第40話 バブみ
翌朝。
「ん? なんだこれ」
目を開けた圭の視界には、顔の上に乗っている何かが見えた。
白く、紙のようなそれをつまむと封筒だった。
達筆な大人の文字で『圭へ 母より』と書かれていた。もちろん圭にしかわからない日本語で。
来た、来てしまった、忘れてたけどシエルからだ。
妹の次は母かよ。
開けたくない、前回同様嫌な予感しかしない。
でもリーゼが起きる前にコイツを読まないと、中身をリーゼには見られたくない。
会話を知られたくないとかではなく、あのアホをリーゼには見られたくないのだ。
そっと腕枕を外し、家の外に出る圭。
まだ誰も起きていない広場のベンチに腰をかけ。
気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。
「スー、ハー、よし! 覚悟はできた、かかってこいやシエル!」
封筒からから取り出した便箋には見覚えのある魔法陣。
魔法陣が光り出し、ノイズと共にホログラムが浮き出る。
モコモコのショートパーマのヘアスタイル。
目尻のピッ●エレキバン。
割烹着にエプロン。
右手にふとんはたき。
左手には長ネギの飛び出た買い物カゴ。
短いソックスにつっかけサンダル。
またしても口に出してはいけないアレだった。
「圭! あんたはもう、ずっとお母さんに連絡もよこさないで!
ちゃんと元気でやってるの?
ちゃんと食べてるのかい! もうお母さん心配で心配で」
覚悟を決めたはずなのに、すぐさま心が折れた圭は、そっと便箋を閉じた。
なんなんだ、この茶番は。
便箋の中からくぐもった声がする。
「ちょっとタカシ! アンタまたそうやって部屋にひきこもって!
出てきなさい! お母さんは悲しいよ!」
「俺はタカシじゃねーよっ! 圭だ!」
勢いよく便箋を開けてツッコむ圭。
「もう、圭は、25にもなってパンツ被って! なにやってんの! 情けない。
お母さんは圭をそんなふうに育てた覚えはないよ!」
「誰のせいだと思ってんだこのクソシエル!
パンツ以外もそうだ、なんなんだよこの変態スキルは!」
「まあこの子は、お母さんに向かってなんて口の利き方なのっ!
そんなこと言う子には、お母さん全体攻撃しちゃうわよ!
さらに1ターンで256回も攻撃しちゃうわよ!
どう? バブみを感じる?」
「すいませんでした、ホントに勘弁してください。
ガチで各方面に訴えられるんで、そういう発言はマジで勘弁して下さい」
作者すら殺しにかかってくるシエル。
というか書いてて冷や汗ししか出てこない件。
「ところで圭、そろそろ良い人いないの?
田中さんとこの香波ちゃん、結婚したらしいわよ?
もうアンタがモタモタしてるから、なんでちゃんと捕まえないよの、この甲斐性なしが」
リアルだ、リアル幼馴染の名前出された。
これは酷い、酷すぎる。
小中高と一緒だった幼馴染、そして初恋の相手だった、高校の時にフラれたけど。
告白シーンが鮮明によみがえる。
『あ、ゴメン、勘違いさせちゃったね、そういうつもりじゃなかったんだけど。
良い人だとは思うんだけど、カレシにするとなると、なんか違うっていうか』
この言葉を最初に言われたのが香波だった。
そうか、結婚したのか。
一回死んだけど、もうダメ、死にたい。
思い出したくない過去のモテない系トラウマ。
俺が何か悪いことしたのだろうか?
いや、罪は背負ってるけどさ。
それとこれは別問題じゃね?
なぜこんなにもエグってくるのだ。
てかシエルは俺の味方じゃなかったの?
「あの、シエルさん」
「お母さんて呼びなさい」
「はい、お母さん、もう俺のライフはゼロだよ。
頼むから古傷エグるのやめて」
かかってこいや、と意気込んだ圭は、1Rもたずにマットに沈められた。
「ところで圭、そろそろ次の街に行く頃だと思います。
そこからは王都を経由して、隣の国へ行きなさい。
最終的には西のリスタット王国へ、そこが魔族に攻められてる国です。
魔族の勢力圏から一番近い国になります。
よいですか、くれぐれも進むべき道を間違えてはなりませんよ。
人類を救うのですよ」
「リスタット王国か、わかった、最後はそこに行けばいいんだな。
それとさ。
スキルの内容、あれなんとかなんねーの?
変態すぎて俺さ、心が折れそうなんだけど、むしろ折れた」
「なんともなりません、お母さんからの愛のこもった試練です。
それとこの世界に青少年保護条例はありません。
パンツ被ってヤっちゃいなよYOU!」
真面目な台詞言ったかと思えばコレだ、やはりシエルはシエルだった。
「愛なんか微塵もこもってねーだろーが!
