あなたがいないと生きられない(3)
さようならとか、バイバイとか、また明日とか、そんな感じの言葉が飛び交う中を無言で抜け出して家路につく。なんとか絡んできそうな人たちには遭遇せずに抜け出すことができてホッとしている。
昼食を食べたメンバーで放課後遊びに行こうと約束を取り付けられそうになったけど、逃げきれてよかった。こっちは仲良くなった覚えなんてないんだから、いきなり距離詰めないでほしい。私のペースも考えてくれ。
鞄より重たく感じる足を引きずるように歩きながらふと、昨日のことを思い出す。昨日の人は一体何だったんだろう。
「あれ、また会ったね」
下を向いて歩いていたせいで、前から来た人が昨日の人だとすぐに気づけなかった。
今日は昨日よりよっぽど若者らしい――ファッションに興味がなく知識もないが、大学生がよくこんなような服装でいるのを見たことある気がする。
「今日はあんまり怪しく見えないですね」
「昨日は部屋着のまま出てきちゃったからね。失敗だった」
その人はそう言って笑ってから、また公園のベンチに座って話そうと誘ってくる。よくわからないが、気になる気がして、その誘いに乗った。
「えーっと、
そう言って見せられた学生証をのぞき込む。近くの大学のものだった。あの人も同じ大学だった気がする。
「私は
「いやいやいやいや、女の子相手に個人情報欲しがったりしないって。何も危害を与えませんよっていう動きだから、今のは」
なるほど、あまり人と関わってこなかったせいで、女子として扱われることに慣れてなさすぎるか。ちゃんと考えて言ってくれるの、いいな。
「絃ちゃん、は馴れ馴れしいか。南雲さん?」
「なんでもいいですよ、別に」
「でも、たぶん更科さんって呼んでくるでしょ。じゃあ南雲さんかな」
「呼び方ってそんなに大事です?」
あの人は一度も私の名前を呼ばなかったな。二人の両親も、
「距離感を測りやすいというか……そんな感じしない?」
「別に……よく分からないです」
「そっか」
何か、話があると思ったけど何もないのかな。それとも本題に入りにくいとか? いや、でもそもそも知り合ったばかりで用があることあるのかな。
「何か話があったわけではないですか?」
「ん? いや、何となく帰りたくないのかなと思って声かけちゃったんだけど。違った?」
たったそれだけのことで、話しかけてきたのか、この人は。よく知りもしないのに。
「物好き……」
「自覚してる」
自覚してるんだよ。本当になんなんだろう、この人。
「あなたもまた居心地悪くて来たんですか?」
「まあ、外にいたのはそうだね。公園はまた怪しまれるかなと思って留まる気はなかったけど」
悪いことしたかな……いや、でも怪しかったのは事実だしな……
「邪魔しましたか?」
「いやいや、声かけたの俺のほうだし。別に目的地があったわけじゃないから」
「なら良かったですけど……」
ちょっと二人で笑いながら、少し落ち着いたような心地だった。警戒心とかどっか行っていた。目の前のこの人に対してだけじゃなくて、周り全部に警戒してなかった。
「あの、絃ちゃんに何をするつもりですか」
だから、目の前に陽葵が現れたとき、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「え、別に何もされな……」
「なんであなたが絃ちゃんに近づいているんですか」
陽葵の表情にやっと、普通の状況じゃないと気付く。付き合いが長くなくても分かるものなんだと呑気に考える。そんなことより気にならなきゃいけないことはあるのに。
「なるほど。お互いが話した亡くなった人が同一人物だったなんて気づかなかった。南雲さんに見覚えがあったのも、そういうことか」
もしかして、更科さんてあの人と知り合いだったってこと……? それで何で陽葵が怒ることに……
「それで、陽葵ちゃんは何で俺が何かすると思ってるの? 何をすると思ってるの?」
「お姉ちゃんから何も聞いてないですか?」
「
「そうです」
