第15話 闇へ落ちて

『ラ・クロワに新しい歌姫を! 公開オーディション開催応募受付開始のお知らせ』


 事前審査で応募に必要な詳細を記載したオフィシャルサイトのプレスリリースを見て、チクサは不快そうに眉をしかめた。

 莉莉亞を除けば四人で結成当時からずっと苦楽を共にしてきたのだ。そこへ知らない誰かが仲間として加わるというのにどうしても拒絶感を持ってしまう。


「気に入らない。ラ・クロワに今さら新しい歌姫なんて……」

「チクサちゃん、そんなワガママ言わないで」


 困ったように、るぅなが宥める。


「私達四人で充分歌えてるじゃない。人気だって下がるどころかずっと上がり続けてるのに」

「四人だと偶数だからビジュアル的にセンターが作りづらいもの。わざわざオーディションを公開にするのも話題作りってことでしょ。私たちは口を挟めないよ。それに……」


 言いづらそうにナツメが続ける。


「仕方ないよ。プロデューサーの意向だしさ……」


 チクサは一瞬、憎々し気な表情を浮かべてナツメを睨んだ。

 プロデューサーの意向でイベントも歌もグループの構成すら決められる。自分たちはそこに要望すら口を出すことを許されない。

 それをラ・クロワのメンバー達は「仕方がない」「しょうがない」と諦めて隷属している。

 これでいいのだろうか。

 チクサはずっとそれが心に引っかかっていた。あの日からずっとラ・クロワのメンバーはプロデューサーの顔色を窺い、服従するばかり。

 だが不満を持つチクサもいざプロデューサーの前に出ると恐ろしくて何も言えないでいる。そして後になっていつもそんな自分の小心さに反吐が出る思いだった。

 ボランティアイベントへの参加などと自発的に何かしようと誰ももう言い出さない。ラ・クロワの意思を汲んで上に伝えてくれるマネージャーもいなくなってしまった。


(こんな有様で、私たち一体何のために歌うの……)


 もたれていたソファから身体をずらして窓に頬をつけた。

 こんなラ・クロワに新しいメンバーなんか要らない。

 チクサは改めて思った。

 チームを五人にしたいなら莉莉亞をもう一度迎え入れたいのに。莉莉亞だってそれを渇望しているのに。


(そういえば莉莉亞はどうしているだろう……)


 チクサはぼんやりと考えた。

 滅茶苦茶に悪口を書かれ、彼女の動画はアカウントごと消えてしまった。

 どんなに辛かっただろう……そう思っても縋る手を振り払った自分に、今さら何が出来ただろう。


(莉莉亞、今もどこで歌っているのかな……)

(歌う場所、見つけられたかな……)


 歌う場所を探して、今もどこかを彷徨っているのだろうか……

 どこかで独りで泣いているような気がして、チクサの胸に痛みが走った。



**  **  **  **  **  **



「……どういうことなの?」


 莉莉亞は困惑していた。


 ラ・クロワのオフィシャルサイトに、自分の再加入のニュースなど何も掲載されていない。


 ラ・クロワのオフィシャルサイトには新メンバー募集の公開オーディションに関する詳細がプレスリリースされていた。スケジュールも。自分が加入するのであれば、こんなニュースを掲載する必要などないのに。

 オラトリオ・アソシエイツのコーポレートサイトにもアクセスしたが、こちらにも自分に関するニュースは何も掲載されていなかった。


(何か、手違いがあったのだろうか……)


 莉莉亞は一般人を装ってオラトリオ・アソシエイツの広報サービスへ電話した。ファンからの問い合わせや商品の購入者からのクレームに対応するフリーダイヤルの電話番号があるのだ。

 電話が繋がると莉莉亞は「ネットで噂になっていたんですけど」と出処をぼやかして尋ねた。


「姫咲莉莉亞がラ・クロワに今日から復帰するって噂が流れていました。再デビューするんですか?」

『そのような噂など関知いたしませんが、少なくとも姫咲莉莉亞の復帰の予定などはございません』

「え……?」

『ラ・クロワにつきましては新メンバー加入に向けたオーディション募集開始を本日お知らせしております。詳しくはホームページをご覧ください』

「そ、そんな……」


 莉莉亞はぼう然として電話を切った。


「どういうこと……?」


 震える手でエージェント会社に電話を掛ける。確かに今日だと聞いていたのに。


『お掛けの電話番号は、お客様のご都合によりお繋ぎできません』


 慌てて松尾と伊田野の携帯にも電話を掛けた。どちらも同じく不通になっている。

 莉莉亞は真っ青になった。

 名刺のメールアドレスへメールするが「Mail Delivery Subsystem」からエラーメッセージがすぐさま返信された。既にそのメールアドレスは存在していないということである。


「まさか……そんな……」


 眩暈がした。

 自分の視界が色褪せ、歪んでゆくような錯覚に囚われた。

 へたり込んでだらりと落とした手からスマホが滑り落ち、床に転がった。

 ラ・クロワへ復帰する輝かしい記念日。新しい始まり。

 今日はそんな日になるはずだったのに……

 四つん這いでスマホを掴み、震える手で何度も間違いながらもう一度電話を掛ける。


『はい、平瀬です。あ、莉莉亞? 今、オフィシャルサイトを見てるんだけど再デビューのプレスリリースはいつ……』

「アツシくん? いまオラトリオ・アソシエイツに電話で聞いたらデビューのことなんて知らないって……」

『ええっ!?』

「それでエージェント会社に電話しようとしたら繋がらないの……メールも駄目なの……」

『……』

「ねえ、どうしよう……どうしたらいいの……どうしたら……」


 思いもよらぬ事態にアツシは言葉をなくした。

 これって、もしかして成りすまし詐欺だったのか。詐欺に遭ったのか……そんな思いが頭の中でぐるぐると巡る。

 電話の向こうから縋りつく声は途中から嗚咽に代わり、もう何も話せなくなってしまっていた……



**  **  **  **  **  **



「何これ……まさか首輪?」


 テーブルの上に置かれたのは美しく装飾された銀の鎖が付けられた首輪だった。化粧箱に納められた四つの首輪だった。

 チクサはこれを自分たちが付けるのだとはまだ思い至らず、キョトンとして聞き返した。

 莉莉亞の問いに、ラ・クロワのメンバー達は気まずそうな顔で押し黙り、答えない。

 戸惑う莉莉亞へ臨時マネージャーの都賀崎は無表情に「そうです」と肯定した。


「なんでそんなものを……」

「次の企画ではこれを付けて歌ってもらいます」

「は?」


 困惑するチクサへ頓着する様子もなく、都賀崎は淡々と説明する。


「次回のコンサートツアーはCDの売上が三〇万枚を突破しないと解散という条件が課せられます」

「あの……何を言って……」

「そのため、『枷のつけられた歌姫』という演出を皆さんにしていただきます。衣装サンプルはこちらです」


 用意されたのは、まるで貴族の姫君が身に纏うような気品のある漆黒のドレスだった。それだけならどんなにステージで歌うのが楽しみになったことだろう。

 しかし、奴隷のような首輪とブラック企業も真っ青のノルマを課せられたことがチクサにはたまらなく不愉快だった。


「私たちを歌うだけの奴隷みたいに扱うんですか!」


 チクサからの抗議と憎しみの籠った視線を、都賀崎は「こいつ、何を言ってるんだ?」とでもいうような冷ややかな目で見返した。


「奴隷かどうか、そんな解釈は人それぞれです。ファンや評論家にでも任せておきなさい。そんなことよりプロデューサーから指示されたノルマはCD三〇万枚です。せいぜい三〇万枚に満たなければ解散するという危機感をファンに訴えて、今度のツアーに臨んで下さい」


 フザけないで! と今にも掴みかかりそうなチクサをるぅなが「チクサちゃん、堪えて」と言いたげな涙目で止める。その間に都賀崎は「明日、詳細を説明しますので」と言い捨て、さっさと退出してしまった。


「……」


 怒りに肩を震わせるチクサをそれ以上何も言わせまいと、ナツメが「三〇万枚か……厳しいけど私たちに達成出来ない数字じゃない。頑張ろうよ」と作り笑顔で声をあげた。


「そうだね、今の私たちなら出来る! 三〇万枚、絶対達成しよう!」

「頑張ろう、頑張ろう!」


 三文芝居のようにめぐみとるぅなが同調し、懇願するような目をチクサへ向けた。お願い、今までと同じように自分たちに合わせて、と。

 その卑屈さにチクサは思わず目を背けた。


(何が『絶対達成しよう』よ!)

