ログインライン~妖精世界が繋がった~

渡貫とゐち

第1話


 少年が目を覚ますと、枕元――そこにあるはずのスマホの代わりに、金髪の美少女がいた。白いワンピースを纏い、髪を後ろで結んでいるためうなじが見えていた。日本人離れした白い肌、胸があって、お腹が引っ込んでいて……引き締まったスタイルをしている。


 男が見れば絶対に振り返るような美貌だった。ただ……、彼女のサイズは小さく、手のひらに乗ってしまうほどだろう。虹色の薄い羽が背中から生えている。繊細な薄さで、向こう側の景色が透けて見えるほどだった。


 ……なんだこれ、と思わず呟いてしまった。


 少年――葛西かさいあおが、おそるおそる彼女を人差し指で押してみる。


 ……でかい虫、じゃないよな……?


 全ての虫がこんな見た目なら、嫌悪感を抱くこともなく叩き潰すこともないのだが……、すると、指で突かれたことで少女が「うぅん?」と目を覚ました。


 色っぽく体を起こした彼女が、目元を擦りながら、ぱちくり、と目を見開く。


 女の子座りをしている彼女は、見れば見るほど妖精だった。絵本によく出てくるそれそのものであり――人のイメージに寄せ過ぎているとも言えた。


 妖精って、ほんとにこんな見た目なの?


「っ、へ、へ――」

「へ?」


「きゃッ、へんたいへんたいバカ巨人族ッッ!?!?」


 ちゃっかりと、反撃として頭突きをしてくるあたり彼女は好戦的だった。


 彼女の石頭が鼻頭に当たり、少年の鼻から、つー、と血が出てきた。

 ぼと、と滴った赤い血を見て、少女が冷静になったようで――


「……え、と……」


「――話、しようか」



 中学生に上がったばかりの少年――あおは、祖母とふたり暮らしをしている。


 居間の畳に座ったあおと、向き合うようにテーブルの上で正座している妖精少女。


 彼女は名を、フローティアと名乗った。


「……ごめんなさい、わたしの早とちりでした……」

「いや、いいけどさ……」


 正座からスムーズに土下座へ移行した。妖精でもするんだ、と意外だった。

 日本の文化など知らないと思っていたが……。


「あおちゃんのお友達? いらっしゃい」


 と、祖母は年齢のせいか既にボケてしまっているらしい。普段はここまで酷くはないのだが……、サイズ感が違う彼女のことを見てもまったく驚くことがなかった。


 手のひらサイズなんだけど……大らか、とは言え、それでも気にしなさ過ぎでは??

 あおの友達ならサイズ感なんてどうでもいい、と本気で考えている節もあったが。


「朝ごはん、作ってくるわねえ」

 と、挨拶だけして去っていく祖母を見送ってから……あおが聞いた。


「ええと、ひとまずどちら様? ってことを聞かないとね……」


「わたし、こことは別世界の――いわゆる妖精の世界の住人です。こちらの世界が想像している妖精のイメージと一致しているようですね……もしかしたら、過去に妖精がこの世界へやってきて、妖精というものの認識を広めたのかもしれません。ですから、絵本などの妖精イメージが事実と一致しているのでしょう」


