第26話 ポレットの聖女日記・2

 ポレットは両手に資料を抱え、重い足取りで歩く。天気とはうらはらに憂鬱な心は晴れない。

 最終試験は座学が増えた。教官と呼ばれる人が入れ替わり講義をする。宿題としてレポートの提出が求められ、時間が出来れば資料を取りに書庫に走る。


 部屋に戻って睡眠を削りながら予習や復習をしているので、気を抜くと意識が飛んでいきそうである。

 しかも、今から聖女王付き研究員のレインニールに会う。


 自己紹介は済ませているが、彼女から感じる自分を値踏みするような視線に恐怖を感じた。

 綺麗な人なんだけど、何か他の研究員と違うのよね。

 ポレットはレインニールに対して不思議な感覚を覚えていた。


 肩書から聖女王から厚い信頼を感じる。また、礎たちからも怖がる必要はないと声をかけられた。

 朝一に会った水の礎フロランはレインニールと特に仲が良いらしく、最初は難しいかもだけど話せば分かると元気付けてくれた。


 廊下を曲がり、レインニールの執務室まで来るとその扉を背にして立っているエメリーヌがいた。

 表情は暗く、肩を落としている。目には何も映っていないようだった。


 以前、レインニールとエメリーヌは、時期は異なるが同じ研究機関の学舎にいた。その縁もあり、エメリーヌはレインニールの事を知っていた。詳しい話はポレットに教えてはくれなかったが、良いうわさ以上に悪いうわさがあると言っていた。


 何か言われたのだろうか。

 心配になり、そっと近寄り覗き込むと、パッとエメリーヌが顔を上げる。

「ポレット!急に現れないでよ」

 近くで見ると目が潤んでいることに気が付いた。

「大丈夫?何かあったの?」


 エメリーヌは一度、怯んだが、決意したように顔を引き締める。

「何もないわ。中にレインニール様はいらっしゃるわ」

 そう言うと踵を鳴らして立ち去る。


 背中を見送りながらやはり何かあったのだとポレットは確信する。

 重厚感があり飾りも施してある木製の扉だが、重々しく感じて開けるのを躊躇う。この向こうにレインニールが待っている。


 ポレットは思いっきり息を吐いて大きく吸う。

 気合を入れて、入室の許可を求める。

 返答はすぐにあった。



 部屋の中は殺風景と言えた。

 レインニールは普段は違う場所で仕事をしているらしく、この執務室は試験中のみの使用であるそうだ。

 資料に書物を収納する棚、広い執務机、どれも調度品として立派なものだが、レインニールは最低限にしか活用していないようだった。


 ポレットは執務机の脇に立ち、レインニールがレポートを読み終わるのを待っている。

 指定された量はそう多くなかったので、すぐにレインニールが顔を上げる。

「書き直しを依頼します」

 紙を揃えると丁寧に向きを変え、差し出した。

 必死に書いたレポートが受理されず、しょんぼりと受け取る。


「ダメ、でしたか?」

「私は課題に対する貴方の考えを求めました。資料をまとめろとは言っていません」

 厳しい言葉にポレットは自分のレポートをざっと見直す。

 レインニールを目の前にして緊張と今までの寝不足、余裕のない頭ではどこが具体的にダメなのか分からない。


「期限を明日の夕刻まで伸ばします」

 猶予はもらえたことにほっとするが、今は午後である。他にも受講する講義があるので実際の時間はそう残っていない。


 話は以上、とレインニールが手を振った。

「お時間、ありがとうございました」

 深々と頭を下げ、廊下に出る。


 扉を背に立ち息を吐くと、エメリーヌと同じだと気が付いた。

 彼女も書き直しを言い渡されたのだろう。

 ならば、明日は必ず受け取ってもらわなくてはいけない。


 ポレットは荷物をきつく抱きしめ書庫へ向かって歩き出した。



 

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