第21話 エピローグ


「ここは?」


 アリスの治癒能力で鏡月が目を覚ますと白い天井が目に入ってきた。

 鏡月はそのままベッドから起き上がるとアリスとその後ろに里美と早苗がいた。


「どう? 痛みはないかしら?」


 アリスの言葉を聞いて鏡月が自分の身体を見ると先ほどまで傷だらけだった身体が試合前の状態になっていた。身体に痛みがない事からアリスが治癒能力を使ってくれたのだとすぐに気づいた。


「はい。アリス先生ありがとうございます」


 鏡月がお礼を言うとアリスが頷く。


「話したい事が沢山あるだろうけど先に一つ聞いてもいいかしら?」


「はい」


「今日の試合結果から学園統括から西野君に特例としてランキングを付与するとさっき各職員に通達があったわ。それで確認なんだけどランキング持ちになりたいかしら?」


「つまり俺に選択権があるわけですか?」


「ないわよ。でも西野君が拒否すれば早苗のランキングに大きく関わってくる引き分けと言う試合結果がなくなるわ。それと同時に西野君のこの学園での最初で最後であろうランキングの話しもなくなる。能力学園の規則第五条二節に生徒の将来に関わる事の最終的な決定は本人の意志を最優先とするとあるわ。つまり私が西野君の代行者として統括に話しをしてあげる事は出来るのよ」


 学園規則を一度も呼んだ事がない鏡月はとりあえずアリスの言葉を信じて判断するしかなかった。本来であれば暇な時間を見つけて読むように言われていたが何かあれば頭が良くしっかり者の里美に聞けばいいと考えて見てすらいなかった。


「なるほど。なら数分だけ考える時間を……いや確認する時間をください。俺がどうするかはそれ次第です」


「わかったわ」


「ありがとうございます」


 鏡月はアリスに頭を下げ、後ろにいた早苗に質問する。


「それでお前はこれからどうするんだ?」


 先ほどから何処か気まずそうにしていた早苗が鏡月の声に反応して顔を上げて近づいてくる。そのまま鏡月の目の前まで来ると早苗が頭を下げる。


「ごめんなさい。私間違ってた。ランキングや強さと言った物に固執して沢山の人を傷付けてた。そのせいで沢山の人に辛い経験をさせた。本当にごめんなさい」


 目から零れた透明の雫が床にぽたぽたと落ちる。

 早苗の涙を見た鏡月は周りを見る。


「とりあえず顔を上げて。これで涙を拭け」


 鏡月は近くに合ったタオルを早苗に手渡す。


「鏡月ちょっといい?」


 今度は里美が早苗の隣に来て鏡月に話し掛ける。


「あぁ」


「鏡月が目覚める前に全部早苗に聞いたの。ううん、早苗が自分から話してくれた。そして私に先日の試合の件をちゃんと謝ってきたの。だから鏡月は自分の事だけを考えてランキングの話しを決めて?」


 その言葉に鏡月は安堵する。

 少なからず鏡月が今日頑張った事は無駄ではなかったしちゃんと意味が合ったのだと思えた。


「そうか。なら良かった。早苗ありがとうな。結局お前を助けるとかデカい口叩いて結果が引き分けで。それで里美とはこれから仲良く出来るか?」


 鏡月の問いかけに里美はタオルで涙を拭きながら涙声で返事をする。


「うん」


「もう能力を前みたく他人を傷つける事に使わないって約束してくれるか?」


「うん」


「そっかぁ。なら俺がランキングを持ってまでお前と戦う理由はないって事だな。これからも学年主席として頑張れよ」


 鏡月が里美と闘う理由がなくなった今鏡月にはランキングは不必要な物となった。だからアリスの顔を見てアイコンタクトで先ほどの返事をするとアリスが頷いてくれた。


「なら先生は今から学園統括に伝えてくるから後は三人で仲良くしなさいね」


 そう言ってアリスは特別治癒室から出ていく。

 アリスが出ていき鏡月、里美、早苗の三人になる。


「待って。ランキングの話しを断ったら二度となれないかもしれない。私の事は気にしなくていいわ。だから西野君今すぐに考えなおして」


 泣いていたせいか鼻声で早苗が鏡月を説得する。


「ならお前が俺の分まで頑張ってくれよ。そして誰かを傷付ける為じゃないお前の力を周りに証明してくれ。その為には下位能力者に引き分けたなんて言う黒星がない方がお前にとって好都合なんじゃないか?」


「そうじゃない! お願い。私のせいで……」


「無駄よ」


 ここで、里美が早苗を止めに入る。


「え?」


「だって鏡月は最初からランキングが欲しいとか言った気持ちは一切なかったのよ。全部私と早苗の為に頑張ってくれたのよ。だから早苗の順位が下がるかもしれない可能性がありながら鏡月がランキング持ちになる事はありえないわ。だって鏡月は困っている人や救いを求める人を助ける為にしか能力を使わない奴だから」


