第三十一話 運動部へ
「あれはヤバいな」
いつまでも余韻が消えない客の1人である悠斗は名残を噛みしめながら言葉を漏らす。
悠斗に反抗的な唯や、気力なさげな白翼もここでは同感らしい。
探偵チームは体育館を後にし校庭へと向かっていた。ハープの独奏の後は吹奏楽部のアレンジ曲などが披露された。
「バイオリンも凄かったけど……今日のはさらに格上って感じ。前のは手を抜いてたって思えるぐらい」
以前を知る唯が珍しく自ずから心境を述べた。
誰もがその一言に同調するような首肯を見せる。まだ誰も興奮を抑え切れていない様子だ。一部は興奮と呼ぶには余りにも静かだが。
「あんな曲知らないし、やっぱり自作だよな」
鎮静化してきた鼓動の音を確かめながら思い返す。周りもそうだろうと言う予測でしかないため一応スマホを使って検索をかけてみたが、やはりそんな題名の楽曲は1件たりとも存在していなかった。
改めて感慨にふける。
今まで音楽や吹奏楽に興味はなかったものが突然その方面に目覚めてしまいそうなほどだ。
あの曲の空間支配力が恐るべきものであったことは今更どうでもいいことだ。
「ちなみに唯、入学式の時は何て曲だったんだ?」
興味本位で話を振ってみる。楽器が違うならきっと演奏に使用する楽譜も変えるはずだ。
「えっと……確か……バイオリン?」
「いや、楽器じゃなくて曲」
先にも聞いた楽器名を挙げられ軽く突っ込むが可愛く膨れられる。どうやら不満があったらしい。
「そう言う曲なの。正式発表されてたから覚えてるけど、大文字のBにiとoでバイオ、大文字のPでリン、これらをハイフンで繋げて『
ネタとしか思えない曲名だった。
異様なネーミングセンスに唖然とする悠斗を見て唯が更に膨れる。
「アタシは何も悪くないからね!」
自分に非がないことを全力でアピールする。その様子がおかしかったがそれは確かに事実である。
「分かってるって」
無駄に怒りを見せる唯を宥め曲名について少し考察する。
Bioは連結要素として名詞・形容詞の頭に付属する単語だ。生命、生物といった意味を表しBiotechnologyなどのBioはこれにあたる。純粋に連結要素として使用しない方面で見れば生物学、伝記という意味でも使えるが基本的には使われない、と思う。
次にPと書いてリンと読ませる方だが、これは燐の元素記号Pを表しているはずだ。これらを合わせ直訳すれば……生命の燐……もしくは生物の燐……。
全くもって理解不能だった。
燐は生物の視点から見れば一応動植物の体内に含まれているがそれがどんな働きをするかまでは悠斗も知らない。結局分析しきれずに降参する羽目になった。今はこの程度で勝手に解釈していつか作曲者と思われる彼女に直接聞いてみようと思う。
機会があればの話であり、そんな機会は来ないと思うが。
「んで、今度はどこに向かってんだ。運動部回るくらいならあの曲ずっと聞いてたいんだが」
体育館を振り返りながら文句のようなものを垂れる悠斗。
演奏会が終了した直後なため人が絶え間なく流れ出てきている。
「いいじゃんいいじゃん、折角なんだし全部見て回ろ?」
「おわっ、ちょい待てよ」
悠斗の腕を掴み下足場まで引っ張るとその後方からノアたちも駆けてきた。悠斗の静止など一切お構いなく突っ切ったが大した距離もなく息切れは勿論のこと疲労感もない。
気怠そうにしながらも苦笑いして靴を履き替える。上靴には指定があり男子は青と白(主に白)で染められているが、外靴に関する校則はなく悠斗は赤と黒を基調とした運動靴を履いてきていた。
靴を地に放ると片方は上手く弾み直立したが、もう片方は転がって横を向いた。そんなことは気にすることもなく足を器用に使い履き終える。
間近にある小さな階段と呼べない階段……つまり段差を降り右手に校門、左手にグラウンドが見える。
家が恋しくなった悠斗が校門を見つめていると誰かがその隣に並んだ。
「帰らないよ」
エリカが悠斗を覗き込みその美麗な顔を近づけていた。
悠斗の思考を読めてしまったらしい。
当の悠斗は視線を超速で校庭へと向け歩みを進めた。
「分かってるよ、ほら行くぞ」
ツンデレ風の態度にニヤケが止まらないエリカを放置して校庭までの短い道を進むと何やら変わったものが視界を横切る。
校庭や校門とは異なる、道から逸れた位置に花壇があったのだ。建物の影に少し隠れており普段意識しないため悠斗はこの時初めて花壇の存在を知る。
ただ、注意を引かれたのはそこに咲き誇る花々ではなく、その花たちの栄養補給、即ち水やりをしている1人の少女の姿だった。
悠斗が突然停止したため後ろを走ってきていたエリカが衝突する。急停止に反応が追いつかなかったのかそれなりの勢いが出ていた。悠斗は多少よろけた程度だったがぶつかった本人は可愛らしく尻餅をついていた。
