第16話 彼女は帰ってきた
聖オプノーティス王国の宮中は朝からバタバタと忙しかった。
国内のどこかから、不穏な噂が王都まで伝わってきていたからだ。
「ペルソナ卿が、人間国家を恨んでいる、だと?」
玉座に座った、ふくよかな体格をした男性が階下の男性に問う。
「真偽のほどは不明です。ですが、この噂のせいで市井の治安が悪化しているのは事実です」
跪いた藍色の髪の男性は、顔も上げずに玉座の王に
「……ふむ。アルガンド、どう見る」
「噂の一つ、取るに足らない…と言い切れましょう」
その息子であるアルガンドの言葉を聞いて、跪いた男性の口元が歯を食いしばる。
「リィンバース、一度噂など捨て置け。それより、聖教国の要請で貸したバルバトスが戦死したことに聖教国は何だと?」
「………無回答です」
リィンバースと呼ばれた藍髪の男性は、そこで初めて顔を上げる。
「何だと?」
「―聖教国は、わが国の将軍一人が戦死したことこそ取るに足らぬと言っているようですよ」
再度問われたことに強く言い返す。その言葉が王の耳に届いた瞬間だった。
「レヴィノン・バルバトス!我らが王家の大いなる剣!!」
芝居がかった口調でオプノーティス王は立ち上がる。立ち上がった勢いで、王冠とその下の灰色の髪の毛がずれて、幾分か彼の額が広くなった。
「かの者の勇猛に賞賛を!かの者が
言葉と同時に、謁見の間がいくつかの呼吸の間静まり返った。
と、オプノーティス王はどさりと玉座に座り直す。
「それでは、聖教国を攻めるか?」
「今すぐですか?それは無理です!」
「何故だ?できないはずがないだろう、ファルパレスがいるのだから」
王の視線を受けて、控えていたファルパレス侯爵が飛び上がる。
「ええ、えと、あの」
「どうしたファルパレス。自慢の娘たちを使えば、敵の多寡にかかわりなく焼けると豪語したのはその口ではないか」
現ファルパレス侯爵には、多少の虚言癖があった。法力が多少強い家系であるファルパレス侯爵家は、優秀な魔法僧兵を聖教国に多く輩出していたので全くの嘘ではないが、それでも【敵の多寡に関わりなく】云々の部分は確実に虚言だった。
「し、シャノンがいれば…」
「シャノン嬢か。アルガンド、そなたの婚約者だな」
「いえ、陛下。俺の婚約者はフィーネですが?」
苦し紛れの一言に、今度は矛先がアルガンドに向く。
「何だと?余が許可を出したのはシャノン嬢だったはずだが?」
「悪辣なシャノンが何の役に立ちますか。フィーネの方が愛らしく、素直だ」
今度は親子喧嘩に発展した。その様子にファルパレス侯爵はほっと胸をなでおろす。
オプノーティス王とその第一王子であるアルガンド王子は、なぜか親子仲がよろしくない。そこに転嫁してしまえば、自分への追及はしばらくはないと知っていた。
だが、シャノンがいないことが知られればどうなるだろうか。しかも、シャノンが居なくなった理由はそこのアルガンド王子と我が子フィーネの醜聞を正当化するためだし、何なら表向きは禁忌とされた処刑方式まで使った。
ここで【いつの間にか、アルガンド王子との婚約が嫌で姿を消したようだ】と言えば、シャノンの親であるのに監督していなかった自分の不行き届きが露呈する。その場合、どれだけのお咎めがあるのだろうか……。
ぐるぐるぐるぐる、彼の頭の中で
「陛下!謁見中に失礼いたします!ご報告がっ」
「何事だ」
近衛の一人が駆け込んできて、オプノーティス王に耳打ちする。
報告を聞いた王は、そのまま鷹揚にうなずくと、小ネズミを脳内で走り回らせている侯爵に声をかける。
「通してやれ……ファルパレス。お前の自慢の娘がやってきたようだぞ」
「…は?」
王に投げられた言葉にぽかんと口を開けると同時、謁見の間の大扉がゆっくりと開き、その先には。
「――ファルパレス侯爵家令嬢、シャノン・デ・レフィブレ。参上いたしましたわ」
赤いドレスを纏ったシャノンが、嫣然とたたずんでいた。
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