ぼくの話⑩

勉強をするのを決めたぼくに母親は満足そうに頷いて『 上田先生とも話してみなさい。』と言ってリビングに行ってしまった。


上田先生と向かい合う形で置いてきぼりにされたぼくは、長年家族以外と話すことが無かったからどうしたら良いのか分からず視線をさまよわせてしまう。


こんな時にはどんな話をするのが正解なのか…第一家庭教師と生徒の間で話すことなんてなにもない気がするが…


そんなことを思っていると徐ろに上田先生が床に座った。


「えっ…。あの…そこ、廊下…ですよ…。」

「うん。ここでいいよ。優也君も座りなよ。あ、廊下じゃなくてそこで良いからね。」


春が近づいているといってもまだ3月の半ばだ。廊下に座っても寒くないのだろうか。

自分は部屋の中に座り、お客さんを廊下に座らせるなんて母親に見られたらなんと言われるのか…とドキドキしながらも言われた通りにする。

…正直、助かった自分の部屋は引きこもってからまともに掃除をしていなかったから。窓も冬は寒いし、夏は暑いから開けていない。


「まーずーは、詳しい自己紹介から、かな?さっき名前は言ったと思うけどもう1回ね。僕の名前は上田歩。上に田んぼの田に歩くで歩。今年で36になります。好きなことは映画鑑賞とドライブ。苦手なことは細かい作業。」


さんじゅうろく…36!?

ぼくより6つも年上だ。


「ははっ!びっくりした顔してる。何に対してのびっくり?」

「先生…俺より…年上だったんだ、ですね。」

「そこね!あっ、敬語、無理して使わなくても良いからね。使いたかったら良いけど。結構若く見える?」

「だいぶ…もっと、20代かと思ってました…。」

「嬉しいね〜。気合い入れて髪染めてきて良かったなぁ。」


普通に会話ができている。その事実に舞い上がりそうになり、顔は自然と綻んできた。

人と話すのは嫌いではなかった。それこそ、クラスでは1、2を争うほどの調子の良い奴で授業中にふざけては先生を怒らせて、それをみんなが笑って…。


忘れていた人と話すことの楽しさが蘇り、ぼくの心も軽くなってきた。


「先生、中学校の勉強って…難しいですか…?」

「うーん、難しい質問だなぁ…。結構好みによって変わるからなぁ…でも、優也君がどの教科も好きになってもらえるよう頑張るよ。」


この先生は、今までの先生とは違うかもしれない。


「あ、そう言えば大事なことを言い忘れてた。これから週に2回、お邪魔することになるんだけど、勉強場所はどこがいい?部屋?それとも応接間?」

「勉強場所…。」


「好きな方で良いよ。なんならリビングにする?」

「リビング…」


リビングは、母さんに見られるんだろうな。それはちょっと、いやだいぶ、嫌だな。


「応接間…」

「うん。応接間だね。なら来週から応接間で勉強しよう。」


部屋は散らかってるし、リビングで中学生の内容をやってるのを母親に見られるのも嫌だ。


勉強場所が決まると上田先生は胡座をかいていた足を正して、笑いながらお辞儀をしてきた。


「来週からよろしく。」

「よろしく、お願いします…。」


ぼくもそれに倣って正座をしてお辞儀をした。

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