第11話 羽化する天使 その二
*
不気味な音の波が高まり、弱まり、また高まる。
——…………グルイ MUGURUUNAFU…………フォMARUハウTOOO ンガァ・GUAA ナフルFUTAGUN…………クトゥグア……いあAAAA…………。
アフーム=ザーは呪文を唱えながら、虚空を見すえてゆれている。トランス状態のようだ。全身から炎のようなオーラが発し、髪は白く、肌の色も青ざめて見える。
龍郎はまったく身動きがとれなかった。指一本、動かすことができない。
しかし、足元から、しだいに何かの波長が高まりつつあることは感じていた。魔法陣の遥かむこうから、巨大な隕石のような何かが猛スピードで近づいてくる。召喚の呪文にひきよせられている。
(くそッ。このままじゃ、いけない。クトゥグアがやってくる)
なんとかならないだろうか?
アフーム=ザーの召喚呪文をとめることができれば……。
——…………FUNGUルイ MUGURUUナフ…………フォマルハウTOOO…………。
アフーム=ザーの呪文に呼応して、周囲の戦闘天使たちが唱和し始める。
——…………FUNGUルい MUGURUUナフ…………フォマルハウTOOO…………ンガァ・GUAA NAFURUUフタグン…………クトゥグア………………。
——いあAAAA……クトゥグア…………。
——IAああ いあAAAA……クトゥグア フタグン…………。
怪しい呪文に空間が満たされた。大合唱となってこの世界全体に響きわたる。
魔法陣の彼方からの波動がひときわ高まる。ドン! ドン!——と、何者かが次元の扉をたたく鳴動に、魔法陣はゆれた。
そのときだ。
龍郎は自分がまだ、戦闘天使たちのバトンをにぎっていることに気づいた。手が硬直して離すことすらできないのだ。
(もしかしたら、これで、まだ……)
戦えるのかもしれないと考える。戦闘天使のバトンは念じるだけで攻撃が可能だ。
そして、今このときに、一撃で状況を劇的に変えるための標的にするとしたら、それはアフーム=ザーしかいない。彼の呪文をとめれば、あるいはこの召喚を中止させることもできるかもしれない。
(アフーム=ザーを……ヨナタンをしとめれば——)
龍郎は振り子のようにゆれるヨナタンをながめた。青ざめた炎に包まれ、その姿はもはや、人とは言えない。あれはヨナタンではないのだ。それどころか、人類の敵だ。そう。だから、今、やるしかない。
わかってはいるのだが、決心がつかない。ヨナタンの顔、ヨナタンの姿を見れば、やはり、まだ救えるのではないかと思案してしまう。
だからと言って、このまま、無抵抗で生贄にされるわけにはいかなかった。マルコシアスは待っていろと言っていた。帰ってきたときに龍郎が死んでいたら、マルコシアスまで危険にさらすことになる。
——フングRUUIII ムウGU RUUUUナフ クトゥグア FOOMARUハウトOOOO NNGAA・グAAアア NAFU RUフタグン いあAAAAAA! クトゥグアーッ!
——フングRUUIII ムウGU RUUUUナフ…………。
——クトゥグア FOOMARUハウトOOOO…………。
——NNGAA・グAAアア NAFU RUフタグン…………。
——いあAAAAAA! クトゥグアーッ!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
呪文の周期が速くなる。
いっせいに戦闘天使たちが叫んだ。
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
魔法陣をつき動かす振動が頂点に達する。地面にひび割れが走った。
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
—— いあ! クトゥグア!
ひび割れの下からまばゆい炎が白熱して現れる。
龍郎は決心した。
バトンに念をこめる。
次の瞬間、血の底から現出しようとする炎のかたまりを圧するほどの強い光が、バトンのさきから噴出した。それは、まっすぐ巨石を撃ちぬき、白い金属でできた塔を破壊した。根元から折れた塔は轟音をあげ、巨龍のごとく周囲の建物を次々に倒壊させる。
が、唱和は止まらない。
アフーム=ザーじたいが無傷だからだ。
とは言え、サークルが断裂したことで、アフーム=ザーの集中力がわずかにとぎれたようだ。よろめき、ひざをついている。アフーム=ザーの憑依の力が弱まっているのだ。
「ヨナタン! 目をさませ! お願いだ。いっしょに、うちに帰ろう!」
ヨナタンが顔をあげ、龍郎を見る。その目の色が一瞬、正気に戻った。
「タツロウ……」
「アフーム=ザーなんかに負けるな! ヨナタン。君は君だろッ?」
「…………」
もしかしたら、このまま、アフーム=ザーの呪縛から脱してくれるかもしれない。ヨナタンが呪文を唱えなければ、召喚は失敗し、龍郎たちはぶじに帰宅して、これまでどおり平和に暮らせる……そんな希望をいだいた。
しかし、見つめる龍郎の前で、ヨナタンの表情が一変する。瞳に邪悪な知性が宿った。
「FUHAHAHAHAッ、 HAッ、 HAーッ! イアーッ! クトゥグア! NAFURUFUTAGUN クトゥグアーッ!」
かん高い音の波が、ヨナタンの口中からほとばしった。
魔法陣がメキメキと音を立て崩れる。
やはり、ダメだ。
召喚をとめられない。
龍郎が絶望した瞬間、空間が破裂した。クトゥグアが出現したのだと思った。が、違う。それとは別の波動だ。
結界を突破して、目の前に青蘭が現れる。
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