さすがにあの人が死んでからも影響するのは止めてほしいけど、この口ぶり、更科さんは本当にあの人に関係なく偶然知り合っただけなんだな。
「咲良がいじめてるとき、陽葵ちゃんは止めたの?」
「それは……」
「じゃあ、なんで俺に対しては止めに来たの? 男相手の方が力で敵わなくて危ないと思うけど。姉妹の関係性とか空気感を優先した?」
「ストーップ」
更科さんの詰め方に、私までちょっと気持ちが引けてきたところで、誰かの制止がかかった。更科さんの友人とかだろうか。男子大学生って感じ。
「朝陽、ちょっと怖いわ。陽葵ちゃんも落ち着いて。懸念してるようなことにはならないから」
「
「ああ、いいよいいよ。後から来た俺らが別のところ移るって、ね、陽葵ちゃん」
「……わかりました」
陽葵は二人共と顔見知りだったんだろう。でも、陽葵が絡みに来るとは思ってなかった。それこそ、あの人と私のやり取りには絶対に関わりに来なかった。私と話すこともないくらい、距離を置いていた。
「ごめん、空気さらに悪くして」
かずきと呼ばれた人と陽葵がいなくなってすぐに、更科さんが口を開いた。私としては、家の雰囲気が良かろうが悪かろうが居心地が悪いことは変わらないと思うのでどうでもいいけど。
「あの人に嫌われてた私のこと、嫌いになりますか?」
「いやいや、好きとか嫌いとかって個人の感情でしょ? 誰かが嫌いだから嫌いとか、好きだから好きとかそういうのはないよ。罪悪感は湧いてくるけど」
「なんで」
「咲良と付き合ってたんだけど、彼氏になったというより保護者になった気分だったから」
あの人と付き合ってたのか……私は家でのあの人しか知らないけど、まあ顔は良かったかな、くらいにしか考えらない。
「向こうは俺のこと好きだったらしいけど、俺は流されてというか、それこそ空気を読んで付き合った感じだったから。人として許せないところくらいは直らないかな、と頑張ってみてたんだけど、せいぜい俺の目が届くところくらいまでが干渉する限界だったな」
「別に……あの人に関しては、あの人だけが悪いと思っているので」
「陽葵ちゃんのことも?」
「関心を持つ気にはならないけど……」
敢えて、あの人以外が悪いとするなら、あの人をあんな風に育てた二人の両親くらいだろうか。わがまま放題、自己中心的、思い通りにならないなら、人を捻じ曲げる。そんな風になるまで甘やかした親も悪い。
「更科さんも被害者だったんだなって思ってます」
「それはどうも。だからまあ、大学では彼女を失った可哀想な彼氏なわけですよ。俺はみんなが期待しているほどの感情は持ってないからね。居心地悪くて。唯一分かってるのはさっき止めに来た和葵くらいじゃないかな」
なるほど。何となく関係性を理解してきた。あの人と陽葵は私の知らない関係性とか出来事があったんだろうし、そこで出会ってて更科さんたちと面識があったんだろうな。葬式でも顔を合わせてるだろうし。私はちょっと距離を置いていたけども。
「辻褄も合ってるので、ひとまず更科さんは信用します。確かに居心地悪そう」
「いとこが同居してるとは聞いてたけど、それ以上のことは聞いてなかった時点で気づけないこともなかったか……陽葵ちゃんとだけ会う機会があった時点で……」
「いや、もういいですって」
何となく、更科さんの話を信じられたのは、更科さんとあの人が付き合っているイメージがあまり湧かなかったのもあると思う。こんな繊細そうな、思考が複雑そうな人があの人と合うわけないって思っちゃうからだろう。
別に私とも相性がよさそうと思わないけど。
「連絡先交換しませんか」
「え、急だね」
「更科さん、話しやすいんで。でも、距離置かれそうだなと思って」
今日の出来事とか、あの人のこととか、そういうの全部含めて気を使って、とことん逃げられる気がした。でも、それがなんとなく惜しい気がした。本当にただそれだけ。
「ありがとう。じゃあ、これからもよろしくってことで」
思いどおりに生きられない 大甕 孝良 @omika
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