「いったぁ〜、ううぅ、悠くんどうしたの?」
鼻を押さえながら涙で潤ませた視線を向ける。その微量の酸で赤らんだ目元を見た瞬間悠斗に電撃が走った。
「……ごめんごめん、ほら」
照れ隠しのように謝罪し左手を差し出す。悠斗は右利きだがどうやらエリカは左利きらしいので何気ない優しさで左方を差し出した。
無駄に彼女のポイントを稼いでいるとも知らず掴み返された手を優しく引き上げ態勢を直させる。
「ありがと……。それで、何見てたの?」
一度目線を足元へ落とした後控えめな眼差しで尋ねる。エリカが羞恥心を持っていることに驚きながら適当に誤魔化す。
「別に、こっちに道が繋がってることを初めて知って『へぇ』って思っただけ」
事実だが詭弁を使い逃れる。幸い先まで花壇前に見えていた女性の姿はもうなかった。あの一帯を探るとまだ気配は残っていたがそんなことは今関係ない。
「ふ〜ん」
聞いておきながら随分とテキトーな相槌を返す。流れ的に尋ねるのはおかしな話ではないが、こうやって流されると何となく傷付く。
勝手に凹んでいると前方にいる他の4名に呼ばれた。
唯が最後尾にいないことに笑みを浮かべながら返事をすると2人でグラウンド前へと駆けて行った。
「部活動って多いんだな」
白翼が校庭に犇く部活動勢を眺め感想を口にする。この学校は部活も勉学もそれなりに好成績を残しているためどちらにも力を入れている。
部活動の方は陸上、サッカー、吹奏楽がそれぞれ全国レベルらしい。吹奏楽は先ほどの演奏を聞けば誰でも頷けるが陸上とサッカーは見ていてもよくわからない。今の悠斗にしてみればどちらも動きが悪く感じるほどだ。これが肉体強化の魔法の影響であることは言うまでもないが、やはり常識離れした感覚は少し気味が悪い。
「どうやって回るわけ? アタシ別に興味ないんだけどさ」
化学部室(第二理科室)の方角を見上げながら呟く唯。兄と言い妹と言いここまでの兄妹愛はさすがに引く。とはいえ悠斗の擬似妹も兄に好意を寄せているので言葉にするまでは出来ない。
悠斗に兄弟はいないためいまいち実感は湧かないが兄弟とは本当に唯と司やノアと悠斗、白翼とあーちゃんのように仲がいいのだろうか。喧嘩等の諍いは日常茶飯事だと思っていたが少なくともノアと悠斗、白翼とあーちゃんのペアでの仲違いは起こっていない。
悠斗の想像以上に世界の兄弟姉妹の関係は良好なのかもしれない。
「俺も特に興味ないから任せる」
唯に続いて悠斗も他人に丸投げする。こういう時は言い出しっぺ、つまりエリカが取り仕切って先導するべきなのだ。
「もう〜、唯ちゃんはともかく悠くんはもっとやる気出してよ〜」
「やる気とは何だやる気とは」
一歩下がった悠斗に対して膨れるエリカの単語にツッコミを入れる。そもそも部活動紹介にやる気は必要なのだろうか。入部した人間や紹介する側にやる気は必要だが見学程度にもいちいち力を入れていては疲労が募るばかりで仕方がない。
それともう一つ、唯は何故許されるのか意味がわからなかった。
「何で唯は仕方ないんだよ」
それを言葉にすると変わらないやや怒ったような表情で返す。
「唯ちゃんは私たちが勝手に連れてきたからに決まってるでしょ」
偉そうに言い張るがそれは間違っている。
まず第一に唯はある意味自分の意思で来ている。そして第二に――
「おい待て、それは俺もだ」
悠斗は己を人差し指で示しアピールする。
すると事実を知らなかったノアが、えっ!と驚き2人の間に割って入ってきた。
「お兄ちゃん部活動紹介来たくなかったんですか?」
反則級の上目遣いで尋ねてくるがそんな可愛さにも負けず堂々と言い張る。
「ああ、帰りたかった」
その宣言にノアは落ち込むこともなくエリカの方をじっと見て言葉をつなげた。
「エリカさん、人に強制するのは良くないですよ。特にお兄ちゃんの意思は尊重しましょう」
悠斗の味方に回ったノアは犯人をエリカと決めつけ攻撃を始める。ただ、悠斗の意思は絶対という謎理論についてはそこまで求めないが。
「ええー、だって悠くん楽しそうだし。ノアちゃんもでしょ? 今更だって」
能天気に応えるエリカと一見悠斗側に立っているノアの対立。エリカの言葉にノアも「まあ」と言う。
「でも、嫌なら別に」
別に無理しなくてもいい、とでも言うのだろうか。本当に嫌なわけではない。年下にここまで無駄な口論をさせる方が癪だ。そろそろ治めるために動き出すか、と声を発そうとした時。
「おい――」
「ノアちゃん、私を相手にしていいのかな? かな?」
よく分からない意味深かつウザい笑みを浮かべノアに指差す。何より「かな?」の並列が一番ウザい。
