第13話

 聖域に帰ったアレクシは聖女王に謁見を申し出た。

 すぐに通ることはないので、その間に身綺麗にして衣服を改めた。

 慌てて戻ったので、食事も取っていない。

 しかし、その暇さえ惜しまれる。


 メイドたちにせめて水だけでもと言われ、渋々出されたコップを空にする。

 ようやく水分が体に行きわたり、少し落ち着いた。

 長く息を吐くと肩の力も幾分抜けたようだった。


 神官たちが現れ、聖女王の謁見はすぐには叶わないと告げられる。

 その言葉にアレクシは眉を吊り上げる。

 どうやら先客がいるらしいが、構ってはいられない。


 無礼を承知で謁見の間へ乗り込む。

 神官たちが力づくで止めに入ったが、それで怯むアレクシではない。


 最近は聖女王陛下に直接会うことはできなかった。

 重要な行事などは出席するが、会議など体調不良を理由に欠席していた。

 元々、聖女王は忙しい職務である。

 体調を崩す要因はいくらでもあった。


 今日は謁見の間に出てきている。

 これは直接、レインニールの件を伝える機会である。

 サシャの件もある。

 アレクシの頭の中はそのことでいっぱいになっていた。


 制止されたが、扉を大きく開き大股で謁見の間に乗り込む。

 客人を迎える準備をしている最中の聖女王に詰め寄ろうとすると、庇うように補佐官が遮った。

「地の礎ともあろう者が不敬であろう」

「承知しております。しかし、私の話を聞いていただきたい。火急の案件でございます!」


「何をそんなに慌てる必要がある?何かあれば研究機関より必ず報告が入る。私たちが知らぬことなどない」

「そうでしょうか?サシャの水の礎の力の喪失、いえ、それ以上にレインニールの力について進言させていただきたい!彼女の力は我々の想像を超えております。あれは危険です。至急、聖域に呼び寄せ、監禁、もしくは聖女王陛下のお力で是非、封印を施していただきたく存じます!」


 広間にはまだ、神官や女王に仕えるメイドなどがいた。

 人払いがまだだったので、その者たちが息をのみ、動揺が広がる。


「アレクシ。そなた自分が何を言っているか分かっているのか?」

 補佐官は視線で周囲の者を退室させる。

 それを待っている余裕がアレクシにはなかった。


 急がなくてはいけない。

 そうしなくてはもしもの事があれば、万が一のことがあれば、と気ばかり焦る。

「あれはいったい何の力だというのですか?レインニールが宿している力はいったい何だというのですか?我々、礎の力を自由に扱えるというのですか?聖女王陛下以外にそんな力があって良いんですか?それとも、聖女王陛下からお力を盗んだとでも言うのですか?」


 アレクシの身体にはあの時の感覚がはっきりと残っている。

 手の震えが止まらない。

 怖かった。そうあれは恐怖だった。自分を強い何かに引きずられる様な制御できないものだった。

 礎になって初めての覚えた感覚だった。


「お願いです。レインニールを止めてください。私は彼女が恐ろしい化け物のように…」

「アレクシ!」

 補佐官が跳ねるように声を上げる。

 だが、視線はアレクシではなく、その後ろの扉に向けられていた。


 嫌な予感がした。

 自分ばかり見ていたので背後など当然、気にしてはいなかった。

 ゆっくりと振り返る。


 そこにはレインニールが立っていた。

 先に村を出たので聖域に戻っていると微塵も思わなかった。

 顔にはすっぽりと抜け落ちたように表情がない。

 人形のように動かない彼女に慌てて補佐官が駆け寄る。


「レインニール、息を、息をして。ゆっくり、大丈夫、さあ、陛下のもとへ」

 包み込むように抱きかかえると、支えながら広間に招き入れる。

 補佐官は鋭い目線で、アレクシに退室を促す。


 話はまだ途中だ。

 言いたいことはまだたくさんある。ただ、感情のまま吐き出してはいけないことも分かっている。

 化け物。

 直接ではないが、そう言った。

 その言葉の意味を今更ながら考える。


 酷い言葉である。しかし、自分もそれなりの体験をしたと主張したい。

 椅子に座ったままの聖女王を振り返る。

 アレクシが広間に入っても彼女は椅子から動かず言葉もかけない。


 生きているのかと疑いたくなる。

 次の瞬間、飛んでもないことを考えたと悔い改める。

 陛下には陛下のお考えがあるはずだ。


 強く目を閉じ、気持ちを切り替える。

 耳には補佐官が必死にレインニールに呼びかけている声が聞こえる。

 それを断ち切るように顔を上げて、広間を後にする。

 サシャも戻ってくるはずだ。サシャに相談しよう。きっと同意してくれるに違いない。


 アレクシは諦めることなく、サシャを味方にするための策を真剣に考えることにした。



 力は感情と強い結びつきがある。

 アレクシに化け物呼ばわりされたレインニールは、感情を抑えるため身体の機能を停止することを選んだ。そう言っても普通の人間なので、できたことは息を止めることくらいだ。


 荒れ狂いそうになる気持ちを、呼吸ができない苦しみへと移行させることでその場を乗り切ろうとした。

 涙も声も出なかった。

 私の力は化け物であるらしい。

 そっと手を見つめる。

 横で誰かが叫んでいるが、よく聞こえない。


 暖かい手がレインニールの頬を包んだ。

 手の主は聖女王であった。

 彼女は悲しげに微笑んでいる。

 冷え切ったレインニールの心では聖女王の思いを受け取ることが出来なかった。

 だから、意識を閉じることにした。


 ゆっくりと体が傾いていく。

 慌てて聖女王が受け止める。

 補佐官が外にいる神官たちを呼びに走る。

 呼びかけにレインニールはこたえることはしなかった。


~~~~~

いつもありがとうございます。

以上、アレクシ編でした。次回、時間が移ります。

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