第15話
男は大広間の玉座にゆったりと腰を下ろす。
上座にあるため、広間の様子が良くわかる。
激しい攻防があったが、この広間は無事であった。
肘をついて、ため息を吐く。
故郷を出てかなり無理をした。昼夜問わずの行軍に部下も辛抱強く付いてきてくれた。そこは感謝している。
それにしても、と男は不快な表情を浮かべる。
華美としか感じられないこの内装は嫌気がさす。
全て壊してしまいたい衝動を何とか抑える。
今、ここに力を使うのは無駄だと分かっているからだ。
体力も精神力も回復させる必要がある。
そうでなければ、せっかく勝ち取ることが出来たこの場所をやつらは取り返しに来るだろう。
間抜けな顔をしたこの世界の支配者だが、周囲は中々、骨がありそうだった。
奇襲をかけたため、今回はあっさりと奪い取ることが出来たが、まともにやっていたらこちらも犠牲者が出たことだろう。
しかも、この世界を全て掌握できたわけではない。
抵抗され力が及ばなかった場所がいくつかある。
それも時間の問題だ。
こちらの回復次第、攻め落とす。
閉じていた瞳を緩やかに開く。
誰もいないはずの広間の真ん中にいつの間にか女が立っていた。
黒のミニドレスから透けるような肌の肢体が伸びている。
豊かなカーブを描く銀色の髪が風もないのにふわりと揺れていた。紫水晶の瞳は大きくやや挑戦的な眼差しで男をとらえている。
にたり、と不気味に赤い唇が笑みを浮かべる。
「何者だ」
目を開けるまで気配を全く感じなかった。
急に湧いて出たとしか言いようがないが、女は当たり前というような堂々とした姿である。
「貴方に名前など呼んでもらいたくないわ」
軽く腕を組み、何処か気だるげに答える。
その様子に男は敵だと判断する。
いや、現れた時からそう思っていた。反抗的な態度を向けられこちらも対応を決める。
男は手のひらを女に向け光の球をつくる。
内包する力を凝縮させ、迷わず解き放つ。
光球は一直線に女に飛んでいく。
しかし、衝突する直前、何かの壁に当たったようにぴたりと止まる。
行き場を失くした光球はその場で回転しつつも、前へ進もうとする。
女はすっと顎を引いて、手を差し出す。
そこから生まれた糸のような様々な色の光が男の作った光球を包み込む。
やがて、その光の糸に吸い込まれるように光球は姿を消した。
男は眉を上げて、今起きたことを分析する。
弾き返すことは広間を傷つけることになる。それができないため、己の身に取り込んだというのか?
思わず、立ち上がりかけるがそれよりも早く女が目の前に飛び込んできた。
避ける間もないが、攻撃を仕掛けてきたわけではないらしい。
浮かんでいた笑みがさらにいやらしく広がる。
「この世界は私のものなの。ずっと、昔から」
息がかかるかという距離なのに、温度を感じない。
女には実体がなかった。
すっと両手を広げ、宣言する。
「早くおうちに帰らないと痛い目を見るわよ?」
まるで幼子に諭すように優しく告げる。
男が再び、手に力を集中させる。
そっとその力に女が触れると電撃が襲う。
慌てて手を引くと、女は笑い声をあげた。
「お前は、聖女王に敵わない。もちろん、この私の相手ではない」
女は舞うように離れると光の粒を撒いて消えた。
男は部下を呼ぼうと口を開きかけた。
侵入者がおり、至急、追いかけるように告げるためだが、同時に自分が取り逃したことも伝えなければならない。
それは許されなかった。
部下は自分が誰よりも強いと思っている。男もそう信じている。
ならば自分で解決するしかない。
遠ざかる女の気配はわざと軌跡を残しているように見えた。
何処へ行くのか。必ず、仕留める。
男は意識を飛ばすが、何かの邪魔が入る。
それは一つだけでなく、幾つもの力が女との間に入り込み、妨害される。
誰があの女を守っている?
向けた意識は一瞬。だが、弾けるような攻撃を受けて男は追跡を断念する。
『お前は、聖女王に敵わない』
すでに勝利をおさめたというのに、世迷言を。
男は立ち上がり、広間から出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます