第3話・ここは、わたしの知る物語の中。

 あの日から、気づけば10年以上の月日が流れた。

 エリオットに手を引かれるまま彼が運営する孤児院へ入ると、そこにはわたし同様に魔物に襲われ両親を亡くした子供や孤児院の前に捨てられていた子供たちが暮らしていた。

 孤児院を運営すること自体、慈善団体や貴族の寄付が欠かせないというのにそこそこ大きい街の中心にそれなりに立派な邸宅を構えて、孤児院にするなんて…。

(エリオットは本当にただのヴァンパイアなの?)と、当時のわたしは不審に思っていた。だが、それもおそらく彼は貴族か何かだからなんだろう。そう思えば大体の辻褄がある。


 血のつながりのない兄弟なのだが、わたしは少し彼らと距離感が合った。おそらく、わたしが本の虫だからだろう。

 エリオットの運営する孤児院に来てからまずは文字の読み書きができないことには始まらない、とエリオットや読み書きができる年上を捕まえて、勉強をせがんだ。


 エリオットもそうだが快く受け入れられて、文字の読み方と書き方を学んだ。

 そこからようやく、わたしは本を読み世界が━━━以前読んでいた漫画作品【アミュレットナイト・サーカス】の世界であることを知った。


(オイオイオイ! つまりわたしっ、好きなマンガ作品に転生したってことォ?!)


 普通だったらヒャッホーイ!と叫んで大喜びしていたところだが━━━魔物に襲われていてそんなこと言えない。

 今はもう塞がっている傷口だが、時折痒くなるし、治ったとはいえそこだけ目立つから、わたし自身あまり見たくない。

 まさか転生先が【アミュレットナイト・サーカス】の世界だったなんて知った時は、ものすごい複雑な感情だった。

 主人公らの視点だったら確かに、楽しく愉快な世界に思えるが、原作マンガはモブに対して非常に厳しかった。

 現在進行形でモブであるわたしも言わずもがな、というわけだ。



 閑話休題。

 わたしが住む国は、アルメリア王国。原作では、主な舞台の国になる。

 まず文明レベルだが地球でいうところの近世寄りの時代背景をしている。

 建物は石造りのものが多い。原作者はイギリスをモデルにしている、と語っていた。

 識字率だが、一般人はほとんどが書けないし読めない。計算についてはアラビア数字を使っているためわざわざ覚える必要がなくて助かった。

 金銭感覚も原作自体が現代日本で作られたせいか1円は1円、100円は100円の価値しかない。おそらくだが国によって金銭価値は変わると思われる。

 そして衛生━━━スラム街は推して知るべしだがアルメリア王国の都市部は上下水道が完備されているようで、鼻をつんざく酷い臭いはしない。

 病院などの福利厚生施設は一般に開放されてはいない。というか、この世界の人は風邪を惹いたら医者にかかる、という概念がそもそも存在していないようだ。

 その点は現代日本とは違うようだ。


 仕事についてだが両親(主に父親)が漁師であれば、息子は漁師になるように基本的には家族で同じ職業に就くことが多い。選択職業については土木…というべきなのだろうか?

 一番お給金が高いのは、魔物避けの城壁の補修。「ウォールリペア」と呼ばれ、各街や都市部に配置されている。お給料がいいのは命がけだから、というのもある。

 特徴的なのは年齢制限があることだ。13歳~40歳まで。妥協の許されない仕事のため非常に厳しく、誇り高い職業とされている。


 近世に近い世界観のためか、未成年でも働くのは当たり前で学校に行ってお勉強をする、というのはお金持ちがするもののようだ。

 子供が出来る仕事となると飲食店の皿洗いや配膳なんかの簡単な仕事になるが、10歳になるとより善悪の判断がハッキリするため兵士などへ志願もできるそうだ。扱いとしては軍の一部だが警察官のような役割も担っている。

 …ちなみにウォールリペアとは、かなり仲が悪いという話だ。


 こうした常識は忘れないうちにメモをしておくのだ。

 紙は貴重なのだが、エリオットの家には紙も本も、インクも贅沢なものが揃っている。やはりエリオットは貴族出身なのではないだろうか…?


【原作】に出てくるヴァンパイアの多くは、娼婦あるいは深窓の令嬢から産まれることが多いと言及されていた。

 ネット上の考察ではヴァンパイアはヴァンパイアで、自分好みの女の子を見繕っているんだろうと言われている。

 ならばエリオットの母親も推して然るべき、か。





「にしても……」


 似ている。

 誰が、と聞かれればわたし、ユキシアが。親友の夢小説で主人公になった「ユキシア」に。

 幼さの残る顔立ちだが、あと数年もすれば彼女が描いた通りの「ユキシア」の顔になるだろう。

 両親と住んでいた頃は、鏡なんて高価なもの家にはなかった。かといって水の反射をマジマジ見る機会もなかった。

 孤児院にやってきて、鏡を見たことでやっと疑問に思うようになった。


 …………やはり親友の趣味の顔してるな。普通に美少女過ぎてヤバいわ。自負しているとナルシストに思われるけど、でもこれは自負しなければ勿体無いくらいの美少女だわ…。

 ユキシアとして生まれ育って13年の時が過ぎているというのに、わたしは自分の顔そのものに慣れていなかった。

 仕方ない。ここで生きるより日本で生きている方が長かったのだから。せいぜい足掻いて長生きしてやろう、と思う今日この頃だ。



「ユキシア」

「…アレン……」



 自室から移動して談話室で1人本を読んでいると名前を呼ばれた。

 顔を上げると、そこには黒髪と深緑の瞳をした青年・アレンがいた。

 アレンはわたしよりほんの少し年上で、先に孤児院にやってきた子だ。面倒見がいいからか年下の子たちから「兄さん」と呼ばれて慕われている。わたしとは真逆のタイプだ。


「今大丈夫か?」

「…うん」


 彼に連れられ中庭に出る。そこには数人の幼い子供たちが無邪気に遊んでいた。

 エリオットはというと、またどこかで子供を引き取っているんだろう。

 この家は便宜上「孤児院」と呼ばれるが、実際にはエリオットの私邸であり、エリオットによるエリオットのための箱庭だ。だがアレンのように、親に虐待され、忘れ去られ、日々飢えと暴力に怯えていた子供からしたら彼は正しく救世主に見えたことだろう。

 わたしにとっては、エリオットはエリオットで、ヴァンパイアでしかないが。


「ユキシア、俺はそろそろ自立しようと思っている」

「…そう」

「驚かないのか?」

「別に。それに自立はいいことだと思うけど。エリオットもいつまで生きているか分からないし」


 アレンは「不吉なことをいうものじゃない」とわたしを窘める。

 だが事実だ。ヴァンパイアは不老長命というだけで不死ではない。ここが【アミュレットナイト・サーカス】の世界ならば、ヴァンパイアハンター組織〈ガーディアンズ〉は存在している。


「ヴァンパイアは永遠の時を生きられる。俺も同胞であれば…エリオット様の孤独を癒せただろうに」


 アレンは特にエリオットやヴァンパイアに対して盲目的だ。

 外でそれを出すことはないが、どいつもこいつもヴァンパイアを認めない存在だと秘かに怒りを抱いている。━━━おそらくだが、アレンはヴァンパイアになりたいのだ。当然だがこの世界に後天的にヴァンパイアになる方法は存在しない。それは【原作】でも語られている。

 とは言ったものの、どこで働くか考えていない。まさか10歳でハロワもない世界で就職活動するとは思いもしなかった。


「ユキシアはどう思う?」

「どうって?」

「エリオット様のことだ。俺の気持ちに同意してくれるよな」


 太陽を背に顔が逆光で陰になりその表情は妄信的な宗教の信者のようで気持ち悪かった。

 前世ではこういうタイプは周囲にいなかった。いなかったからこそ好きになれない。


 見ての通り、わたしはアレンが苦手だ。ハッキリ嫌い、と言えればいいのだがエリオットさえ関わらなければアレンは子供たちにとってはよき兄役であることには間違いない。

 同意ってどういうこと?主語抜けてない?


「エリオットには感謝してる。でもそれだけ。エリオットがわたしに望んでいることを、わたしは必ずしも返せるとは思えない」

「なんだと?」


 ギロリと目が光りわたしを睨むアレン。

 あー、とかえー、言いながら「じゃあわたしはこれで」と苦笑いを浮かべながら逃げるようにアレンの前から走り去る。

 おぉ~こわっ。ああいう妄信的なタイプは前世でもそうだったけど好きになれない。他人に自分の人生を委ねようなんて人に命なんて預けられないし、信頼もできない。


 廊下を進み自室へ帰ろうとしたら、玄関から子供たちのざわつく声がして「なんだろう」と思い、近づいていくと子供たちがエリオットを囲んでいた。

 なるほど、エリオットのお迎えか…と思った矢先血のニオイがした。

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