 そっくりだ、と思えば、事実を元にして作られているなら当然、似るのだ。


 人間のイメージに妖精が合わせたのではなく、妖精を見た人間がイメージを固定させた――だろう。普通に考えればそうだろうに、複雑に考えてしまっていたようだ。


「過去に……。じゃあさ、簡単に世界を行った来たりできるの?」

「手引きしてくれた誰かがいるのでしょうね。たとえば、あなたのような、【力】を持つ人に、とか」


「力……? いや、おれはなんにもしてないけど」

「自覚なしですか。まあそういうものですよね……いずれ分かりますよ」


 知った風なことを言う。まあ、あおの枕元にいたのだから、原因は彼――葛西あおである可能性が高い。

 彼女が外から紛れ込んだ可能性もあるが、外に出れば鳥に捕まってしまいそうな彼女が、この部屋まで辿り着けるかどうか……。


 逃げ込んできたのかもしれないが、どんくさそうな彼女がまず逃げ切れるわけもないので、この線はない。となると、あおが呼び込んだ、の方が信憑性がある。


「ひっ!? 獣がいますけど!?!?」


 鳥に襲われた可能性が出てきた。彼女、外に出ることを怯えるように、目の前に現れた四足歩行の獣に強く怯えていた。鳥でなくとも猫はどこにもいるものだから――


 あおは、色々と察した。


「飼い猫だよ。名前はトト」


 短足マンチカン、虎模様の猫がのそのそと歩いてくる。


 運動不足で肥えているため体が大きい。可愛げがないのが逆に可愛い飼い猫だ。


 猫だが、動きは遅かった……だが、フローティア――通称ティア――に興味が湧いたようで、トトが近づいてくる。


「トト、それは食べられないぞ」

「ですっ、美味しくないですよ!?」


 トトが前足でティアを小突いた。

 テーブルから落ち、畳の上を転がったティアが、必死な顔であおの肩まで飛んでくる。


 肩に乗ったティアがあおの耳たぶを掴んで震えていた。


「か、葛西、様……肩を借りますね……っ」

「おう……。あのさ、葛西様は堅苦しいからやめてくれ。あおでいいよ」


「あお様」

「様はいらない。たぶん、ティアの方が年上だと思うし」


 彼はまだ十三歳だ。

 サイズは小さいが、ティアが年下、にはとても見えなかった。

 小さいが年齢は上だろう……たぶん。


「そうですね……わたしの方が年上でした」

「いくつ?」

「言いませんけど!?」


 あおの想像よりも上っぽい。

 妖精とは言え女性である。これ以上の追及はやめておこう。


「あおちゃん、お友達も、ご飯ができたわよ」

「ありがとう、ばあちゃん」


「おばーちゃん、ありがとうございます、いただきます」

「遠慮しないでね。それと、トトちゃんの分も――」


「にゃあ」


 そんなわけで、葛西家の朝食だ。

 ティア用に小さく切り分けた食事を分けてあげて……、煮物なのだが、妖精が食べられるのだろうか。

 犬みたいに食べられない料理があるとは思えなかったが……それにしたって、煮物である。


 妖精が食べているイメージはなかった。


「んっ、美味しいですね、これ! この世界の料理に早速ハマってしまいました!」

「ティアの、故郷の料理はどんな感じなの?」


「果物や植物が多いですね。肉や魚は滅多に出てきませんよ」


 まったく食べないわけでもないらしい。サイズの都合もあるだろう……それに妖精と言えば森の住人だ。イメージ通りなら、果物植物が主食……。想像できる食卓だ。


 そんな子に、祖母の美味しい料理を与えるとは……贅沢である。

 味を占めたら戻りたくなくなるんじゃ……? というあおの懸念は当たっていた。

 ティアはあっという間に頬を落としてとろけた顔をしている。


「ん、うまあ」


 ――パシャ。


「今、なにをしましたか?」


 あお、と冷たい呼びかけにびくっとなる。写真を撮っただけなのに。


「つい、な……大丈夫、SNSには投稿しないからさ」


「? まあ、しないでくれるのはありがたいですが」


 知らないようなので、SNSのことを教えてあげる必要がありそうだ。

 ティアのため、ネットを開くと――「……あ」


「あおちゃん、食事中にスマホはダメだってあれほど、」

「あお、怒られてますけど?」


「待って、ばあちゃん。ティア――これ見て」

「?」


 SNSを開けば、出てくるのは町中で発見された妖精たち。ティアのような個体も多いが、虹色の薄い羽を持った――普通サイズの動物たちも同時にこの世界に存在していた。


 動物園から逃げ出したのか、と誤解されて騒ぎになっているようで……、日本でよく見る動物に薄い羽が生えているのが、向こうの世界の――妖精、ということか??


 妖精が、町中にいた。


「あ……、はい、妖精世界の住人ですね。妖精ですが、種族が違う獣も混じっています……ですね。まるで、ゲートが開きっぱなしになっているように、どんどんとこっちに…………あお?」


「そこでどうしておれを見る? おれはなにもしてないぞ!?」


「自覚のない原因はそう言うものなんです。まあ、あおが原因、とも言いづらいですが……」


 他にも、妖精を手引きした人物がいそうだ。


 妖精世界と人間世界を繋ぐ、【ログインライン】の持ち主が。



「……これ、わたしは帰れるんですかね……? 気づいたらこの世界にいたわけで、つまり帰り方も分からないってことなんじゃ……?」


 ゾッとする妖精の横では、あおが次々と投稿されるニュースを見ていく。


「あ、ヤバイ……町中で妖精が暴れてるみたいだ……、ばあちゃん、今日は外に出ない方がいいよ。町中がパニックになってるから」


「でも、お買い物はしなくちゃいけないからねえ」


「おれが買ってくるよ。学校もあるのか分からないし……――ティアは暇か? それとも、仲間を探して町に出るつもり?」


「…………いえ、様子見です。いま出ると狩られるような気がするんですよね……」


 手のひらサイズの妖精だと虫網に捕まってしまいそうだ。

 振り回された網に自ら突っ込んでいきそうな危うさがある。


「それ、人のこと言えませんけど……あおもそんな感じがします」

「偏見だなあ」


 と、否定するあおに、ティアが溜息を吐いて――


 ひとまず、ティアはあおの元で安全を確保することに決めたようだ。


「――葛西家にお世話になります……よろしくお願いしますね、あお、おばーちゃん」

「にゃお」

「あ、トト様も、よろしくお願いします」


 ティアよりも大きな体の猫が寄り添ってきて、喉を鳴らしながら甘えてくる。


 怯えながらも、ティアはおそるおそる手を伸ばし、トトの毛を撫でた。


 安全である、と分かってからは、ティアがトトに抱き着くようになった。

 が――、



「油断した時に、がぶ、っといかれないようにな」


「怖いことを言わないでくれますか!?!?」





 ・・・ おわり?

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ログインライン~妖精世界が繋がった~ 渡貫とゐち @josho

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