第三十八話 初陣

体中が筋肉痛で悲鳴を上げている。


千葉に来て一か月、俺は容赦なく過酷な訓練を受け続けている。もう何度降下訓練をしたのかすら覚えておらず、降下後は兵士としての動きや、基礎を教官から叩き込まれるのである。しかも俺はどこの部隊にも所属していない為かずっとマンツーマンで教育される…


今日もきっと泥まみれで訓練の終わりを向かえる事になるのだろう半分呆れながら朝一のミーティングルームに向かった。そして部屋に入るといつもは教官がいるはずだが今日は違って珍しく牧島が来ていた。いつもは情報本部の本部長である牧島は防衛庁から離れられないらしいが、一か月ぶりの再会だ。


「どうかね訓練のほうは?」


「ああ、毎日毎日しごかれ今日も絶好調だ」


「ほう、あれから一か月ちょっと、かなかなか根性はあったか」


「まぁな。で?今日はあんた直々に訓練してくれるのか?」


「いや今日は話があってここに来た。大事な話だ」


「なんだ?良い話だといいが」


「それは君による。まず最初に防衛庁情報本部直轄の隊をやっと作る準備が整った。私と君を含め後三名を加えた小隊でこれから活動を開始する。今からそのメンバーと初顔合わせを行う」

牧島のこの発言を受けて一気に全身に緊張感が走った。


「隊員皆にはすでに君の事、異世界転移者及び特殊能力とアーティクルの特異事象の件はすでに説明済みだ。自衛隊組織でこの事を知る者は我々以外に存在しない。情報漏洩には十分注意してくれ」


「俺と同じく危険を了承したメンバーって事だな」


「ああ。その通りだ。では別室に待たせてある行こうか」


そして牧島に案内され駐屯地内の地下ブリーフィングルームに向かった。室内に入ると初めて見る人物三名が部屋にすでに待機し、牧島の姿を見ると直ぐに立ち上がり敬礼した。その一挙動で俺とは違う遥かに高いレベルで長く軍属経験を積んでいる者だと分かった。


「よし、揃っているな。今日は私から説明させてもらう」


「まず新しい小隊の設立が決定した。新しい小隊というのは防衛庁情報本部管轄の情報収集及び、防衛装備庁の装備研究を目的とした小隊である。だが無論これは偽装、カバーストーリーである。真実は君たちがこれから所属する特異事象、アーティクルに対応する即応部隊だ。これは秘匿性が最も重要な部隊である。その実態を把握しているのは私とここに居る四名の隊員のみだ」


「それでは順に紹介する。さかき 政宗まさむね1等陸曹。杠葉ゆずりは あさひ1等陸尉。二人は一年前からこの日の為に特殊訓練を積んでいる。次に作戦行動中のオペレーターを務める空閑くが さくら情報本部事務官そして最後に須藤すどう たすく2等陸士、彼が例の転移者だ」

やはりと言うべきか全員の視線は俺に向けられた。


「私は職務上君らと頻繁に顔を合わす事は出来ないだろう。よって訓練や作戦立案の段取り情報のやりとりはこれから空閑事務官が担当する。彼女は君らと違い階級は無いが私の命令だと思い従ってもらう」


「隊員については以上だ。何か質問は?」


「質問があります」

そう発言したのは榊と紹介され、大柄で如何にも兵士といった風貌の男であった。


「何かな?」


「ここに居る五名の内、我々三名が実働隊ですが作戦行動中の指揮は杠葉1等陸尉がとられるのですか?」


「階級で言うとそうなるが、私はこの小隊を過去に類を見ない小隊にしたいと考えている」

その言葉を聞き、この場の全員が牧島にその言葉の真意を聞くために集中した。


「この小隊にはあえてリーダーを決めない」

その発言に少し皆が動揺した雰囲気を感じた。


「知っての通り、我々が対峙するのはこの世の常識、ルールから逸脱したモノ達だ。恐らくどんなに優秀な指揮官でも人一人に指揮を委ねていればその隊は生き残れないと私は考えている。よって現場でありとあらゆる状況に備えあえてリーダーは配置しない」


「はっ、しかしそれでは迅速に判断出来ず危険が増すのでは…」


「その通り。だから役割ごとに分担してもらう」


「戦闘行為、もしくは交戦状況下になった場合は榊1等陸曹、君が小隊を先導し指揮をとれ。戦闘経験では陸自で君を超える者は居ないだろう。分析、調査任務では杠葉1等陸尉が指揮を」


「そして須藤2等陸士、君は転移者だ。ホワイトキューブの時のように君にしか判断が出来ない事があるはずだ。その時は君が指示を出すといい」


「そしてこれら素早い連携を空閑事務官がオペレーターとして補佐し実現させる。これが私の考えだ。この小隊では階級や肩書は意味が無いと考えてくれていい。隊に殉職者を出さない為だ榊君、それは君が一番理解していると思う」

その時の牧島の目はただ真っ直ぐに榊を見ていた。


「陸将がそうおっしゃるなら私は従います」


「結構」


「ですがもう一つ、この小隊に2等陸士がいるのは些か疑問があります。いくら特殊能力を備えた人間だとしてもです。聞けば、入隊して数か月の訓練しか受けていないとか。殉職を出さないとおっしゃるなら、彼より優れた自衛官は幾らでも居ると考えます」


2等陸士とは俺の事だが、まぁそう言われるのは当然か。この時の俺はこの場のピリついた雰囲気に気負いしていたのかもしれない、変に自分でも納得していた。


「ふむ、須藤から言いたい事は何かあるかな」

牧島に意見を求められる。ここでの榊の意見を認めれば俺は何の為に入隊したのか意味が無くなるな。


「確かに俺は入隊したばかりで経験は浅い、だがそれは自衛隊でのという意味でです。最初に言っておきたい、俺は戦争や国防を担う兵士になる為にここに居るわけじゃあない。それに訓練を受けていないわけでもない」

こう伝えると榊の目つきは鋭くなった気がした。


「ひよっこが随分一人前な事を言う。分かりやすく言ってやろう。お前が居ては足手まといだと言っているんだ、もしお前が必要ならその時だけ呼んでやる。無論俺達が安全を確保した時にだ、お前はそれまで護衛でも付けてもらって閉じこもっていろ」

そう言われ俺はイラつき、直ぐに反論した。


「あんた牧島の話を聞いていなかったのか?その場でアーティクルを破壊しなければならない状況になったらどうするつもりだ?ん?精々あんたら自慢の豆鉄砲でもパンパン撃って全滅してろ」


「お前!」

榊は俺に掴みかかる。が俺も掴み返し壁まで押し返し二人は睨み会った。


「そこまでだ!戻りなさい!」

牧島の大きな声が響きお互い掴んだ手を放す。


「こうなるんじゃないかとは思っていたが、やれやれ。君たちはまだお互いの事を知らないだけだ。これからは皆で訓練を受けてもらうし、君たち専用の寮も準備してある」


「はっ、こんなおっさんと一緒に生活しろと?最悪だ」


「それはこっちのセリフだ!お前の護衛も兼任かよ」


「ああ?誰がお前なんかに守られるか!」


「そこまでだ!」

牧島はやれやれといった感じで仲裁する。


「はぁ~、どうやらこのままでは訓練どころじゃないようだな」

牧島は俺達二人を見つめる。


「よし!仕方ないお前たちの事はお前たちで決着をつけろ。昼から訓練開始予定だったがキャンセルしてこれから模擬戦を行う。須藤!お前の力を証明してみせろ。そして榊君は本物の厳しさを教えてやってくれ」


「いいぜ、やってやるよ」


「はい」


「では、準備してくる。装備を整え00:30時に演習場に各員集合だ」


こうして急遽、模擬戦という形で自己紹介が行われる事になった。俺は戦闘服に着替えヘルメットやらなんやらと準備し指定された時間に演習場に向かった。


演習場に着くと小高い丘のようになっている場所を見つけ演習場を全体を見わわした。そこには木造の小屋が幾つか立ち並び木々に囲まれた小さな村のようであった。恐らく市街地戦や近接戦闘を想定しての演習場なのだろう。そうこうしているうちに先ほどのメンバー全員が集合した。


「よし、それでは模擬戦の説明を始める。武器は9mm拳銃SFP9一丁のみで弾は訓練ようにペイント弾を使用する。このペイントが手足以外に付着すればキル判定とする。予備マガジンは1本、近接戦闘ではダミーナイフと手足による打撃とする」


「榊、杠葉隊員のペア、そして須藤には空閑君がオペレーターとして補佐し対戦してもらう。戦闘開始は13:00時丁度をもって開始とする。以上!配置につけ」


こうして模擬戦がはじまった。俺は所定の位置に着くとあれこれと考え始めた、威勢よくやってやると言ったもの榊の目を初めて見た時から理解している、あれは本物だ。それに杠葉、彼女も女性ではありながら覚悟と決意に満ちた紛れもない兵士の顔つきをしていた。俺は二人とどう戦うのか考えながら渡されたイヤホンマイクとボディカメラを装着し起動させた。


