サツマイモの干し葡萄煮
下拵え
関東でも流石に冷え込んできた十一月。昨日の芋煮会の熱が冷めやらぬ金曜の夜に、イモが来た。
いや、月穂を昔風の表現としてイモと言ったのではなく……。
より正確には、月穂が実家からの支援物資である箱に満載されたサツマイモを俺の部屋に運び込んできあがった。自分の部屋に置き場がなかったとかの理由のような気はするが、ひとまずその様子を窺っている。
いや、別に手伝っても良いけど、手伝わなくても大丈夫そうだし――さすが田舎出身の骨太女子だ――、勝手に人の部屋に入ってきて、なんのことわりもなく収納作業をしているので、ひとまずは見守っている。
……いや、こう、さ?
うん、分かると思うが、中腰になった女子って、なんか、いいかもしれない。
具体的には、背中から腰にかけての曲線とか、二の腕と肩と脇と胸の辺りの、こう、柔らかそーな感じとか、艶っぽく感じる。
「石焼イモってさ」
一言のことわりも無く、俺の部屋のキッチンの収納部分に中腰になってサツマイモの箱を入れ終えた月穂は、腰を上げてにこやかに――ひと仕事終えたとでも言わんばかりに、額を手の甲で軽く拭った清々しい笑顔だ――話し始めたので、それを遮って俺は短く叫んだ。
「嫌だ!」
「んに?」
月穂がいつもみたいに、なんにも分かってない顔で、小首を傾げて見せたので、俺は毅然とした態度で言い放った。
「お前、昔の惨劇――イチゼロイチゼロ事件を忘れるなよ!」
むかしむか~し。
俺と月穂が小学校三年の頃、落ち葉で焼きイモを作ろうとした月穂につき合わされたことがあった。サクラの落ち葉を集めイモを仕込んで火をつければ、落ち葉が乾ききっていないので火付きも悪いし、結局イモも焼けず――そこで諦めればいいのに、月穂は多分稲の籾殻を小山にして焚いていた所に行って、そこに芋を突っ込んだが結局生焼け。
その後もいろいろと苦労したが、結局漫画やアニメみたいにイモが焼けないことを悟っただけで終わった。しかも、火遊びするなと怒られるおまけ付きで。
俺は素直で良い子で通っていたので、ああいう感じで周囲に叱られて回るってことがそれまで無く、そのトラウマからその冬は月穂の家にあまり寄り付かなかったのを今でも覚えている。
「誉って、そういうの根に持つんよね。……男ん癖んに」
月穂は月穂で、叱られ慣れているから、その時はけろっとしていたけど……。
いつも通りにかまくら作ろうとか、なにかと誘って来ても、俺が家に引き篭もっていたのでつまらない冬休みを過ごした、らしい。
あくまで兄貴経由の話だけど。
そんな二人のトラウマっていうか、色々と処理に失敗した事件が、十月十日のイチゼロイチゼロ事件だった。
まあ、今考えてみると、非常にくだらない話だけどさ。
でも、子供の頃ってそういうものだと思う。小さなことが必要上に気になったり、周りが良く見えていなかったり。
そう、大人になった今は――。
……まあ、でも、ここで男の癖にとか言われてしまうと、やっぱりカチンと来るわけで。
「月穂なんて、サツマイモ持って帰ってしまえ」
「ヤダもーん。明日も明後日も休みなんだから、夜更かしだもーん」
ひとまず、モノがきちんと収納されたのを確認して、廊下兼キッチンの向こう、居間兼寝室に戻る俺。月穂は、俺が背中を向けると同時に、やっぱり背中にふたつのふくらみが当たっている体勢で引っ付いてきて、肩に顎を乗せた。
「はー、さぶいさぶい」
隣の部屋に来るだけだったから、コートを着てない月穂は、ちょっといつも以上に引っ付いてそんな言葉を俺の耳に吹きかけてきた。
つか、付き合っていない男の胸とか腹とかわさわさするな。性別が逆だったら、セクハラだの痴漢だの叫ぶくせに。いや、流石に月穂相手にも、俺からそこまではやったこと無いけどさ。
「嘘吐け、地元と違って、まだ雪も降ってないだろ」
そう、関東に出て来て驚いたんだけど、もう十一月だと言うのに、普通に夜でも十度以上の日が多かった。地元の日中の最高気温が、こっちの夜中の最低気温ぐらい。
日によっては、上着が要らない時だってある。未だに。
「わたし、さむがりなんに」
悪びれもせずに言った月穂は、でも、あんまり厚着はしていないみたいだった。
下は焦げ茶っぽいロングスカートで、上は大学で見たのと同じ高校の制服と同じようなブラウスに、模様のあるクリーム色のカーディガンを合わせている。
「ああ、まあ、それも分かるけどな。暖房は?」
八畳の居間兼寝室は洋間だったけど、ベッドの置いてあるのと反対側の壁、机の横にカーペットを布いてコタツも置いてある。小さいヤツだけど。ってか、俺の場合は、エアコンは夏に冷房を掛けるだけで、冬は炬燵だけで乗り切る予定だ。
「人間カイロ」
ぎゅむ、と、月穂ががっつり抱きついてきた。
……落ち着け、俺。
高校の倫理の時間、教科書に馬車の絵があっただろ? 本能って書かれた馬を、理性って書かれた御者が制御しているアレだ。
長い付き合いだから分かっているが、月穂はアホの子だ。こんな、普通は付き合ってる男女じゃないとしないようなことが、五つ六つぐらいの時と同じ感覚で出来てしまうんだ。
だから、深い意味は無い、はずだ。
たとえ現在時刻が二十時を過ぎていて、今居る場所が男の部屋だったとしても、きっと意識していない。つか、そこまで考えて来ているとしても、アポ無しだから買ってないっての。いや、アポなしはいつもなんだし、常備しとけって話なのか?
