考えただけで人を殺せるならば

@mohoumono

第1章 希望と絶望

第1話 僕は、人殺しです。

僕は、人を殺したことがある。


あいつが死ねば良いのにと

考えたことくらいはあるだろう。

大抵は、空砲の銃のようなもので、

死人も出ない衝動的な感情の吐露で、

次第に忘れていくような些細なものだ。


ただ僕は、その中の一人には、なれなかった。


死ねば良いのにと考えただけで

人を殺したなんて事を、

信じる人はいるのだろうか。

鼻で笑われるか、

苦笑いされるか、

絵でも書かされるか。

そんなとこだろう。子供の頃の僕がそうだったように。


そんな事を考えながら、病室の前で立っていた。それは、この病室に入るのが、怖いからだ。


引き返して、帰った事はないが、不安げな顔をした看護師に、大丈夫ですか?と声をかけられることは、多々あった。

今でも忙しそうに、トランシーバーのようなものを持ちながら後ろを、早く歩き通り過ぎている音が聞こえた。今で6回くらいだ。


迷惑をかけてはならないと、深呼吸をした。

「よし」と心の中で唱え、ドアを引き病室に足を踏み入れた。

病室は、外の子どもの声が聞こえるくらいいつも静かだった。


「起きてるか?いつまで寝てんだよ。空」


しばらくの間、沈黙が流れた。

「そうか、まだねむいか。」

声に対する返事は、あの日からない。僕は、ため息をつこうと口を開く時に、歯を食いしばっている事に気づいた。


ベッドで眠っている空へ目を向ける。いくつものチューブに繋がれた彼女は、未だ目を覚まさない。目を瞑りたくなるほどの現実が、あの日から目の前に存在していた。

僕は、それを見てため息以上の何かが、腹の奥底から出てこようとするのを必死で飲み込んだ。


その度、口の中が苦くなるのは、いつもの事だ。


僕は、彼女を見てモニターに映る数値を確認し、一定のリズムでなる機械音を聞き、少しの安堵を得る。


椅子に座り、彼女の顔を見る。


彼女は、1日徹夜をした後シャワーも浴びずに、

ベットへ仰向けに、倒れ込んだまま熟睡したそんな顔を浮かべながら、眠っていた。顔色も良く、今にも目を擦りながら起きて、ヘラヘラと笑う彼女が目に浮かんだ。


けれど、10年が経った。


その寝顔を見て、僕は、声に出さないよう心の中で悪態を吐く。

目を覚まさないのが僕であったら、どんなに良かっただろうか。

悲しむ人は少なく済んで、泣いてくれる人は、きっと父と彼女くらいだ。

そんな自分勝手すぎる考えに、嫌気がさす。

けれど、その悪態を止めたくはなかった。


こんな事を聞かれたらきっと、彼女に怒られてしまう。

だから僕は、深く息を吸って、吸いきれなくなってから、溢れるように息を吐き、頬を叩く。

それでも、僕はそれくらいで起きてくれるのなら、いくらでも声に出してやりたいなんて考えてしまうのだ。


それから、彼女に映画を見たことや教え子が起こした面白いハプニング、自分が面白い楽しいと感じた出来事を彼女に話しかけた。


そうすれば「ズルイ」と言って、飛び起きてくれるのではないかと、僕は今でも彼女に期待しているからだ。ただ、もう8年も経った。


歳を重ねるたび、

楽しいことが起きる度、

嬉しいことが起きる度、

幸せだと感じる度、

いつもあの日の出来事が、不幸であれと僕に叫び続ける。 

でも、僕はそれが居心地がいいと感じている。


こうなってしまうと、呼吸をしているだけで、悪態を吐きたくなる。楽になりたいなんて思う自分が心底嫌になる。

けれど、誰も僕が犯した罪を、信じてはくれなかった。


15歳の夏に、人を殺した罪を。


そんなことを言う人は、側から見れば厨二病だろう。

けれど、10年前の夏に僕の父親とその父の友人は、事実として僕が殺した。

その時、僕を救ってくれた彼女は、僕のせいで今もまだ目を覚ましていない。


彼女が楽しめるはずであった日々を、全て奪い取ったのに、僕はのうのうと生きている。


自分がやったと伝えても、信じてくれる人はいなかった。むしろ、周りの人達は、同情し不幸な事故だったんだ。と自分を責める必要なんてないんだよと、僕を慰めた。


それでも、僕は僕がやったとしか思えないのに、罰を受ける事すら出来ずにいる。それなのに、のうのうと生き続けているのは、彼女がそうしろと言ったからだ。あの日の直前に、生きてほしいなんて言われたからだ。

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