志したものは
「そういや、夢籠は
僕の願いを叶えるまでどんなことをしてたの?」
ふと、
頭に浮かんだことを口にしただけだった。
「あまり、褒められたことじゃない……
それに、お前と俺は――」
そこまで言いかけたところではっとしたかのように、
夢籠は言葉を止めた。
夢籠と僕が、どうしたんだろうか。
「ねぇ、夢籠、どうし――」
「そういやお前、
夢飼いになる前は何の仕事に就いていたんだ?」
僕の言葉を遮って、
夢籠は新たな質問を投げ込んできた。
夢籠は強情な奴だ、聞き直したところで、
答えてくれるはずもない。
それに、こんなプライベートな
話をするのはいつぶりだろうか。
当たり障りのない会話が
久しぶりで恋しかったのかもしれない。
「公務員だよ」
「え? それは本当なのか」
夢籠が固まっていた。よほど驚いたようだ。
「本当だよ。働き出して、
もうすぐで二年になるくらいだった」
感慨深げな表情を浮かべて、
彼は次なる質問を繰り出してきた。
「じゃあ、どうして
公務員になろうと思ったんだ?」
夢籠にしては珍しく、言及してくるなあ。
ただ、誰かに話してみたい気持ちもあったため、
僕は理由について語ることを選んだ。
「えっとね、僕は元々、流されやすい人間だったって、
話したことはあると思うんだけど、
縁と出逢って考え方が変わったんだ。
他人任せだったのが、自主的になった。
僕にとっての幸せは何か、縁といることだ。
そうしたら、縁のために、
縁と一緒にいるためには
どうしたらいいかを思索するようになって、
行き着いたのが公務員だったんだ。
安定した収入と定時に帰宅できることに魅力を感じたよ、
これなら家庭も大事にできるだろうって。
でも、接待や何やらあって、
いつも定時というわけにはいかなったけどね」
たらたらと思い出話に花を咲かせていると、
夢籠が質問を投げてきた。
「ちなみに、
公務員の中でも何をしていたんだ?」
「役所勤めだったよ。だから、事務作業だね」
何気なく答えると、
夢籠が度肝を抜かれた顔をしていた。
いやだから、失礼だって。
こんな話をしていると、
結局それも水の泡になったのだと気づかされる。
「じゃあ、由野縁の方はどうだったんだ?
お前の話からするに、
会社勤めって柄じゃなさそうだが」
「うん、違うよ。
縁は優しくて格好いい人だったんだよ
……あれは確か、高校生だったはずだよ。
交際を始めて、
三年近く経っていた頃の話をしようかな」
そんな前置きをしてから、
僕は縁との思い出を語り始める。
――僕の家のリビングにて、
とある恋愛ドラマの録画を見ていた。
録画を最後まで見終えると画面が切り替わり、
最後に見ていたチャンネルが映る。
そのときは丁度、ニュース番組が放送されていた。
年間の未解決事件や判決から逃れた
精神異常犯罪者についての特集が組まれていた。
列挙されていたのは主に、
ひき逃げ、通り魔殺人、ストーカーだった。
一見、共通項のないように見えるそれらは、
意外にもある部分が共通していた。
それは、「言い逃れ」という点だった。
ひき逃げは「当てただけで轢いていない」と言い、
通り魔は精神異常者を装い、
ストーカーは
「愛さなかったあいつ(被害者)が悪い」
とほざく始末だ。
傍目に見ていても、苛立ちを覚えさせるものだった。
気分が悪くなって、不意に隣を見やった。
『許せない、こういうの……
罪を犯しておいて、
こんなことを言う人たちの神経疑う』
縁はただ静かに憤っていた。
そこで僕は疑問に思った。
『じゃあ、どうして縁はカウンセラーを目指すの?
犯罪者を許せないなら、
警察官を目指すような気がするけど……』
口先だけの人もいる。
でも、縁はそうじゃないと思うからこそ、
こんな質問を投げかけるんだ。
それにやっぱり、縁は口先だけじゃなさそうだった。
『私の偏見かもしれないけどね、
警察は犯罪を取り締まる組織で
事後に動くのが主かなって。
でも、それじゃあ足りないと思うんだ。
未然に防ぎたい。
だから、犯罪者を生まないために、
人の心の傷を癒したいの。
たとえ、そんな大それたことはできなくても、
誰かの救いになるなら、私はそれを貫きたいんだ』
可愛いなんていう曖昧な価値ではなく、
彼女の考えは芯が通っていて、誇らしいまでだ。
「格好いい」そう言わずして、何と呼ぶか。
「――ってことがあったんだ。
僕にはない奉仕精神と
それに見合った確固たる信念で
縁は、カウンセラーになったよ。
本当に、尊敬する」
僕なんかは、到底足下にも及ばないくらいに。
「そうか?
お前だって、
由野縁といるために公務員になったんだろ。
それだって、
何かを信じて突き進んだ結果だ。自信を持て」
やけに、夢籠が優しい言葉を掛けてきて、
僕は嬉しさよりも不審さが湧き上がってきた。
何か良くないことができる前兆のようでさえあった。
今日が僕らの命日だとしたら 碧瀬空 @minaduki_51
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