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  • 經繃󠄁 への応援コメント

    「いと」という言葉の使い方が面白いですね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     「いと」をかしと思って戴ければ非常に嬉しいです。

    編集済
  • 液球への応援コメント

    寒い時期に暖かい色の花や実を見ると、すこしだけ暖かい気分になれますね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     この液球をつぶすと何とも言えぬ臭味を放つのですが、見る分には愛らしいですね。

  • 寒󠄁月への応援コメント

    昼の月が寒しと楠の葉へと寄る……素敵なイメージですね。
    楠よりもはるかに巨大なはずなのに、昼の月はやはりか細く見えてしまいますね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     昔の人は月の大きさをどの程度と認識していたのでしょうね。

  • 天使への応援コメント

    黒い天使を「八咫烏」と見たのは深みがありますね。
    この「八咫烏」は何処の天津神より遣わされたのか……。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     本当に八咫烏なのかどうかも?
     八咫烏だったらいいのですが。

  • 失鳰への応援コメント

    鳰はどこへ消えたのか……不思議な思いが伝わってきます。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     どこに行ったのでしょう。
     或いは、そもそも鳰は実在したのでしょうか。

  • 傀儡への応援コメント

    生者とも傀儡とも思える人影、その背後にまた実在の風景とも壁に描かれた画とも思える風景がある、イラストの不思議さを見事に歌われていますね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     思いもよらぬ奇抜な、そして緻密でリアルなイメージをイラストからいただき、僕の独力では到底発想しえないような形で歌に編むことができることを、非常に喜ばしく思います。

    編集済
  • 宍串呂への応援コメント

    イラストに歌が加わると、趣が増すような、謎が深まるような、不思議な心地になりますね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     イラストでお題をいただいたような形での作歌がこのところ多くなっています。

  • 聞香惜時への応援コメント

    「散りてこそ~」という歌もありますが、やはり花の命が短いのは寂しいですね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     花も団子もすぐに無くなってしまうのが残念です。

  • 鶺鴒への応援コメント

    鶺鴒を怖がらせないようにお二人でそろりと歩かれるご様子が感じられて、何ともやさしい気分になります。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     セキレイはあまり人を怖れない鳥で近くまでやってきてくれてかわいいものですね。
     それでも、近付きすぎると驚かせてしまうと思い、二人でそろそろと後をついていきました。

  • 月亮への応援コメント

    恐竜の時代にも……と考えれば、阿倍仲麻呂の歌よりも壮大なものを感じますね。
    「恐龍」と書いて「おほいかつち」と読むのも何とも味わいがあります。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     月は人類が出現する前の太古から空に輝いていたはずで、そのようなことに思いをはせました。

     また、「おほいかつち」の「おほ」は「大」、「いか」は「嚴」で「厳(いか)めしい」や「怒(いか)る」の「いか」と同根とされます。「つ」は格助詞で「の」と同意味、「ち」は「霊」で「命(いのち)」「大蛇(をろち/おろち)」の「ち」と同じく自然の威力・霊力を表す言葉。
     国語学者の大野晋によれば、「いかつち」は猛烈な威力のあるもの、猛々しく怖ろしいものを表し、特に雷を指すということです。
     僕のここでの用法は、恐龍の巨大さや威力の類推からこの言葉を借りたものです。

    編集済
  • 傾月への応援コメント

    富士山は何十万年もかけて火山灰や溶岩を噴出し、あそこまで成長したようですね。
    神が宿られるなら、人の営みなど些細なものに見えるかもしれませんね。怖ろしくもあり、神々しくもあり……。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     おっしゃるとおり空空漠漠たる天然自然の営みを、人間の物差しで測ることは到底叶わず、とほしろし、畏しと、匍匐拜み、おののくほかはないようですね。

  • 電光影裏への応援コメント

    現代戦の最前線として知られるかの戦場への懸念を古雅な言葉で歌いあげ、無學祖元の偈を引かれたのが素晴らしいです。
    ウクライナ(キプチャク平原)、ロシア、中国大陸、日本、と、距離こそあれど繋がっているのですよね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     平穏な世界を祈るばかりですね。

  • 柊の棘への応援コメント

    ルールから外れた訪れ方をする稀人は、もはや神ではない、という内容の対談をどこかで読んだ記憶があります。
    子孫を訪れるのは立春は避けて、お盆やお彼岸にしておいた方が良いのかも知れませんね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。

     冬と春の隙間をすり抜けてやってくる「もの」。
     本来の暦では節分が新旧の年を分ける境で、新年に里を訪れる来訪神が年神(歲神)ですね。柳田國男などは、そこに「祖霊」の姿を髣髴しました。

     すなわち、正月と盆の時期に、里の人々と血縁でつながる祖霊が戻って来るという認識。
     一方、折口信夫の説く来訪神「まれびと」は、人々とは全く異なる存在が異界からやって来るという考え。

     人々にとって、同質的な祖霊と異質のまれびと。身内とよそ者。内と外。

     節分(追儺)は新年を前に厭なもの不吉なものを追払おうとする行事ですが、ここで追払われるものの姿󠄁と、来訪するものの姿は、そう言えばどこか似ているような気がします。