「こちら須藤だ、位置についた」


”空閑です。よろしくお願いいたします”

このイヤホンマイクで通信し、ボディカメラで俺の視界を共有するシステムらしい。そして戦闘開始時刻になった。


「で、あんたは何が出来るんだ?」


”私はオペレーターです。情報を伝えますのでどうするかはあなた次第”


”まずここは市街地戦を想定した訓練場です。木造で簡易的に建てられた建物が訓練場の中心に10軒密集して設置されています。その周りは森林に囲まれています”


「建物内部の作りは?」


”あくまで訓練用に作られた簡易施設なので、家具などは何もありません”


「まぁ、そうだろうな」


”恐らく二人は南西の方角から中心に向かうと思われます。ですので死角の多い建物中心部で待ち伏せするのが得策です。”


「待ち伏せ…」


”今あなたの装備している拳銃はSFP9有効射程は50メートルですが、訓練用の弾頭に合わせて火薬量が減らされています。おそらく有効射程30メートルほどでしょう。なので建物密集地での近距離射撃戦で一人づつ仕留めるのが得策かも知れません”


二対一な以上こちらが相手より早く相手を見つけるのが必須条件だろう。だとしたら待ち伏せするのが確かに得策だ。このオペレーターの言う通りこれが最も勝つ可能性が高い作戦だ。俺は中心の建物密集地へと慎重に移動し始めた。草木の茂みに隠れながら一軒の建物の壁に張り付き周囲を警戒した。どうやら周りに人の気配を感じない俺の方が早く到着したか?


俺は建物の壁にもたれながら移動で乱れた息を静かに整える。そして壁づたいに入り口に移動し民家の中に侵入した。


「ふぅ…」

さてここからどうするかだ、待ち伏せするのに建物内部から外の動きを見張るか?いやこの窓からじゃ視界がせまそうだ。なら外から見張るか…


そういえばアメリカに居た頃、元海兵隊の奴とよくBARで話したっけな。馬鹿みたいに飲みやがってデカい声でいつも騒いでたな。拳銃を握っていると不意に昔の情景を思い出していた。そんな思い出の中を振り返る内に誰が言ったか覚えていないが印象深い一言を思い出した。


”Stay hungry. Stay foolish.”


「貪欲であれ。愚かであれ。か…」

そんなふと思い出した一言に何故か俺は意識が集中した。窓から外を警戒しながらそれと同時に頭の中で目まぐるしく俺は思考を巡らせたのである。


俺は今何故戦っている?何故だ?牧島は言った俺の力を証明してこいと、それは俺に勝ち目があるから言ったんだ。勝ち目?相手は相当訓練を積んだ自衛官二人だぞ?そうだ、戦う前から皆が分かってるさ俺なんかが勝てるはずがない。勝てるはずないんだ。だがこうして戦わされている…


俺は一通り考えると心の中で何かが吹っ切れ、一つの覚悟を受け入れた。それからの俺は迷いなく行動に移した。


「オペレーター、二人は今どの辺りに居ると思う?」


”正直、あの二人があなたより出遅れるなんて事はないと思うは。恐らく民家の周囲で索敵してるでしょうね。もしくはもうその家に居るのもバレているかも”


「まぁ、そうだよな。分かった」

会話が終わると徐に俺は立ち上がり、まるで自宅から出かける時のように入り口の扉を開け外に出て深く深呼吸をした。


「なるほど、綺麗な空気だ」


”あなた!何をしてるの!見つかるわよ!”

耳元で空閑の必死な声を耳にしたが、俺は答えなかった。その代わりに俺はホルスターから拳銃を抜き、青空に向けて弾が尽きるまで発砲し続けた。


辺りに連続して発砲音が響きわたる。木々に囲まれた自然、その自然と言う世界をまるで引き裂くかのように唐突に。そして弾が尽きると素早く予備のマガジンに交換し、また空を撃ち続けた。こうして全ての弾丸を撃ち終えると拳銃を家の前に投げ捨て家の中に再び戻ったのである。


”あなた正気?”


「ああ、いたって正気だ。見せてやるさ俺の戦いを、そして勝つのは俺だ!」



次回 【第三十九話 覚悟の弾丸】 

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