第42話 ポレットの聖女日記・18

 ポレットはレインニールの執務室へ訪れたが、先客がいた。

 ポレットたちの試験に協力している研究機関所属で教官の一人、アダンだった。

 いつも明るい表情をしているが、レインニールとは馴染みらしく特に今日は屈託ない笑顔をしている。


「やあ、ポレット。レインニールに用事かな?」

「資料をお借りしていましたので返却に参りました」


 レインニールは資料を受け取ると、さっと確認して脇に置いた。

 それをアダンは拾い上げる。

「ふむ。だいぶ、複雑化してきたな」

「聖女王候補として出来ることが増えてきた証でしょう」


 褒められたと感じてポレットは頬を染める。

「まだ、お二人のご教授が必要です。よろしくお願いします」

「何かあれば、レインニールを使えばいい。大抵の事はそれで解決する」

「いい迷惑。アダンがそうするから倣うものが後を絶たない」


 アダンに文句を言いつつ、ポレットには微笑を向ける。

「ポレットが私に頼る分には構いません」

 その言葉にほっとする。


「酷いな、誰のおかげで卒業できたと思っている?」

「過去をいつまでも…」

「学舎のころからお知り合いなんですか?」

 レインニールの過去が分かると思い、ポレットは飛びつく。


 二人は瞳を輝かせているポレットにやや引きながら、頷く。

 アダンは苦笑して、レインニールを指さす。

「トップで入学しておきながら、出席日数足りずに進級はギリギリ。心配して声をかけても次の瞬間にはその場にいない。どれだけこっちの胃がやられたか。どれだけ恨み貯金が溜まったことか」

 恨み貯金…。

 ポレットはとんでもない言葉を聞いてしまったと冷や汗をかいた。


「だから、今、こうやってレインニールが聖域にいる間に俺のために働いてもらわないとな」

「人を何だと…」

 ぼそぼそとレインニールが文句を言っているようだが、アダンには頭が上がらないのか声を潜める。


「本部や聖域勤務だと交流が狭いんだよ。俺、優秀だから、地方に行ってもすぐに呼び戻されるし?」

 アダンは肩をすくめる。

「ところが、こいつは学舎時代から地方、辺境を回るし、研究員の今も辞令を無視して、いなくなるのはしょっちゅう。おかげで、本部にいる俺らが上をなだめるのにどれだけ苦労しているか」

 人が複数になったことにポレットは気が付いた。


「それでも皆さまレインニール様を庇われるんですね」

「そう。各地の支部に知り合いが多数、地方辺境にも協力者がいる。困ったことになったらレインニールに聞く。これ常識。大抵の縁を繋いでくれるし、データ提供が本部経由より速い。どれだけ論文の資料集めが楽になったことか」

「人が集めたもので論文書いて、単位揃えて進級した張本人がそれを言いふらすからあの後、ひどい目にあった」


「お前が放置しているからだろう?論文のネタが十分あるのに他に手を出してるし。それにちゃんと、資料提供にお前の名前を加えていたぞ」

 アダンは胸を張る。

「ま、提出される複数の論文にレインニールの名前があれば、教授連中も黙っていないわけ」


 ポレットには何となく、レインニールが重宝されている理由が見えてきた。

 エメリーヌが言っていた悪いうわさも実はそうでもないのかもしれない。

 本当に悪いうわさであれば、聖女王陛下の傍に就くことはないのだから。

 納得できそうな理由を見つけポレットはほっと息を吐くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る