第17話 悪辣シャノンになれてよかった(1)
「シャノン!?」
「何故ここにッ!!?」
2人の声に、謁見の間の人々が一斉に彼女に視線を向ける。噂をしていたら突然現れたのだ、無理もないだろう。シャノンはぐるりと謁見の間を一周するように視線を返すと、呆れたように持っていた閉じた扇の先を反対の掌にあてて、ため息をつく。
シャノンのその様子を見ながら、不在にしていた理由を知っている二人は内心冷や汗をかいていた。
アルガンドたちに追放されたときの青地のドレスとは打って変わって、黒のレースに包まれた赤いドレスで現れたシャノンは、扇を開いて口元を隠す。その扇は、ドレスと同様に黒のレースで出来ていた。
「何故って…結構な待遇をしてくださったではありませんか、第一王子殿下。その待遇の末の、帰還のご挨拶ですわ」
その言葉を聞いて、は、と声を漏らしたアルガンドは【結構な待遇】に思い至ったのか唇を噛む。シャノンはその様子を見てから目線をオプノーティス王に移し、カーテシーをしてみせる。
「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。大事な時に割り込んでしまって、大変申し訳ございませんわ」
居なくなる前とは打って変わって、しっかりと背筋を伸ばして王に挨拶するシャノンを、化け物でも見るような目でファルパレス侯爵は見つめた。
「いや、いい。シャノンよ、聞きたいことがあるのだがよいか?」
王は自身に注目を戻しながら、シャノンに問う。
「はい」
「――聖教国を討つ、と言ったら、そなたはできるか?」
「恐れながら申し上げますと」
血のつながった父を一瞥しながらシャノンは口を開く。
「父の虚言に付き合う必要はございませんわ」
「…は?」
茫然とした侯爵を横目にシャノンの口はつらつらと捲し立てる。その様子に、脇に下がったリィンバースも瞠目していた。
「私は一介の侯爵家の令嬢でございます。ファルパレス家がいくら魔法僧兵を何人も、何世代にわたって輩出してきたとはいえど…戦闘能力もある程度備える枢機卿が何人もいる聖教国に?私程度の法力の多さで勝てるとお思いでしょうか」
「し、シャノン…?」
「おそらく、侯爵は我が侯爵家を大きく見せたかったのでございましょうね。
扇で口元を隠し、大汗をかく侯爵を視界の端に引っ掛けながらシャノンはそう回答をしめた。
「黙れ!」
シャノンの語り口が終わったとたん、アルガンドが叫ぶ。
「――黙って聞いていれば何を言う?貴様は陛下に聞かれたことのみを答えよ!答えたなら辞去しろ、早々にだ!!」
叫んだアルガンドを、謁見の間にいた大臣たちが信じられないようなものを見る目で見た。フィーネと共にいる限り穏やかだったあの王子が、その姉をゴミでも見るような目で排除しようとしているのだ。
「いいえ、私は【帰還のご挨拶】に来ただけですわ。そのついでで、まさか我が侯爵家の代表者たる父がこんな虚言を陛下に申し上げているとは知らず、訂正させていただいただけのこと」
すん、とすまし顔のシャノンは、怒りで顔を赤くしているアルガンドに対抗する。
その様子に、アルガンドは震えた。もちろん、更なる怒りで。
「このッ…悪辣な女め!」
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