(達成して何があるのよ。ファンの気持ち度外視の搾取目的じゃない!)


 しかし、そんな自分だって所詮あのプロデューサーの前に出れば怖くて何も言えない。阿諛追従の徒に過ぎないのだ。

 チクサはやり切れなかった。

 目標を達成してラ・クロワを解散の危機から救うため、ファンは今まで以上にCDを買わなければならない。

 ラ・クロワは彼等に「私たちをこの軛から解き放って」と浅ましく呼びかけ、同情を惹く為に歌わなければいけない。

 解散の危機なんてものを勝手に設定したのはプロダクションなのに、そのプロダクションへ莫大な利益をもたらすために。


(こんなことまでして歌って、一体、誰が幸せになれるというの?)

(誰の為に……何の為に……)


 ラ・クロワはこんなグループじゃなかったはずなのに。

 メンバーのみんなは、こんなアイドルを目指していたはずじゃなかったのに。


(私たち、どこで、なにを間違ってしまったの……?)


 懸命に笑顔を作り、しきりと「頑張ろうね」と呼びかけるるぅなに、チクサは返事をしなかった。



**  **  **  **  **  **



 数日後。

 コンサートツアーがプレスリリースされ、ラ・クロワの「枷のつけられた歌姫」キャンペーンは大々的に始まった。

 枷という屈辱的な隷具とは思えない美しい銀のアクセサリーを首に付けたドレス姿の歌姫たちは華麗にして衝撃的だった。そこに「私たちを、この運命から解き放って……」という煽情的キャッチコピーも相まって、たちまちセンセーショナルな話題となった。

 ラ・クロワを解散という過酷な運命から救い出すために……そんな義侠心に駆られたファン達は競ってCDを山のように購入した。

 巨益を目論むプロダクションの思惑にただ踊らされているとも知らず……

 だが。


「はぁ? フザけんな!」


 気づいた者もいなかった訳ではない。

 怒りの声を上げたのはアンチ莉莉亞のインフルエンサー「青騎士アーロン」だった。

 SNSからフォロワーを煽り、ラ・クロワ復帰活動中の莉莉亞を完膚なきまで叩き潰して留飲を下げた彼だったが、縒りにもよって推していたラ・クロワが、ファンをこうもないがしろにした搾取商法を始めたのは容認ならない出来事だった。

 そもそも解散を盾に三〇万枚ものCDをファンに買わせようとしているその意図が余りにもあからさま過ぎる。盲目的なファンならいざ知らず、アーロンは敏感に搾取構造の匂いを嗅ぎとったのだった。


(これは莉莉亞同様、プロダクションにお灸を据えねばならない)


 そう考えたアーロンは叩きつけるようにキーボードを打ち始めた。SNSのメックスにプレスリリースの記事を引用してつぶやく。


『ファンに何枚CD買わせる気だよ。絞れば幾らでも金を搾り取れる奴隷と勘違いしてるんじゃないか?』


 ハッシュタグに「#搾取商法」「#金権アイドル」と付けて投稿する。

 ものの一分も経たないうちにコメントやリポストが付き始めた。彼には二〇万もフォロワーがいるのだ。

 ラ・クロワを通じて三〇万枚という法外なノルマをファンに課したことを快く思わないユーザーやアンチファンは、やはり数多くいた。


『ラ・クロワ、ファンが幾らでも金出すからってちょっと調子乗り過ぎてんじゃねえの?』

『解散させたくなきゃキャッシングしてでもCD買い漁れって? いくら何でもヒドス』

『拝金の歌姫達か。ここに来ていよいよラ・クロワも堕ちたな』


 共感したコメントと共に批判が広がり始める。


「ファンを金蔓と勘違いしている搾取アイドルと屑プロダクションは一から出直せ。おおかた枕営業と札束で成り上がったんだろうがうぬぼれんな。何様だ」


 書き込みに無数の共感と引用が付き、更に拡散してゆく。アーロンはほくそ笑んだ。


(オレの目が黒いうちはファンを蔑ろにした金儲けなど勝手にさせるものか)

