アミュレットナイト・サーカス~好きなマンガ作品に転生したわたしは、最強のヴァンパイアハンターになります!(うそ)~

白橋桔梗

プロローグ・公演終わりの夜に…

『本日の公演をご覧いただき、誠にありがとうございました。足元が暗くなっておりますので、お帰りの際はどうぞおきをつけください』


 丁寧なアナウンスが響き、雨上がりの石畳を街灯がキラキラと照らし、分厚い雲の隙間から覗く月が怪し気に輝く夜。『アミュレットナイト・サーカス』の公演は大成功に終わった。

 夜中だというのに帰途につく観客の表情が明るく、どことなく足取りが軽かった。


「ふぅ~終わった終わった~…!」

「これでやっと休める」

「オメーら! サボるなよ! 早く片付けしろ!」


 公演を終えたばかりだというのに元気に騒ぎた立てる団員たちを遠目に見ながら水分補給をして、巨大なテントを見上げた。公演中にすっぽッとライトに照らされて火照った身体から流れる汗をタオルで拭う。


 ここはアマリュス大陸になるアルメリア王国のとある貿易都市。隣国リンドニウム帝国とイステリア共和国の国境近くで、非常に栄えた貿易都市でもある。

 この街にやって来たのはほんの3日前。今日が初公演だった。巡礼を重ねる中で徐々に名を知られるようになり、今ではこうして満員御礼を記録するまでに成長した。━━━そんな『アミュレットナイト・サーカス』にはちょっとした〝ヒミツ〟があるのだ。


「今日の公演、お疲れ様だったな」


 背後から近づいて来る人の気配に気づいて振り返る。そこには予想通りのひとが立っていた。


「ありがとうございます、団長」

「お疲れっす!」

「お疲れさまです!」


 わたしに続いてその場にいる団員たちが団長であるエルキュールに頭を下げていく。


「公演は始まったばかりだ。明日には演目「ムーンライト」を予定している。気を抜かずにやるように」


 と声をかけて去って行くエルキュールは、誰にも気づかれないようにわたしに目配せをした。


 公演1日目が終わっても、わたしたち『アミュレットナイト・サーカス』の仕事は終わっていない━━━。





◇◇◇





 団長のテントに集められたわたしを含めた7人はこれからが本番の〝お仕事〟がある。


「この貿易都市では、つい1ヶ月ほぼ前から若い男女の遺体が多く発見されている。

 昨日までに81件」

「は、はちじゅういち!? …しんじらんねぇ…」

「それだけ数が多いってこと?」


 エルキュールは「まぁ待て」とばかりに片手を上げた。その場に集められた全員が口を噤んだ。


「シャーロット、報告を頼む」

「ヘイヘイ」


 眼鏡をかけた髪の毛の毛量が非常に多い女性・シャーロットが報告を始めた。彼女のは数日前から事前にこの都市に入り情報を集めていたのだ。


「襲われているのは当然だけど夜で、意外にも大通りから近い場所で遺体が発見されている。特徴的なのは男性の遺体は非常に惨たらしく、女性は全身から生気の抜けたような状態で発見されている。

 金品目的の強盗ではなく、無差別に若い男女を狙った犯行を1日に2~3件引き起こしている。

 素性の情報は皆無だね。音もなくひとが倒れているって通報ばかりだ」

「思った以上に深刻だ。こうした騒ぎに便乗して数が増えれば目も当てられない。━━━分かっているな?」


 エルキュールの瞳がギラリ、と光る。

 わたしたちを睨みながらまるで「やれるな?」と念を押しているように見えた。


「もっちろん! やってやるぜ!」


 赤毛の青年、アッシュ。


「人々が安心して眠れる夜を守るのが、我々の役目ですから!」


 黄緑色のサイドテールの少女、クレア。


「当然だ」


 黒髪の少年、レーン。


「出来ることを熟しますよ」


 そして亜麻色の髪をしたわたし、ユキシアが返事をしてこの度の事件を解決するよう命じられた。




◇◇◇




 わたしたち4人は『アミュレットナイト・サーカス』に所属してからまだ3ヶ月しか経っていない新人であり、これまで先輩方と組んで様々な事件を解決してきた。


「うっし! 初の単独任務だな! 腕がなるぜぇ!」と気合の入るアッシュ。隣にいるレーンもほくほくとどこか落ち着かない様子だ。


「丁度4人いるし、二手に別れる?」

「人数が多い方がいいんじゃないかな?」

「なんだユキシア。ビビってんのか?」


 クレアの提案を早々に却下したわたしにアッシュは不満そうに眉を曲げる。


「そうじゃなくて。事件は81件だけど、81人の被害者がいるわけじゃないんだよ」

「あーなるほど」

「? どういうことだ?」


 たった一言でアッシュはわたしと同じ考えに至った。クレアとレーンは首を傾げている。


「今回の〝相手〟は若い男女を襲っているんだろ。わざわざ二手に別れるより、大勢獲物がいるほうがいいに決まってる」


 夜も深まり鞠から明かりが次々と消えていく。街の道路を照らすのは電気灯と月灯りだけ。そんな中、歩いている獲物がいれば「どうぞ襲ってください」といっているようなものだ。


「誘いに乗って来るかな」

「そうじゃないと困るよ」

「ただの人間じゃ勝てないからな━━━ヴァンパイアは」


 ジッと月を睨むアッシュの橙色の瞳が輝く。


 ━━━ヴァンパイア。

 わたしたちの生きるこの世界に存在する魔物の一種。

 ひとの生き血を糧にする彼らはひとの街に入り込み、ひとを食い荒らす。

 今回の事件も何を隠そうヴァンパイアの仕業であることに間違いはない。


 わたしたちが所属する『アミュレットナイト・サーカス』の裏の顔とは、ヴァンパイア狩りをする組織の一部。



 ━━━わたしたちは、ヴァンパイアハンターなのだ。

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