     追儺の鬼と、ナマハゲやトシドン。
     或いは、新年に訪れる神のみならず、盆の付近に訪れる来訪神、メンドン、ボゼ、パーントゥも同様の異形です。

     怖れられつつも歓待され、礼遇されつつもどこか忌避される存在。

     ところで、九相図にも描かれるとおり、人の死後のありさまは、何とも凄まじく怖ろしいものですね。祖霊は、よくよく考えればこれら九相を経た存在。

     来訪神の怖ろし気な異形と歓待のさまは、死によって隔てられた身内に対する、懐かしさと死穢への怖れや忌避の感情がないまぜになったもののような気もします。

  • への応援コメント

    鵺の声は直に聞いたことがないのですが、あの泣き声が夜闇から聞こえてきたら、恐ろしいのか、寂しいのか、と想像します。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     僕も鵺の声は聞いたことがありません(怪異としての鵺はもとより、「鵺鳥」と呼ばれたトラツグミの声も含め)。
     聞いてみたいような、何やら怖ろしいような。
     そう言えば、僕が十代の頃、映画『悪霊島』が公開されましたが、同映画の宣伝コピーが「鵺の鳴く夜は恐ろしい」でした。
     そのときから、僕は「鵺」というものに囚われているようです。

  • 拜大山祇御陵への応援コメント

    こちらも大山阿夫利神社の歌でしょうか。神々しいながら何とも和やかな雰囲気が感じられます。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     これは宮崎県西都市の西都塚古墳群を訪れたときのことを詠んだものです。
     同地には、大山祇の神の奥都城とされる大山祇塚があります。
     神様のお墓が前方後円墳として目の前の実在し残っている(まあ、科学的な判断は留保しますが)ということに驚き、非常に感慨深く思いました。
     近くには、大山祇の神の娘である木花之佐久夜毘賣(木花開耶姬命)を祭神とする立派な都萬神社もあり、同社の末社には大山祇の神も祀られています。  
     そうした太古からのゆかりが現在まで代々受け継がれ、大切にされていることを、何とも好もしくありがたく思い、その感動を詠んでみました。

    編集済
  • 華表下への応援コメント

    愛らしくも神さびた狛犬の姿が伝わってくるようです。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     狛犬や石仏、石の地蔵などの造形物は、どうも近代以前の作に惹かれます。
     作り物ではなく、そこに実際生きているといった佇まいが伝わってくるように思われます。

  • あり立つへの応援コメント

    鷺の仲間って、水の中に一羽たたずんでいるのを、ちょくちょく見かけますよね。
    巣を作る時には群れながら、一羽で居るときは孤高を感じる、不思議な鳥だと思います。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     天然に対するに絶対的な孤独を従容として受け入れる覚悟が彼らの佇まいから感じられますね。

  • 鎭雨への応援コメント

    こちらも大山の神様に捧げる祝詞のような歌ですね。山から立ちのぼって全国へ広がってゆくような厳かさを感じます。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     天然の圧倒的な力と人間的な善悪を超越した想像を絶する振舞いには、言葉を失い、ただただ祈るしかありませんね。

  • 神鎭への応援コメント

    こちらも暴風雨に対する歌ですね。神の鎭まることを祈る心が、まるで祝詞のようです。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     人間の基準としての善悪を超越した天然の差配にはただ祈るしかありませんね。

  • 挽歌への応援コメント

    高龗神、闇龗神の神名が挙げられていますが「須佐び」という所で須佐之男命とその荒びぶりを連想しました。
    古の人にとって大災害とは如何ともできない、何処かの神の荒びだったのかも知れませんね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     天然の圧倒的な力を前に、人間はなすすべもありませんね。

  • 題寄居子への応援コメント

    春のうららかな浜辺が思い浮かびながら、どこか寂しさが伝わりますね。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     生きるということは寂しいことですね。

  • Seminário ou Colégioへの応援コメント

    タイトルありで掛詞的に読むと、また楽しい一首ですね。
    羨ましいです、こういうことばのセンス。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    少し遊びました。

  • 鶺鴒への応援コメント

    御夫婦で歌を詠めるのは素敵ですね。
    もそろもそろに、そろそろというあたりでお二人のご様子が目に浮かびます。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     わくらばに、この人と出会う事が出来、まさに半生と言える年月を共に過ごす事が出来ている僥倖こそ、天が僕に与え賜うた最大の恵と感謝しております。

  • 題蒜苗炒皮蛋への応援コメント

    これに合いそうなのはスクナビコナの醸し酒よりビールっぽいですね。
    美味しそうな歌でお腹が減ってきてしまいました。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     おっしゃる通り、ビールが進みます。

  • 散る藤をへの応援コメント

    鬱蒼と繁る林の緑陰で紫色の花穂ゆらす藤

    ささやかながらの応援返歌です。
    近くで野生の藤を見かけていますが、とても綺麗です。

    作者からの返信

    お読みいただき、ありがとうございます。
    また、返歌まで頂戴し非常に嬉しいです。

    上枝なる藤の花房獺の書の室にし屆きやはする
    ほつえなる ふぢのはなぶさ かはをその ふみのむろにし とゞきやはする

  • への応援コメント

    古において、世界は、予期せぬものにあふれていたのでしょう。天気予報も天体の動きの予測も進んだ現代の私には想像しかできません。

    理を理解できぬ事象に翻弄されて生きることは、不幸と言えるのですが、心の有り様として奥深かったのではないかとの指摘に、考え込むも、下手な考え休むに似たりで答えは出ません。

    作者からの返信

     コメントを頂戴しありがとうございます。
     現代人の賢しらで、過去の人々の迷いを蔑むのは違うように思います。
     現代に生きる我々は、昔の人に比べて開明的とは言え、それは自分自身の手柄ではなく、先人などの積み重ねの上に得た僥倖に過ぎないということを肝に銘じておくべきだと思います。
     まあ、このような僕の観点も、すでにクロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』などで喝破された所ではあるのですが。