んう……。
扱い難いな、アホな幼馴染って。
進めって意思表示での青信号なのか、男として意識していない歩行者天国的な感覚なのか、読み難い。もし後者だったら、友情の崩壊だけでなく、社会的にも俺が終わってしまう。
「使い捨てられるってか?」
カイロの持続時間なんて、持って半日だ。甘ったるい空気に呑まれて、うっかり手を出してしまわないように、敢えて冷静に、冷めた言葉を投げ掛ければ、不思議そうに見つめ返されてしまった。
「んに? 同い年なんに、最後まで大丈夫ちゃな」
けらけらと笑っている月穂。
コイツは、今、言ったことの意味を本当に理解しているんだろうか?
してないよなー、絶対。
なんかこっちばっかりがイロイロと深読みしてるみたいで、ちょっと損してる気がする。
嘆息し、いつも通りの顔で、月穂曰く『一生涯持続できるカイロ』から炬燵に乗り換えさせ、俺もひとまず炬燵に入る。
が、先にコタツに足を突っ込んでいた月穂は、コタツの上掛けを捲くりあげ、中をのぞき――。
「電気入ってない?」
「ああ、入れるほど寒いか?」
「んーん、へいき」
じゃあ、なんで訊いたんだろう。
まあ、思ったことは、全部口に出す主義ってだけなんだろうけどさ。
……いや、だから、確かに小さい炬燵だけれども、小学校の時みたいに足がぶつかったからって、足を絡めたりするなってのに。
「てか、なんで十一月にサツマイモだ? 芋掘りって先月のしかも前半じゃなかったか?」
つっついてくる月穂の足を押し返しながら――無論、月穂よりもゆーしゅーな頭脳で、月穂の足の付け根まで俺のつま先が届かないように加減しての……そう、例えるなら、平和維持軍の武力行使範囲での抵抗をしながら、俺は月穂に問い掛けた。
「稲刈りの後に、天日で干したり脱穀したり色々やっちゃら、こん時期んに?」
月穂は、こう……猫背になって、肩に届くぐらいまで、コタツの上掛けを引き寄せ、なんか、あまるっとした感じになってる。
「ああ、そうなん? や、レンコンちゃも、掘るんに十一月け」
ああ、そうか掘っても、稲刈りの作業で発送が遅れたのかもしれないし、逆に天気的な問題から先に稲の方をやっちゃって、あんまり影響の少ない土中のイモを後回しにしていたってことなのかも。
納得したところで、不意に、にゃははは、と、月穂が笑い出した。
なにが面白かったのか訝しんでいると、猫みたいに目を細めた月穂が、ずい、と、テーブルの上に身を乗り出してきた。
「誉、方言の方が可愛いんに、なにいつもは、隠してるん?」
垂れ目をいつもよりちょっとだけ大きく開いて俺を見上げてくる月穂。
ったく、つられてしまうっていつも言ってるのに、この幼馴染は。つか、方言が出てきた以外の意味でもつられるぞ、そんなまあるく覗きこむような目をされると。
「それは、置いとけ。ってか、男に可愛いとは言ってはいけない」
「主夫は可愛い方が良いんにな~」
いつもはここで主夫という月穂の言い掛かりに関して反論するところだけど、月穂が多分無意識に積極的なので、ちょっと鎌を掛けてみようと――。
「嫁さんがたんまりと稼いでくれるならな」
と、応じてみた。
きょとん、とした、月穂。
「ヒモになりたいん?」
無垢な顔で、そんなこと訊くな。
なりたくないといえば嘘になるが、月穂に養われている自分ってのが、なんだか、こう、太陽が西から昇ってくるレベルで真理に反しているように思えた。
が、この顔にどう答えたら良いのか、正解が中々見つからず、俺は時事問題を絡めて話を煙に撒くことにした。
「ふよーこーじょの成り行き次第かな」
案の定、月穂は、んに? とか、鳴きながら、首を左右に揺らして、さっきまでの話を、きれいさっぱり忘れた顔をしていた。
が、そこで本題を忘れるような鳥頭ではなかったらしく――。
「サツマイモ、どうするん? 夜食なんに、はやく、はやく。夜十時以降は太るんだよ」
結局、イモの話に戻られてしまった。
つか、あれ? 夜の十時……二十二時のことだったか? 二十時とかどっかで聞いた気がするんだけど……。
まあ、こういう、都合よく自分でルールを曲げる月穂、見慣れてるから良いけど。
「今日食う前提か。まあ、平日にあんまり手間のかかるものは作りたくないし、凝ったことするなら週末だけどな」
ちょうど先週、中間考査のラッシュが済んで、余裕が出てきたところでもある。
結果に不安もないし、ここでなにか作るのもやぶさかじゃない。
「干し葡萄と甘く煮るか」
確か、カリフォルニア産の干し葡萄がどっかにあったな、と、思いながら、弱火でじっくり煮るだけだし、砂糖は入れずに作れば自然な仕上がりで夜も安心だろ。最後に、じゃがバタみたく、バカーかマーガリンで微かな塩気と油っ気を出せば、味に深みと締まりもでるしな。
どっこいしょ、と、立ち上がろうと膝を曲げた瞬間だった。月穂の垂れ目が怪しく光ったのは。
「……可愛くなぁい」
主夫系男子大学生のレシピメモ 一条 灯夜 @touya-itijyou
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