 珍しく褒めてくれる里美の言葉を聞いて鏡月が苦笑いをする。


「そこまで大層なもんでもないけどな」


「なら何で私がいくら止めても早苗と勝負したのよ?」


「そりゃ、助けてって言ってくれた人間を見捨てる訳にはいかないからな」


 里美が笑う。


「そうゆう事よ。だから早苗は鏡月の分までこれから頑張ればいいのよ。そしていつか私が早苗を倒す日が来るまで学年主席の座を守ればいいの」


 早苗が頷く。


「わかったわ。西野君本当に最後までありがとう。それと試合中に約束した通り私達今日から友達よね?」


「あぁ。約束だからな」


 鏡月は微笑みながら答える。

 すると、早苗も微笑む。


「なら今から私の事はお前じゃなくて里美ってちゃんと名前で呼んで? その代わり私は鏡月君って呼ぶから?」


「わかった」


 試合前とは別人のように笑顔を見せてくれる早苗を見て鏡月はやっぱり可愛い女の子には笑顔が似合うなと思った。


「ねぇ教えてくれない。最後のあれは何だったの? 私の炎の戦闘機からの攻撃を全て避けていたの? それとも本当に通り抜けていたの?」


 その言葉に里美も反応する。


「それ、私も聞きたい!」


 鏡月は早苗と里美が言っている光景を思い出す。


「あぁ~あれか。あれは攻撃を全部最小限の動きで躱して歩いていただけど?」


 鏡月の言葉に二人が驚いた顔をする。

 里美が首を傾げながら呟く。


「つまり高速移動しながら躱しては元の場所に移動して歩いてたって事?」


 鏡月は理解力が高い里美に相変わらず凄い理解力だなと思う。


「そうだけど?」


「そうだけどって自分がどんだけ凄い事をしたかわかってないの?」


「そう言われても実はあの時俺自身にも何が起きたかよくわかっていないんだよ。ただ速く動けと強く願ったら急に身体が軽くなって後は身体が勝手に動いてた。だから俺自身何が起きたかよくわかってないんだ」


 鏡月は早苗との試合で加速する事を強く願った。すると鏡月の背中に目に見えない羽が生えたかのように身体が急に軽くなり身体から痛みが消えた。そこからは鏡月が考えるより先に身体が勝手に動いてくれた。信じられない話しかもしれないがこれが現実で事実だった。


「なるほど。まぁいいわ。鏡月君の話しを信じるわ」


 早苗が頷きながら答えた。


「嘘でしょ。そんな話しを信じるの?」


 里美は信じられないと言いたげな表情をする。


「うん。里美だって私と鏡月君の試合を見てたでしょ。なら本人がそう言うなら信じるしかないじゃない」


「そりゃ……そうだけど……」


「でしょ?」


「うん」


「気のせいかもしれないけど早苗少し鏡月に対して甘くない?」


「甘いよ?」


「え?」


「だって鏡月君は私の初めての人だからね」


「え? ちょっとどうゆう意味よ?」


「それは秘密」


 鏡月は里美と早苗を見てこの短時間でよくここまで仲良くなったなと思った。だけど、試合をする前から薄々と二人は何処か雰囲気が似ている気がしていたので不思議とそこまで驚かなった。


「それにもう噂になってるし里美がどうこう言ってもしょうがないわよ?」


「それもそうね」


 早苗と里美の言葉に鏡月が何の事かと思っていると早苗が、


「ねぇ鏡月君は今なんて学園で噂されてるか知ってる?」


 と聞いてくる。


 先ほどまで寝ていた鏡月が知るわけがないので首を横に振る。


「いや」


「加速する者つまり加速者と呼ばれているわ」


 早苗の言葉を聞くまで鏡月はまさか下位能力者の自分にまで呼び名が付くとは思ってもいなかった。呼び名や通り名と言った物は本来上位能力者や特異能力者のような能力の強さを簡単に表した名である。この事から今まで下位能力者や中級能力者で呼び名や通り名がついた者は過去にいなかった。


「加速する者か……また大層な名だな」


「どこがよ。早苗の攻撃を全て躱すだけでなく一撃で気絶させたのよ。それくらいついて当たり前よ」


「里美の言う通りよ。死神と皆が恐れた私を身体一つで倒したのよ。もっと自分に自信を持っていいと思うわよ」


「あはは……」


 鏡月は必要以上に持ちあげてくれる里美と早苗の言葉に苦笑いをする。鏡月は確かに試合を通して早苗を救うことには成功したが試合に勝ったわけではない。だからどうしていいか迷ってしまう。


 一番困るのは、試合をした早苗本人が私を倒したと言っている事だった。つまり早苗の心の中では鏡月に引き分けたのではなく負けたと思っている事である。更には急に早苗と仲良くなった里美も何故か鏡月が勝ったみたいなニュアンスの言葉を先ほど言っていた事からどうやら二人共鏡月に早苗が負けたと思っているように感じた。


「一応言っておくけど俺は早苗に勝ってないからな?」


 早苗が笑う。


「違うよ。私の負けだよ。私は鏡月君に確かに言ったわよ。私に勝てたら貴女の言う通りにすると。つまり私に勝てない貴方の言葉を聞く理由が今の私にはないわとね。つまり試合結果は確かに引き分けだったけど私の中では総合的に見ると鏡月君の勝ちってこと。だから鏡月君との約束を全部守ったのよ」


 何故か嬉しそうに話す早苗を見て、鏡月は深くは聞かない事にした。本当は何をどう考えたら総合的に鏡月の勝ちになるのかを聞きたかったが、早苗の中ではしっかりと理由があり鏡月の当初の目的は達成されていた。ならわざわざ聞く理由が特にないのではと思い聞かない事にした。


「そうか」


「うん」


「よし! なら今日は三人で帰りましょう」


 里美の言葉に鏡月と早苗が頷く。


「あぁ」


「そうだね」


 この日、能力学園創立以来一度もあり得なかった事実が誕生した。

 下位能力者が呼び名を持ち学年主席を倒したと言う衝撃的な事実である。

 それは能力学園内にとどまらずすぐに近隣の他の学園でも噂となった。


「能力学園に加速する者が彗星のごとく現れた、いや流星のごとく現れた」

 と、人々は口にした。

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能力学園に入学して早々にやらかした者は学年一位に喧嘩を売ってしまう ―人はその者を加速する者つまり加速者と呼ぶ― 光影 @Mitukage

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