ヨーコ

佐渡 寛臣

第1話

 新渡戸あらどい浩二という男は、半裸の気絶したかのような女の隣で一人煙草を吹かしていた。清潔さを前面に押し出した髪型に、甘いマスク。その外見とは正反対の、女で満足することにしか興味のない浩二はベッドでぼんやりと考え事をしていた。


「――これがマンネリってやつかな」


 隣で眠る女にも飽きてきた。やはり、一期一会のような一晩の楽しみの方が浩二にはあっているようで、例えどれだけ器量がよかったとしても、やがては飽きが来る。

 その点、前にホテルに連れ込んだ女は具合が良かった。相性が良かったと思えた。またしようねと約束したが、結局連絡はしていない。あの一晩だけだったことが、その希少性がよかったのだろう。


「また、か。――そのうち呼び出してみるのもいいかもな」


 しかしまだ早い。最上の楽しみは時間を置けば置くほどに、旨味を増すような気がして、浩二は隣に眠る女の身体を触りながら口元を歪めた。


「ひどいやつだなぁ。俺は。お前もそう思うだろう?」

「――ん……」


 眠る女を横に、別の女のことを考える。次の女のことを考える。精神的に裏切ることに、浩二の心は踊るし、昂る。目覚めたら、もう一度楽しもうか、と浩二はほくそ笑んだ。




 自宅に戻った浩二はシャワーを浴びて、シングルベッドに腰かけてスマートフォンを起動した。

 送られてくるテキストチャットに適当に返事をして、アプリを起動する。ゲーム系のコミュニティアプリを使って、浩二は獲物を探していた。女が好むような、暇を持て余した若い女性にチャットを送り、会えそうな相手を探す。寂しい思いをしている女の心を埋めるような、そんなやり取り。

 浩二は慣れた手つきで、複数人の女性に対してアプローチをかける。その中で、一人、チャット慣れしていない女を見つけた。


「――ヨーコちゃんね。いいじゃん。初々しいな」


 プロフィールを眺める。年齢は二十代。趣味の欄や経歴の文章が短いところから、こういうコミュニティサイトを使い始めたばかりだろう。

 たどたどしいやり取りを、浩二はめんどくさがらずに行う。それは狩りと同じだった。相手の言葉や、反応からヨーコのイメージを組み立てていく。推測や推論ではないデータを取得するように、外見的な要素、そしてそこから導き出される彼女のコンプレックスを導き出す。

 身長は人より高い。男性とさほど変わらぬかもしれない。体重は――人並みと言っているが、身長の高さからむしろ痩せている。髪はロング。身長のコンプレックスから女性らしい姿への憧れが強い感じを浩二は感じ取った。


 浩二は経験から女の気持ちを引き出すようにチャットを送った。慰めるように、元気づけるように、努めて爽やかに、心を通わせる振りをしながら、にやりと笑う。


「――ヨーコちゃんは簡単そうだな」


 ターゲットを定めた浩二は、その日から頻繁にヨーコとメッセージのやり取りをした。

 ――目元を映した写真を送る。ヨーコも応えるように写真を送ってきた。マスクをしているため、顔はわからないが、目は綺麗な色をしていた。美人かどうかと聞かれれば、普通だ。

 それから浩二はヨーコと頻繁に写真を送り合った。食事の風景、道端の猫、他愛のないやり取りを積み重ね、そうしてついに、ヨーコから会いたいというメッセージが届いた。


「ふふっ、ちょろいな」


 浩二は、そう言ってスマートフォンのアプリを閉じて、メッセージを書く。以前に、しようねと言って別れた女にコンタクトするためのメッセージを作っていた時だった。

 ピコン、とアプリから通知が届く。ヨーコからの画像付きメッセージ。


「――なんだよ。せっかちなやつだな」


 メッセージを一時保存して浩二は、画像を開いて、息を飲んだ。


「え?」


 平凡な、喫茶店のテーブル。細長い女の指がピースを作り、目の前には見覚えのあるスイーツがあった。

 それは浩二の家の最寄り駅にある喫茶店の特別メニューだった。画像には『とても美味しいですね。私も気に入りました』の文字が添えられていた。


「――え……?」


 再び、メッセージが送り付けられる。画像を開くと、夕暮れに染まる住宅街の……見覚えのある景色。


 猫の頭を撫でる、細い、指。


『人懐っこい猫ですね』


 浩二はぞっとして身体を起こした。窓の外は日が沈み始め、夕闇に飲み込まれそうになっていた。

 ――心臓が嫌な音を鳴らしているような気がした。


 ピコン、と通知音が響いた。近所のコンビニの駐車場の光景が映し出され、それは以前自撮りを送ったときのアングルと一致していた。


『――会いたい』


 浩二はすぐさまに部屋を出た。恐怖感が浩二を包み込んでいた。逃げなくてはならない、本能がそう叫んでいた。


『会いたい』


 メッセージが届く。浩二は家を出た。コンビニとは反対方向に走り出し、闇雲に逃げ出した。日が沈む方角を目指し、とにかく走った。


『――会いたい、会いたい、会いたい』


 メッセージが止まらない。貼り付けられる画像に、浩二の住んでいるアパートが映った。

 ――どうして知られている。なぜわかった。ピコン、ピコン、と通知が響く。ぜぇぜぇと息が上がり、浩二は公園の前で立ち止まった。


 見たこともない女。教えていないはずなのに、どうして知っているんだ。浩二は混乱する頭を抱えて、チャットアプリを起動する。ヨーコが送り付けてくる画像は、自分を追うように移動をしていた。


「――ージさん……」


 低い声が背後から響いた。ピコン、と通知が鳴り、画像が表示される。


 公園の片隅に佇む男の背中。

 爽やかな黒髪に甘いマスク。


 ――浩二は振り返り、叫び声をあげた。


 細長い、女がいた。身長は浩二よりも遥かに高く、そして長い黒髪は膝ほどの長さがあった。

 細長い手指は白く、樫の木のように伸びている。大きなマスクで顔を隠し、隙間から覗く目元が笑みを浮かべて浩二を見つめていた。

 その目には恐怖に慄く浩二の姿があった。


 ピコン、と通知が鳴った。


 そこには、浩二のスマートフォンだけが一つ、残されていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヨーコ 佐渡 寛臣 @wanco168

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説