word57 「歌う曲 何がいい」①

 ああ、裕実たん。かわいすぎるよ。一体どれだけかわいいんだ――。


 君の前では女神や天使すらもモブに成り下がる。足元にも及ばないだろう――。


 もしも可愛さが罪になる世界だったら、君は重罪人さ――。


 折原との初デートを終えた次の日から数日間、僕の頭の中ではこんな唄が繰り返されていた。折原へ捧ぐ愛の唄だ。


 何をしている時も勝手に始まって、こんなことばかりで頭を満たしていてはダメだと別のことを考えだしても、すぐにまた愛の唄に置き換わって、それを何度も繰り返している。そう、恋のミルフィーユが出来上がってしまっているのだ。


 脳内での呼び方も「裕実たん」に変わった。気持ちが悪いことは自分でも分かっている。けれど、どうしても止まらない。


「今度行くラーメン屋決めよう」


「いいね」

「私は辛いの行ってみたいかも」


「辛いのかあ…」


「激辛はお苦手で?」


 メッセージでのやり取りは続いていた。学校が終わって放課後になると僕の方から送る形で、夜中の間にスマホを通して会話した。


 お互い休日の時と違って返信速度は遅いけど、夜になる度に仲を深めていた。特に折原は数時間返信してくれないこともあったが、無視されることは無くて、たまに勢いよく連投が来た。


「前に話題になってた激辛カップ麺を一口食べてみたけど、それだけでギブだった」

「激辛はお好みじゃない」


「食べ続けてると大丈夫なってくるよ」

「大丈夫に」


「そういうもん?」


「軽いのからチャレンジしよう」


「はい」


 裕実たんから言われたことであれば何でも聞けると思った。むしろ従いたい。そのぐらいに愛おしかった。


 「死んで」という頼みがギリ聞けないくらいで、それ以外なら大体聞ける気がした。正直黒いパソコンを頂戴と言われても、余裕であげられる。記憶を消す装置まで使って守り抜いてきたものだが、裕実たんの為なら惜しくは無い――。



 デートをしてから4日後の木曜日は軽音部の活動がある日だった。顧問の先生や教室の空き状況を考慮して練られる活動日は大体週2回か3回。僕はギターを持って珍しく使える音楽室へ、ギターを背負って入った。


 今週は火曜日にも活動があった。しかし、その日は折原が何か用事があったらしくて参加していなかった。だから今日は今週初めての折原がいる部活だった。


 学校で僕たちが話すことは無かった。メッセージで示し合わせていた訳ではないけど、お互い学校で見かけても声は掛けなかった。目が合っても、先週と変わらない態度ですれ違う。まだそういうのは早いだとか、周りに注目されるのは嫌だという僕と同じような気持ちなんだと思う。


 そのため軽音部でも先週と変わらず過ごすことになるので、折原がいるからどうしようということでもないのだが、やっぱり特別だ。そこにいるだけで視界に花が咲く。そこにいるだけで、夢の中にいる気分になる。


 僕は既に来ている男子グループの輪に加わった。女子のほうにも見えるように黒いギターを取り出して、腰を落ち着ける。


「なあ、今日もあの曲の続きから教えてくれよ――」


「いいっすよ――」


 予定通り前回と同じ感じで軽音部の活動の時間は進んだ。いや、折原がいる前回よりも楽しく。


 僕はこの前からギターの上手い後輩に指導してもらっていたので、雑談をメインにしつつも好きな曲をうまく弾けるように練習した。


「先輩、このパートは指をこうじゃなくて、こんな風に運んだ方が上手くいきます」


「どう?」


「こうです」


「こうか……あ、確かに弾きやすいかも」


「それで、こうしてこうです」


 時に上手い奴同士でセッションしたり、時に全員楽器を置く時間があったりで、1時間経っても2時間経ってもいつも通りの軽音部は続いた。


 変わったのはもう下校時刻になるという時だった。音楽室のドアが突然開いて、顧問の先生が顔を覗かせて言った。


「お前らー今年はみんなの前で演奏するかー」

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