第三十九話 覚悟の弾丸

強く握られた大きく硬いその拳は、容赦なく須藤の顔面と体に叩きつけられる。須藤も反撃を試み幾度となく手をだすが、榊は巧みに身体を操作し攻撃をいなしながらカウンターのパンチや蹴りを繰り出した。須藤倒れないように必死に耐えるが…


「はぁ、はぁ、、」

体全体で息をしながら辛うじて立っている様子である。


「まだ五割程度しか出していないんだがな。精々街のチンピラ程度と言ったところか、落第点だな」

そう語る榊は余裕そうに首をぐるりと回した。


「はっ、そうか。んじゃあ、、俺も五割出すか」

射撃戦で俺に勝ち目がないのは目に見えていた。わざと銃を撃ち尽くして見せれば榊は俺の意図を察知し、それに必ず乗ってくると思ったが素手での格闘にもまさかここまで差があるとは。一人でこの屋内に入って来た時は思惑通りに事が進むように感じたがやはりそれは甘かったようだ。


「威勢が良いのは結構だが、どうした?お前は火を操れるんじゃないのか?やれよ」


「いいや、あんたには使わない。絶対にな」

須藤は両手を強く握りしめ、また構えた。一方的にやられまぶたの辺りが切れたのか一筋の血が顔に垂れる。しかしその顔、目にはまだ闘争の火がくすぶっているようだ。


「そうか、なら終わりだな」


会話の後、一呼吸おいて須藤は動き出す。素早く前進しながら渾身の右ストレートを放つが、榊は顔に当たる紙一重の所で体ごと半回転し、それと同時に須藤の右手を奪い瞬きをする暇もなく素早く一本背負いで須藤を投げ、捉えた右腕を上手く扱い床にうつ伏せにして拘束した。


「終わりだ」

榊は背中越しに捉えた須藤の右腕を締め上げ、同時に苦痛のうめき声が上がる。そして腰に装備されたホルダーからダミーナイフを抜き取った。


「待ってたんだ…」

須藤はか細い声で呟き、榊はそれを見つめた。


「この態勢に、訓練された奴は皆こうするよな…はっは」

そう呟くと拘束された須藤の右手から煙が上がり始め、榊は察知する。


「お前、」


危険を感じ取った榊は腕から離れようと意識するが、間に合わなかった。バンッ!と何かが爆ぜる音と共に、榊の体は軽い衝撃を受け固まった。そして視線を自身の胸の辺りに下げるとそこにはピンクのペイントがベットリと付いていた。その光景を見た榊は須藤の拘束を解きナイフをしまった。


「能力を使わないというのは嘘だと分かっていた。両手には警戒してたが本当にこんな使い方が出来るのか」


「ずるいか?」


「いや、戦場じゃお前の勝ちだ」

榊は壁にもたれ掛かり、座り込んだ。


「オペレーター、一人倒した」


”ふぅ、無茶な作戦だったわ。いえこんなのは作戦じゃありません”


「まぁ、結果生き残れたんだし反省会は後回しだ。問題はもう一人をどうするかだ」


”さっきの弾丸の発砲音は杠葉隊員に聞こえていると考えて間違いないでしょう。恐らくあなたがだまし討ちしたのも予測しているでしょうし、銃を捨てて戦ってくれるとは思いません”


「出来れば同じ手、接近戦で隠し持った弾丸を手の中で発火し発射させて当てたいんだが…無理か。榊は銃を外に置いてきているし、どうするか」


”…本意ではありませんが”


「ん?何かあるのか?」


”相手は二人であるというのは何もメリットばかりではありませんよね。そしてその一方はこちらが押さえています…”


”………”


「ふっ、あんた案外えぐい事考えるな」


”だから本意ではないと言いましたよね”


「よし、それを試そう。どうせ普通にやっても勝てないんだ。て分けで悪いがあんたの弾もらっとくぜ」

須藤は榊の装備から予備の弾倉を取り出し、弾丸を抜き取り始めた。


「杠葉に格闘戦は止めといたほうがいいぞ」


「なんだよ、あんたより強いってか?」


「俺が負ける事はないと思うが、勝っても手足は折られて目も無くなってるだろうな」


「なんだそりゃ、それでどうやって勝ったんだ?」


「いろんな強さがあるんだよ、ドンパチやってる所だけが戦場とは限らん」


「はい、はい。講義は終わった後で聞いてやる。相手は女どう考えても俺に分がある。死人に口なし、そこで見てろ」


「よし、準備は出来た。さてやるか…」



――――――――――――


―――――――


――――


「ママ!ママ!見て!綺麗なお花!」


「あら、ほんと綺麗なお花ね」


「これママにあげる!」


「いいの?ありがとう」


「あ、ママばっかりいいなー。パパにはくれないのかい?」


「じゃあパパの分も探してくる!」

そう言って息子は元気一杯に森林公園を駆けて行った。森林に囲まれ爽やかな風に包まれながら、家族で過ごすあの時間は今ではかけがえのない大切な時間だったのだと気付かされる。ダメよ今は訓練に集中しなくては、私は、私はもう放たれた弾丸なのだから!奪った者を射抜くまで止まらない弾丸。