パンツ飛ばすってなんだよ!
ヤるとかヤらないとか、中学生かおまえは!」
「とにかく、村の人達を救ったのはとてもいことです。
これからも多くの人を救っていきなさい。
今はまだ魔族を相手にするには力が足りません。
もっとランクアップをしてスキルを増やすのです。
いいですか、人間という種の個体群は、母数が増えるとその中に必ず悪をはらみます。
魔族だけが人間の敵ではありません」
「そう、それなんだけどさ、ちょっと聞きたいのがあって。
悪人が居たとしてだ、俺が殺すってのはタブーなんだよね。
それってさ、直接殺すのはダメだけど、間接的に関わって結果として死んだってのは、ダメなの?」
「圭、やっとルールの意味に気付いたようね。
やってはいけないのは直接殺すこと。ここまで言えばわかるわよね」
「なるほど、それだけわかれば十分だ」
「電話代かかるから、そろそろ切るわよ」
「え? これ電話だったの?」
「尚、このメッセージは聞いたあと、例によって例のごとく消滅する」
「うん、その台詞にはツッコまないからね」
「また手紙出すから、ちゃんと元気でやるのよ」
「やっぱこれ手紙じゃないか!」
それだけ言うと、シエルのホログラムは消えた。
あとに残った便箋と封筒も燃えて無くなった。
広場からトボトボと家に帰る圭。
扉を開けるといつのまにかリーゼが起きていた。
昨日と一緒でリーゼの胸に抱きつく圭。
「どうしたのブルーレット、散歩でも行ってたの?」
「シエルに心を折られた、香波が結婚したって」
「シエル? カナミ? 誰それ、ブルーレットには私がいるでしょ!」
それにしてもこの魔族に甘えられる優越感、たまらない!
圭の頭を撫でながらリーゼの口元は緩みっぱなしだった。
「うん、俺、リーゼに一生ついてく、嫁になんか出さない!」
「なに訳わかんないこと言ってるの、出発するんだからシャキっとしてよ」
「そうだな、クソシエルめ、今度会ったら収納スキルで身ぐるみ剥がしてやる!」
「あ、なんか元気でた」
「さて支度して広場に行くか」
「うん」
リーゼが簡単な朝食を作り、一緒に食べる圭。
食べなくても平気だと、何回かリーゼに言ったのだが。
一緒に食べないと寂しい、とうるうるした目で言われた圭は、なし崩し的になるべく一緒に食べるようになった。
部屋の私物は前もってあらかた処分してある。
村長にこの家は新しい住人が来たら使って欲しいと、話を通しておいたからだ。
簡単な片付けを終え、広場へと出る。
2人の出発ということもあって、広場には朝から住民全員が集まっていた。
「ブルーレットさん、村を代表してお礼を言わせてください。
本当にありがとうございました、道中お気を付けて。
それと、リーゼ、元気でな。
ここはお前の故郷だ、いつでも帰ってきていいからな」
村長にそう挨拶された圭とリーゼは、置き土産にパンツ500枚を渡した。
別れの最後にパンツとか、どこまでも締まらない圭だが、女性達からは歓声が上がった。
パンツもだいぶ浸透したようだ。
ここでふと、思う。
最後にブラも置いていこうかと。
「えーと、みんな! 短い間だけどお世話になった。
色々と楽しかったよ。
それでコレ、ブラジャーって言う新しい下着なんだけど。
みんなにあげるね、今から全員に配るから、女性は1列に並んで」
パンツの伝道師が出した新しい下着だという物は、見たこともない形状の物だった。
圭が手に出したのはブラとスポブラの2種類。
リーゼが使用した感想からすると、若い胸の小さい人はスポブラ。
成人女性である程度の大きさがある人は普通のブラ。
この振り分けがベストだろうと圭は判断した。
片っ端から採寸スキルを使い、それぞれに合ったブラを渡していく。
1人3枚のブラを渡した。
その中で適当にリーゼが何人か連れていき、リーゼの家で使い方をレクチャーする。
全員にブラが渡りホクホク顔の圭。
女性陣も圭に感謝しているようだ、特に胸お大きい人は神を見るように圭を見ていた。
これであの面倒臭いサラシから開放される、そう思うと喜ばずにはいられないだろう。
「くれぐれも、自分の大きさに合った物を使ってね。
もしサイズが合わなくなったら、他の人に使い回すか。
自分で似たようなのを作ってみてくれ」
「本当にありがとうございます、このブラ、大切に使わせていただきます」
異口同音に感謝を述べる女性陣。
そんな住人に見送られ圭とリーゼは村から出た。
いつまでも手を振って見送る住人を、荷台から顔を出してリーゼが手を振ってこたえる。
圭とリーゼの旅が今始まる。
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