(ま、莉莉亞よりは手加減してやるが……お前らも少し痛い目に遭ってもらうぞ)


 ところが……

 SNS「メックス」のトレンドキーワードに「搾取系アイドル」「ラ・クロワ」が並んで彼が快哉を叫んだ数日後。同じメックスの「オラトリオ・アソシエイツ」アカウントがコーポレートサイトのトピックス掲載と併せて声明を発表した。

 アーロンは「プロダクションから今回の件でそろそろ謝罪くらいあるだろう」と、相手を完全に舐めきっていたが、「うぬぼれるな」と言ったアーロンへの回答は峻烈なものだった。


『SNSユーザーによる当社所属「ラ・クロワ」の誹謗中傷に関する対応のご報告』


「は? なんだよ、これ……」


 謝罪どころか、それは「お前を社会的に屠る」という冷徹な声明だった。


『いつも弊社所属アーティストへの温かいご支援をありがとうございます。

ここ数日、弊社所属アイドル『La Croix(ラ・クロワ)』への度を超えた誹謗中傷、デマ情報の拡散、過度な憶測記事の掲載といった行為が、インターネット上で多く存在しております。


これらの流布は、弊社およびラ・クロワへの信用毀損もしくは名誉毀損に該当します。また内容によっては信用毀損罪等の犯罪に該当する可能性があり、すでに警察への相談を行いました。また法的な処罰に向けての準備を始めました』


「け、警察? 法的な処罰? ふざけんなよ……」


 強がった独り言は声が震えていた。

 だが、続く声明は彼にとってぞっとするものだった。


『弊社においても誹謗中傷の発信元、事実関係の調査を昨日より開始し、既に主な対象者を特定しております。プロバイダーへ依頼し証拠保全のうえ、まもなく厳正な警告と損害賠償請求訴訟の提起を予告いたします。

なお、今後このような誹謗中傷が繰り返されぬよう本件はすべてを公開し、その上で厳正に対処します。示談には一切応じません』


 そして最後に「特定された対象者」として自分の名前が記載されているのを見たアーロンは自分の顔から血の気が引いてゆくのを感じた。

 SNSはと見れば、既に自分に同調していたユーザー達は、ある者は発言を消し、またある者はアカウントごと削除して逃亡するなど四散していた。

 メックスでは「青騎士アーロン死亡確定か」「ラ・クロワのプロデューサー対SNS論客の法廷バトルキター!」と面白おかしく書き立てられている。所詮、対岸の火事なので、どうなることかと誰もが高みの見物を決め込んでいた。


「ち、ちょっと待て……なんだよ、それ」


 アーロンは震えあがった。周章狼狽するばかりでどうしたらいいのか皆目見当もつかない。自分が叩かれる立場になるなんて、思ってもいなかったのだ。


(訴訟って……)

(莉莉亞の時はそんなこと何もしなかったじゃないか!)


 抗議したところで無視されるだけだろう。相手はすべてを法廷に持ち込むつもりで準備を進めている。泣きついたところで今さら示談などしないと宣言しているのだ。


(ヤバい……ヤバい……ヤバい……)


 顔面蒼白のまま、アーロンは自分のアカウントを削除した。

 そうすれば何もかもリセットされ、全てがなかったことになるような気がして。


「オレは悪くない……オレは間違ってなんかいないんだ。おかしいのは搾取してるプロダクションの方で……」


 証拠はすべて保全されており、今さらネットから逃げ出しても無駄だということを忘れてしまったように、アーロンは狼狽えていた。

 スマホの電源も消そうとしたとき、先日莉莉亞を叩いて潰した時、彼女を煽った自分の発言が一瞬、目に入った。


『ねぇねぇ、いまどんな気持ち?』

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