ぼくの話⑪
上田先生と初めて会った時から数日後、ぼくの受験勉強が始まった。
「今日はこれを解いてもらおうかな。」
「テスト…?」
応接間の机に向かい合って座ったぼくに先生が取り出したのは2枚のテストだった。
「うん。とりあえず優也君がどこまで覚えてるのかを知りたいから5年生のまとめテストをするよ。1度に4教科は大変だと思うから、今日は算数と国語ね。」
久しぶりに見る計算問題に文章問題、漢字の読み書きにざっと目を通してみる。
…どうしよう、分かる気がしない。
「時間は1枚50分で、早く終わったら次のにいっていいよ。いい?」
「…はい。」
「じゃあ、よーい、スタート。」
まずは国語のテストを手に取り解いていく。文章題は意外と解けていく感じがした。しかし、最後の問題で手は止まってしまう。
『 この時理恵は何についてどう思いましたか。50字でまとめなさい。』…ぼくらの時にはこんな問題あったっけ?もっと書き抜きとか、選択問題とか簡単だった気がするんだけど…。
この問題はよく分からないから空欄のまま、次にいくことにした。漢字の読み書きも大丈夫だと思う。一通り国語が終わったので算数のテストに手を伸ばす。
「まだ30分くらいしか経ってないけど、次にいく?」
先生の言葉に静かに頷いてから算数の問題に取りかかる。偶数奇数、図形の問題、体積、分数…ヤバい、覚えていない…。
偶数奇数はなんとなくいけた、少数の計算もまだ…図形、体積の求め方はもう公式が思い出せない。というか、習ったかどうかさえも分からない。
国語の時には9割は埋まっていたテスト用紙も算数は1割ほどになっていた。この調子じゃ社会、理科もほとんど空白になるだろう。
当時はそんなに成績は悪くない方だと思っていたが、それは嘘だったのだろうか。
埋まらないテスト用紙を見て呆然としていると、上田先生が声をかけてきた。
「難しい?」
「…はい。」
「まぁ、そうだよね。優也君の時とは学習内容が大分変わったからね。5年生で習うものが4年生で習うことになったり、6年生のが5年生に来たりしてさ。」
「そんな…。」
「それに、優也君、家にいる時勉強はどうしてた?」
「…ワーク…とか貰ったけど、全然やらなかった…。」
引きこもり始めた時、まだ母親がドアを開けていた時、それこそ5年生のまとめワークとか6年生のまとめワークとかを渡されていたけど、妙な反発心から1度も開いていない。埃をかぶったワークが今もまだ部屋に置いてあるはずだ。
「そしたら、優也君は20年ぶりの勉強になる訳だ。知識も使ってないと忘れていくからね。」
「……。」
妙な反発心なんか持たず、真面目に勉強をしておけば良かった。親が部屋に入るのは嫌でも毎年ワークを貰って、やれば良かった。
今更になって、今までの自分の怠惰さを後悔した。
「でも、分からないところが分かったなら、そこからまた勉強していけば良いんだよ。このテストは、優也君が分からないところを知るためのものだから、そこをスタートにしてやっていくんだよ。」
「そこが…スタート…。」
「そう。僕が家庭教師で来たのはその為でしょ?優也君が全部もう分かってて、受験も心配いらないんですってんなら僕は必要ないでしょ!分かんないところを分かるようにする、それが僕の仕事だから!」
ニコニコと笑顔でそういう上田先生は、とても頼もしくて優しくて。今まで何もしなかったぼくを責めたりなんかしなかった。その事が何よりも嬉しくて。
2枚のテストで使った時間は合計50分。点数は国語が73点に算数が8点となんともお粗末なものだった。
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