第12話 疑惑

「お嬢様、これからどうしたいですか?」


 アメリアが移動した部屋で一息つくと、クロが聞いてきた。


「ジェラルドに会いたいけど、我が儘も言えないわ。安全を考えるなら領地へ帰るべきなんでしょ? 準備を整えて明日の朝にでも出発でいい?」


 アメリアはなるべく明るく言うが、2人の反応が良くない。


「分かりました。命にかえてもお嬢様は必ず旦那様の元へお返し致します」


 クロが想像以上の重々しさで応える。昨日の襲撃には、クロやトビの同業者はいなかったと言っていた。それにしては、クロの態度は不自然だ。


「何? 何か隠してる? 私は3人の安全を守りたいだけよ。何かあるなら言って」


 クロは少し躊躇しながらも話し始めた。


「私はお嬢様が騎士に指輪を渡した後、きちんと皇太子に持っていくか心配で、王宮内までつけて行こうとしたのです。しかし、王族側の同業者、つまり近衛の隠密部隊がウロウロしていて入る事ができませんでした」


 アメリアがジェラルドと頻繁に会っていた頃には、隠密部隊に見つかることなく入りたい放題だったのだそう。


「王宮の警備レベルが格段にあがっています。連携の取れ方からするとだいぶ前からこの状態だったと考えていいと思います」


 通常、アメリアの護衛の2人は王宮の警備レベルが上がった事や、警備レベルを上げなきゃいけなくなるような王宮での出来事について把握しているらしい。


「大きな声では言えないけど、辺境伯軍のうちの部隊には筒抜けなんだ。フウ隊長から報告が定期的にある」


 まるで王宮に対するスパイのようだとアメリアは内心驚くが、トビは悪びれる様子もない。


「今回の王宮の異変は私達が辺境伯領にいた頃からだと思います。それを私達が知らなかったということは、可能性は一つしかありません」


 アメリアはこたえの予想がついて震える。


「辺境伯軍の中に俺たちに情報を渡さなかった者がいる。それも、情報に秀でた俺達の部隊『辺境伯軍特殊部隊』の中に……」


『辺境伯軍特殊部隊』


 時代によっては潜入や暗殺まで請け負っていた隠密行動に秀でた部隊だ。現在はフウが隊長をつとめ、クロやトビも所属している。


 トビが拳を強く握っている。アメリアも口を開くことが出来なかった。


「……」


 しばらく部屋に沈黙が落ちる。


「そんな、みんな優しくていい人ばかりなのに……」


 アメリアはどうしても信じることが出来なかった。アメリアが小さいときからいつ遊びに行っても、みんな優しく歓迎してくれていた。アメリアにとってはもう一つの家族だ。


「うん、優しくていい人なのは元々お嬢様に対してだけどね」


 トビがわざと明るく笑う。


「それがあるからさらに分からないんですよ。もう、はっきり言ってしまえば私とトビがいれば裏切り者の1人や2人、5人くらいまでなら殺ってしまえば済むんです。ただ、該当者がいないんです」


「今回王都へ来たのは偶然だけど、半年もしないうちにお嬢様が王宮に入ることは決まっていた。王宮の情報は元々お嬢様のために更新されていたんだ」


 婚約破棄などなければ、アメリアは学園卒業から半年後に王宮入りし結婚の準備を半年かけて行う事が決まっていた。


「王宮の情報がなくて困るのはお嬢様だ。お嬢様が困ることを良しとする者が俺達の部隊にはどう考えてもいない。旦那様を裏切る奴はいるかもしれないけどね」


 それはそれでどうなのかとアメリアは思うが、あまりに当然の事のようにいうので何も言えなくなる。


「何が言いたいのかといいますと、何も分からないってことなんです。辺境伯軍の私達の部隊で何かあって情報が私達に届いていない。その理由が誰のどういった意図によるものなのか想定できない。ということは対策も取れないということ。その中での長距離移動は危険です」


「でも、特殊部隊が信じきれないなら、今いるここも王都の屋敷も危ないかもってことでしょう?」


「はい、そのため移動を繰り返しています」


「宿屋も騎士団の試験のせいで取りにくいからね。危険な中でも安全なのがここって感じかな? それでも、長く留まるのは厳しいし気をつけながら辺境伯領に帰るしかないよね」


「騎士団の試験……。そうだわ、騎士団に入ればいいのよ。試験中だし受けてみるわ」


「「はい?」」


 アメリアはすごくいい考えだと思うのに2人は困惑している。それならうまくいくかもしれないとアメリアは思った。


「2人が驚いているって事は、他の人も辺境伯令嬢が騎士団に入隊するなんて思わないってことでしょ? それなら敵に気づかれる可能性も少ないわ。試験で入ることのできる警備騎士団は王宮外だから護衛も続けてもらえるし、トビとクロは入れてもジェラルドが改革したから町にいるよりは敵は入りにくいでしょ。名案じゃないかな?」


「男しかいない騎士団では別の危険もある気がしますけど……」


 クロの顔が引き攣っている。


「大丈夫。騎士団の入隊試験に服を脱ぐような身体検査はないって事は確実よ。だから女だってバレないわ。ジェラルドの仕事を近くで見てたから知っているもの」


「いや、そういう意味ではなくてですね……」


「いいんじゃないか? 俺も普通なら反対だから誰もこんなことをお嬢様にさせるとは予想出来ない」


 トビは一応賛成してくれるようだ。


「あとね、騎士団の試験から半年後には王宮騎士団に昇格するための試合が行われるんだけど、毎年ジェラルドが観戦しに来るの。もちろん、ヴィクトルお兄様も一緒にいるから、お兄様に保護を求める事もできるし、半年後にはすべて解決よ!」


 騎士団には王都を守る警備騎士団、王宮を守る王宮騎士団、王族を守る近衛騎士団がある。アメリアの受けようとしている試験は平民向けで平民は騎士団に入ると警備騎士団に全員配属され、実力によって王宮騎士団に昇格する。


 警備騎士団所属であれば、半年後の試合には誰でも出られるし、負けたとしても当日ヴィクトルに会えればいいのだから、問題ない。


「ずいぶん長い計画ですね。半年後なら旦那様と奥様が王都にいらっしゃるでしょうから、ヴィクトル様に保護を依頼する必要もなくなりますけどね」


 アメリアの両親は予定通りであれば、影武者アメリアの卒業を王都で見届けてすぐ、影武者とともに領地へ戻ったはずだ。辺境伯夫人も一緒なのでゆっくり馬車で移動したはずだが、もう領地に着いている頃だろう。そして半年後アメリアとともに王都に出て来る予定になっていた。


「他に何か方法があるか?」


「いえ、騎士団でいきましょう。私としてはそこまでの長期戦は考えていませんが、この方法ならお嬢様の当初の目的も捨てずに済みます」


 クロは決意の籠もった目をしている。


「じゃあ、明日の朝受付に行ってくるね。2人は合格を祈っていてね」


 アメリアはジェラルドの考えた入隊試験を思い出しながら寝る準備を始めた。


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