが起きるまで一先ず、待とうじゃないか」

 分かっている。

 アレクシは俯き唇を噛む。

 自分が近くにいながら何もできない歯がゆさが空回りしてサシャに気持ちをぶつけてしまった。


「サシャ、済まない」

「良いって」

 素直に謝るアレクシに手を挙げてサシャは答える。

 その口元は苦笑していたが、すぐに真顔に戻る。

 振り返り、静かなレインニールの部屋を見る。


 サシャはサシャで、口にはしない気になることがあった。

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