木々に囲まれ枝葉の合間からチラチラと日の柱が差し込む、森林に囲まれた何気ない自然という情景に過去の思い出がフラッシュバックする。私は腕時計を見ながら考えていた。榊君が屋内に侵入して五分ほど経過しようとしている。少し前に一発の銃声が聞こえた、しかし建物から榊君が出てくる様子はない。まさかやられた…?


榊君が負けるとは思わなかったけど動きが無いって事はそういう事よね。わざわざ相手の思惑にのってなにまんまとやられてるのよ。最初から二人で制圧してれば何の問題もなかったはずなのに。


「はぁ…」

私は小さなため息をつくと、拳銃を確認し動きだそうとした。しかしその時建物の出入口から動く人影が見え、注視するとそれは須藤なのが分かった。そして須藤は大きな声で叫んだ。


「おい!お仲間は俺が倒して拘束した!今すぐ出てこい!出てこなければこの小屋ごと燃やす!」

そう叫び終えると須藤の手は燃え上がり炎を辺りに散らし始めた。


「はぁ、もう最悪」

私は再度ため息を漏らしながら瞬時に考えた。この距離この銃じゃ、まぁ撃っても当たらないわよね。それに能力が未知数、恐らく榊君が負けたのもそこが理由。仕方ない選択肢はない。選択肢が無い時点で…


私は立ち上がり、生い茂った草木の中から奴に向かって歩み出した。そして30メートルほどの距離で対峙する。


「訓練で人質とはあなた中々の悪党ね」


「まぁな、こうでもしないと俺がやられる。銃を捨ててくれ」

そのセリフを聞いて杠葉は素直に銃を遠くに投げ捨てた。


「捨てたわよ、早く撃ちなさいよ」


「いや、あんたは俺と戦ってもらう。俺は証明しないといけないんだ」


「証明?私はどうでもいいわ」


「嫌でも無理やり付き合ってもらうぜ、あんた強いだろ?」

この言葉に杠葉は返答しなかった。そして二人の間に一瞬の睨み会いがしょうじた瞬間、二入は目で、瞳孔で会話したのか須藤から動き出す。


俺は炎を纏った手を杠葉に向けてかざし炎弾を放つ。しかし炎弾自体は大したスピードではなく杠葉はそれを軽いステップで交わすと、ダミーナイフを抜き取り俺目がけて走り出した。杠葉が目の前に迫った時、両腕を大きく上から下に振り大きな炎のカーテンを杠葉の前に作り出した。


よし、これで相手の視界は塞いだ!後は腕を取り弾丸を当てれば・・・


俺は杠葉の腕を取りに右腕を伸ばす。しかしその瞬間踏み込もうと思った瞬間である、足に強い衝撃を受け同時に膝の力が抜け、それ以上踏み込む事は不可能であった。そして炎カーテンが消えると杠葉の握ったナイフの刃が走る、俺は慌てて後ろに飛びのき回避した。


「今の、本気で打ち抜いていたらあなた壊れていたわよ」

そう話す杠葉の表情は今までに見た事のないくらい、冷たく鋭い表情であった。俺は女性がこれほど冷酷な表情が出来るのだと初めて知った。


こいつ、俺が踏み込む時の膝関節を蹴りやがったのか。なら…なら大きく踏み込まず小さく細かく踏み出す。相手は女、腕力とスピードで力押ししてやる、そしてこの弾丸をくらわす。杠葉に悟られぬよう構えを取り直すふりをしながらこっそり一発の弾丸を右手の中に忍び込ませ強く握った。


俺は左腕に炎をともしけん制しながら徐々に間合いに入り、パンチを繰り出す。が榊の時と同じだ当たる瞬間に力が逃げてゆく、相手の身体を殴るという感触が無い。何発かのパンチを交互に繰り出し続けるが、その内の左を放った時杠葉に手首を掴まれ、瞬時に俺の態勢は崩された。まずい、掴まれた相手の感触で分かる。それはまるで蛇のように俺の腕に纏わりつくかの感触、こいつ!熱くないのか!?腕間接を取られる!


関節を攻撃される恐怖心と焦りからか、俺は右手で握った弾丸を放つ為に拳を筒状に少し開き杠葉の胴体目がけて爆ぜさせた。パンッ!と乾いた火薬の破裂音が森林に響く。一瞬の出来事だった。俺の右腕は杠葉の腕によって天に向かって伸ばされており、喉元にはダミーナイフの刃が当てがわれていた。寸前までこいつの手は俺の左腕の関節を狙って絡みついていたはずだが…


フェイントか?俺の拳の弾丸を読んでいたのか?いやそうだよな予測していなければこうはならないか。こいつの動きは街の喧嘩や、似てはいるが榊のような戦闘術でもない、これは一朝一夕で身に着くような類のモノではない研ぎ澄まされた武道のような動きだ。


「私の勝ち」

喉に当てたナイフはピクリとも動かない。


「あー、負けた負けた。俺の負け」


”訓練を終了します”


こうして初めての実践形式での訓練は幕を閉じた。俺は俺らしく戦ったつもりだったが他者からはどう見られただろうか。訓練終了後、牧島に集められたが特に評価を言い渡されるような事は無かった。


「今後、近いうちにアーティクルの調査作戦が決行される予定だ、諸君らはそれまで気を引き締めて訓練するように。では解散」


俺達四人は一時的ではあるが今日から基地内の専用寮に移る事になっていた。日が沈み辺りが暗くなり始めた頃、荷物をまとめ集合場所に移動する。空閑がまだのようで三人は無言で到着を待つ。


「なあ、俺が弾丸を手に持っていた事分かっていたのか?」

無言の空気に耐えかねたかのように俺は話した。


「まぁね、銃が無い所で銃声、火を操る事の出来る能力、予測と観察。それにあなた弾丸を握っていた時はフォームが違ってるのよ。見てれば誰でも分かるわ、榊君も分かってたんじゃないの?」

榊は杠葉に話を振られて口を開く。


「次からは手全体で弾丸を握らない事だ、小指と薬指で握って他の指は少し開き気味にしとけ」

須藤は右手を動かし確認しながら驚いた。マジかよこんな些細な変化をこいつら戦闘中に見てたのか。


「てかなんだよ!あんたも分かってたのか」


「この目で確認したかった。本当に特殊能力なんてもんが存在するのかってな」


「そうかい」


「で、見た感想は?」


「及第点ってとこだな」


「はっ、そりゃどうも」


「あ!そうだ!俺のパンチを交わす動き!あれお前らどうやってんだよ、それ教えろよ!」

そう話しかけてくる須藤を見て二人はキョトンとした様子だ。


「なんだよ、どうした?」


「ははっ、特殊能力者がそんな事を求めるとはな」

榊は杠葉に向かって話す。


「ええ、私達のは単なる日々の鍛錬ってだけなのに」


「は?俺は能力があってもただの人間だぞ、宇宙人かなにかだとでも思ってたのか?」

今日出会って初めてだ、二人の表情が緩むのを見たのは。この時俺は思ったお互いがお互いを何かの先入観、思い込みと言う名のフィルターを通して相手を見ていたのではないかと。俺も目の前の二人も、同じ人間なのだ。


「まぁ訓練する時間はたっぷりあるからな、しごいてやるから覚悟しとけ」


「くそ、聞くんじゃなかった」


その時遅れて空閑が集合場所にやって来た。

「すみません!牧島陸将に呼ばれていて遅れました」


「やっと来たか、ささっと行こうぜ。俺は早くシャワーを浴びたいんだよ」


「あ、待って下さい。これを皆さんに渡さないと」

空閑は三人に手渡した。


「こらが私達の部隊章、エンブレムです」


空閑から渡された部隊章、旭日旗を背景にしてその中心に片目に眼帯を帯びた髑髏どくろ、そしてその両サイドには鳥の白い翼と桜の花びらがデザインされていた。


「なんだよ、だっせーな。もっと他になかったのかよ」

俺は愚痴をこぼす。


「このデザインは…なるほど。榊君は独眼竜って事かしら」


「あの人はこういうの拘るからな」


「あん?これなんか意味あんのかよ」


「さあな、ほらさっさと行くぞ」


俺達は荷物を持って歩き始める。夜空に輝く薄っすらと赤色を帯びた月に部隊章をかざして見てみる。それは何か、目には見えない何かを得たような感覚であった。



次回 【第四十話 偽りの愛の巣】 

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