当然ノアにも言葉の意味がわからないので「はぁ……」と吐息が漏れるが続く言葉を耳にした途端陣形に変化が生じる。
「私の邪魔をするなら、ノアちゃんがこの前悠くんの部屋で発情してたことバラしちゃうもん」
大声で暴露しながら脅迫する。
もはや脅しではなく公開処刑だ。
「なぁっ!」
顔の隅々までを真っ赤にしたノアが機械のようなぎこちない動きで後ろに庇っていた悠斗を振り返る。
恐怖するような恥じているような曖昧で定まっていない視線を悠斗は気まずそうに見つめる。
「…………」
「………………の――」
「お兄ちゃん! 早く部活へ回りましょう!」
声を張り上げ早口になる。
悠斗の声を遮り、かき消し、エリカの発言もなかったかのように歩き出そうとする。
無駄に動揺しているせいで『部活へ回る』というやや不思議な言葉まで作ってしまっている。
「なぁノア――」
「私は別に全然お兄ちゃんのベッドの上で発情なんかしてませんけどやっぱり家にずっと引きこもっているのは良くないですし私も見たい部活がありますしあとお兄ちゃんと一緒に回りたいので見学するのがいいかなと考え直しただけです」
早い早い早い。
休符を一拍も挟まずにハッキリとかつ早口で言い終えたことは素直に称賛できるが、今の発言でノアは悠斗の部屋で発情していたことが確定してしまった。
ここまで動揺する時点で怪しいが、『ベッドの上で』という場所の特定ができる時点で当事者であるのだろう。これについては流石に褒められたことではない。むしろ軽蔑されるようなことだ。
悠斗の寛大な心は男子にそういう時期があるなら女子にもあるだろうということで蓋をして聞かなかったことにする。と言うよりエリカはそれを見て何も言わなかったのだろうか……いや、そもそも2人してなに勝手に人の部屋に入っているのか、と。
「はいはい」
ノアに近づいた後声に合わせて頭をポンポンと叩くと今までにないほど紅潮し頭から見えない湯気が出ていた。
勝手に天に昇っていくノアをエリカが見つめていた。
何かしら言いたそうだったがその前に別のものが口を挟んだ。
「え、他人のベッドで発情とか、キモ」
同じく兄に好意を寄せるもの、唯だった。
明らかに嫌悪感を示し軽蔑するような眼差しでノアと悠斗を睨む。
悠斗はその目をしっかりと捕らえ、ハッキリとキッパリと言ってやった。それは憶測でしかないがきっとそうだから。
「お前も同じだろ」
瞬間、唯の眼光が鋭く煌めき紅の光線を悠斗へ飛ばした。ズカズカと押し迫ると大声で怒鳴る。
「アタシそんな変態じゃないしアンタらみたいなバカップルじゃないの! そんなエッチな子じゃないから!」
一瞬で沸点を超え怒りが収まらなくなった。散らした声は辺りにいた生徒にも届いたため『エッチ』の部分に反応した変態生徒どもが視線を向けてきた。
「落ち着け、みんな見てるぞ」
観衆を口実に宥めるとすぐに冷却された。自分の失態に羞恥を覚えノアと同様に紅潮する。
一度集まった目も事の発展が見られなければ早々に散りゆくものである。故に、辺りの人間が再び移り変わり始める。
「い、言っておきますけど、私別に変なことはしてませんからね」
ノアが同じ面をした唯に向かって誤解を解こうと試みる。
「お兄ちゃんのベッドで寝ようかなと寝転がったら良い匂いで鼓動が早くなってしまっただけですからっ!」
一体この子はどの辺りから羞恥心が作用するのだろうか。この言葉を恥じらいなく言える時点で非凡だ。
「そう、ならまだ分かる」
「えっ、わかっちゃう⁉︎」
唯の納得に悠斗が驚愕する。自分で同等だと宣言しておきながらなんだがひっくり返りそうなほど驚いた。
悠斗のリアクションに再度煌々たる強烈な眼光を照らしてきて身が震えた。
きっとこの2人は兄大好き同盟でも構築するだろう。
それに対抗するために悠斗は兄協定を結ぼうと決心する。
「なぁ、早く行かねえか?」
イチャイチャ風景に痺れを切らせた白翼が足をカタカタと鳴らしながら問うてくる。側にいるあーちゃんも激しく首を縦に振り強く賛同を示す。
「ああ、悪い。じゃあエリカ、どう回る」
ノアの頭を撫でた際に通り越したエリカの方を振り向くとハッと我に帰ったような動作を見せた後全員の先頭につく。
「じゃ時計回りに回ろ。しゅっぱーつ」
テキトーに道順を決め右手へと足を向けた。
歩き始めても誰も何も指摘しないので仕方なく悠斗がツッコミを入れる。
「時計回りは左からな」
「あっ……」
時計回りすら分からない探偵部員とは果たしていかがなものか、と頭を抱える悠斗であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます